2019/08/18

『消滅』を読んだ

カミさんに薦められて、恩田陸の『消滅』を読んだ。

超大型台風が接近し、閉鎖された国際空港の入管で、足止めされた11人の(普通の)人たちと、1匹の犬。

なぜかそこに混じって泣いていた若い女性が、ヒューマノイド・ロボットだった。

キャスリンと名乗るそのアンドロイド(女性型だからガイノイド?)が言うには、この中にテロリストがいる、そのテロリストを見つけ出し、「消滅」を阻止してほしい。

はたしてテロリストは誰なのか、期限である深夜0時までに明らかにできるのか、そしてテロリストの目的である「消滅」とは、いったい何を消滅させるというのか?

というような風にあらすじを書くと、なんかすごいサスペンスみたいだが、実際にはユーモアにあふれたSFである。

人物描写や、それぞれの視点から見た他の人の言動の描写が巧みで、一気に読んだ。

マレーシアから帰国して早く肉ワンタン麺を食べたいのに足止めされてしまうエンジニアとか、なぜだかいつも怪しい人物と想われてしまう編集者とかには、同情を禁じ得なかった。
それはさておき、SFとしては、これはどうだろうと思った点があるので、指摘しておきたい。

以下、ネタバレを含むので結末を知りたくない人は読んではいけない。

SFは、大きく分けると2種類になる(細かく分けると切りがない)。

一つは、サイエンス・フィクションつまり空想科学小説で、とくにハードSFは(現実に存在するものか空想的なものかは問わず)科学技術が核心にあり、それを抜いたり、別のもの(魔法とかそういったファンタジックなもの)に置き換えると、小説が成立しなくなる。

クラークやアシモフ、ベンフォードやイーガンのSFは、サイエンス・フィクションだ。

もう一つはスペキュレイティヴ・フィクションと呼ばれ、思弁小説・思索小説などと訳される。

「もしも……だったら、……はどうなる?」を突き詰めたもので、いわゆるSF的な小道具(ロボットとか宇宙船とか)は、あくまでも脇役である。

エリスンやディック、ゼラズニイに優れた作品がある。

 

恩田陸のSFは(自身もあとがきに書いている通り)スペキュレイティヴ・フィクションである。

そのため、どちらかというとハードSF好きのワシは、おや、と思ってしまったのである。

好みの違いに由来する違和感の表明であって、批判というわけではないので、念のため。

 

キャスリンはどう見てもオーバーテクノロジーだよなぁ。

作中でも触れられていたが、実社会で運用されている、人間と見分けのつかないヒューマノイド・ロボットの存在は、ちょっとリアリティに欠ける。

 

あとは「消滅」を実現するツールであるところの量子コンピュータ。

市販の耳栓やデンタルフロスをソフトウェアだけで量子コンピュータ化するなんて、ドラえもん級の反則では?

 

最後に、耳栓があれば、デンタルフロスは要らないのでは、と思った。

みんなが耳栓型音声翻訳装置を付けていれば、それぞれ好きな言語で話しても、自国語として聞こえるのだから。

ちなみにこれは、ダグラス・アダムスのコメディSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場し、音声を食べて脳波を排出する寄生生物の使い方である。

耳に入れて使う、小さくて黄色い、魚に似たその生物の名は「バベル・フィッシュ」。

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『フォッサマグナ』を読んだ

藤岡換太郎著『フォッサマグナ』を読んだ。
驚いたのは、国内最大の大地溝帯で、世界で唯一の地形であるフォッサマグナがどのようにしてできたのか、まだ明らかになっていないということだ。
フォッサマグナの西の端は、糸魚川-静岡構造線と呼ばれる大断層帯だ。
その南のほうは高さ2000メートルに達する逆断層となっていて、「南アルプス」と呼ばれている。
あの山脈が断層だというだけでびっくりなのだが、フォッサマグナの基盤は地下6000メートルくらいだろうと思われていて、じつは確実な深さはわかっていない、ということにも驚かされる。
そして、フォッサマグナの東の端がどこなのか、これもはっきりしない。
八ヶ岳や大菩薩峠から南アルプスのほうを眺めると、眼下に諏訪盆地や甲府盆地が広がる。
その地下が得体の知れない状態なだけでなく、八ヶ岳や(大菩薩峠を含む)関東山地がフォッサマグナの端なのか内部構造なのかわからない。
フォッサマグナの北部では海底の堆積物、南部では火山の噴出物に覆われていて、その成因が異なることがわかる。
フォッサマグナの北部は、1500万年前に日本海が形成されたとき、東北日本と西南日本の間にできた割れ目(リフト)で、その後堆積物で埋められたものらしい。

日本海の形成がまた、プルームテクトニクス(プレートテクトニクスを引き起こす原因でもあるマントル物質の大循環)によって説明される大事件であって、アジア大陸の沿岸部にあった日本列島の素が、200万年で700キロも移動したという。

1年間あたり35cmだから、『日本沈没』にもリアリティを感じてしまう。
一方、同じく1500万円年前、フィリピン海プレート上の伊豆・小笠原弧が南から日本列島に衝突する。

これによって日本沈没は阻止され、南部フォッサマグナが形成されたのだろう。

伊豆の火山島は伊豆半島になり、丹沢山地が形成される。
南からのプレートの圧力で、南アルプスはなお高くそびえ立つ。
沈み込んだフィリピン海プレートをマグマの供給源として、やがて富士山や周囲の火山が形成される。
いやはや、なんとも激動の大地の上に、ワシらは生活しているわけだ。
最近気になっているのは、リニア中央新幹線のこと。

静岡県内を通るけれども停車しないので静岡県民が非協力的だとか言われるけれど、ちょっと違うかな、と思う。

南アルプス北部にトンネルを通すそうだが、そこは大井川の水源なので、大井川の流量に影響が出るのではないかということで、県知事がJR東海に対応を迫っている。
南アルプス北部は大井川の水源というだけでなく、フォッサマグナの西の端、静岡-糸魚川構造線の断層帯である。
『日本沈没』の最初のほうのエピソードで、リニア新幹線の工事が進まず、主人公の友人がそれを気に病んで自殺してしまうというものがある。
日本沈没の予兆となる地形的な変動により、トンネルや橋梁がズレてしまうことが、工事の遅れを招いたのだ。
『日本沈没』はフィクションだが、現実のフォッサマグナは生きている地形である。
断層と付加体、それに火山の集合体の地下にトンネルを掘って、磁場を変動させながら高速で移動する物体を走らせて大丈夫なのか?と思ってしまうのである。


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(大菩薩峠から朝焼けの南アルプスを望む。甲府盆地は雲海の下)

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2019/07/02

『富士山はどうしてそこにあるのか』『富士山噴火と南海トラフ』を読んだ

江戸時代の宝永の大噴火から300年。

平均すると30年に1回噴火してきた富士山は、いまも地下にマグマをため込みつつ、不気味な沈黙を保っている……のだそうだ。

噴火のきっかけとなりそうな南海トラフの巨大地震は,2030年プラスマイナス5年あたりに発生する確率が高い……のだそうだ。

地震、津波、噴火、山体崩壊……その災害の規模は、まさに未曽有(みぞう)のものとなるだろう。

 

毎日富士山を見ながら考える。

会社は溶岩に飲まれるかもしれないが、自宅は愛鷹山に守れて大丈夫だろう。

……地震で潰れなければ。

火山灰は東に流れるだろうから、自宅のあたりにはあまり積もるまい。

……雨が降ったら重みで屋根が抜けるおそれはあるが。

等々。

 

家に居れば(潰れなけば)助かる確率が高いが、仕事に出かけたり、山や海に遊びに行っていると、災害に巻き込まれるかもしれない。

といっても、家にこもって過ごすわけにもいかない。

災害がやってくることを気に留めつつも、(還暦過ぎてるけど)老後のために働き、山や海に遊びにいくのだ。

Dsc_1868(写真は香貫山の夫婦岩。たぶん夫のほう。1000万年位前の海底火山の噴出物だそうだが、なんでこんな形になったかなぁ。)

それにしても、大規模な火山活動や地殻変動の話を読んでいると、使用済み核燃料を地層処分するなんて言う話が「冗談」としか思えなくなる。

冗談でなければ、愚かしいファンタジーである。

だって、10万年前には富士山はなかったわけだし、6万年前には箱根が噴火して火砕流が横浜まで達したりしている。

高レベル廃棄物の放射能がバックグラウンド並みになるまで100万年ほどかかるそうだが、100万年前といえば、伊豆海底火山群が本州に衝突したころだ。

伊豆が半島となり、丹沢山地が盛り上がり、箱根や富士山が噴火を始めたのは、その後のことなのだよ。

 

やっぱりたまには地学や生物進化や宇宙SFを読んで、でっかいスケールで地球を見下ろすことも必要だね。

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2019/06/20

『最初の接触』を読んだ

『伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触』(ハヤカワ文庫)を読んだ。
ラインスターの「最初の接触」ほか全7編はいずれも1950年代の宇宙テーマSFである。
宇宙へ進出した人類が、異星人やその文明、あるいは不可解な存在と出会う。
今も次々と発表される新しいSFでも繰り返し語られるテーマである。
ただし、さすがに1950年代の作品らしく、宇宙服の電源が超小型の原子炉だったりするのだ。
異星人との接触を描く物語は、相手の科学技術のレベルが地球人より上で、相手が攻撃的か指導的か、という座標軸で表されることが多い。
『スタートレック』のバルカン人は指導的、『宇宙戦争』の火星人や『インデペンデンス・デイ』の異星人は攻撃的、といった具合だ。
ラインスターの「最初の接触」の異星人は、地球人と同等の科学技術レベルで、攻撃的でも指導的でもない、という点で(おそらく当時は)ユニークである。
7編の中で、とくに印象に残ったのはアンダースンの「救いの手」だ。
『宇宙戦艦ヤマト』のガミラス人とイスカンダル人の戦争を地球人が終結させた、というような状況から始まる話である。
『宇宙戦艦ヤマト』と異なり、地球人のほうが科学技術が進歩している。
スコンタール人はガミラス人というより、『スタートレック』のクリンゴン人みたいだしね。
ともかく、科学技術に優れるソル(太陽系)連邦が、スコンタール人の戦後復興は手助けせず、イスカンダル人みたいに優美なクンダロア人にだけ救いの手をさし延べる。
……その後の展開は、『スタートレック』のアンチテーゼのようだ。
宇宙SFというより、現在の発展途上国支援のあり方を見ているようでもある。

作中でも言及されているように、歴史に学ぶことが本当に重要なのだなぁ、と考えさせられた。

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2019/04/27

『トコトンやさしい地質の本』を読んだ

以前から地学分野の本を読んで勉強というか知識の補強に努めている。

火山や地震の本はけっこういろいろ読んだが、「地質調査」とか「地質図の読図」とかいった観点での解説書を読んだことがなかったので、基礎知識を補強しておこうと思って『トコトンやさしい地質の本』(日刊工業新聞社)を読んだ。

内容的には平易で知りたかったことが網羅されていたが、とても不満な点がある。

誤植(というか原稿の入力ミス?)も散見されたが、それはさておき、不満なところは次の2点。

  • 本文がゴシック体であること
  • 本文が縦組なのにツメ組であること

印刷物の本文は、明朝体のほうが読みやすい。

また、縦組の場合はプロポーショナル書体を使わず、ベタ組にするほうが読みやすい。

プロポーショナル書体を使ったツメ組だと、平仮名や片仮名が隙間なく詰めて表示されるため、読むときに視線の速度が一定せず、内容が頭に入りにくい。

プロポーショナルでない、等幅の書体であれば、ベタ組にすると文字が同じ間隔で並ぶので、視線の速度が一定になる。

視線の速度が一定のほうが、変化するよりも読みやすいのだ。

……ということについては、日本工業規格(JIS X 4051)や日本語組版処理の要件(JLreq)に書いてあったように思う。

大丈夫ですか、日刊工業新聞社さん。

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2019/02/08

漱石の個人主義

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夏目漱石の著作(文庫本)を解体してスキャン(いわゆる自炊)しようとして、いやいや、夏目漱石なら青空文庫で読めるじゃないか、と気付いた。
ブラウザでも読めるけれど、電子書籍リーダーアプリを使えば縦組で読めて快適である。

ということで、Google Play ブックスを使って、『私の個人主義』を読んだ。
大正三年に学習院で講演した、その中身である。

現代にも通じる内容で、頗(すこぶ)る面白い。

漱石の個人主義は、要するに「自分の生き方を決めるのは自分」ということであり、「他人の評価を気にするな」「ほっといてくれ」というものである。
そして、自分の生き方を尊重して欲しければ、他人の生き方も認めなくてはいけない、自分の好悪や価値観を他人に押し付けてはいけない、という。

「自分がそれだけの個性を尊重し得るように、社会から許されるならば、他人に対してもその個性を認めて、彼らの傾向を尊重するのが理の当然になって来るでしょう。」

何だかLGBTをめぐる議論とか、そういったものが想起される。

後半は、聴衆である学習院の生徒に向かい、権力や金力を得たときの注意点というか、権力や金力をもつものの義務を語る。

「いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、権力を使う価値もな し、また金力を使う価値もない」

何だか「わが国」の権力者とか金持ちとかにも説教して欲しくなりますな。


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2018/10/30

『核攻撃から身を守ろう!』を読んだ

やはり原子力関係の人は、核兵器と「原子力の平和利用」は違うことを強調したいのかなぁ。
ホルミシス効果を持ち出して飯舘村がいちばん健康に良い村かも、とか書いてるし。
だったら、原発推進派の人達はこぞって福島へ移住すればいいのに。

ホルミシス効果については、『放射能と人体』(落合栄一郎著、講談社ブルーバックス)では、否定的だ。広島・長崎の被爆者の調査報告書をもとに、極低線量被曝でもガンによる死亡率が増える傾向にあると推定される。
何しろ内部被曝については、まだわからないことが多いのだ。

さて、この本を買ったのは、本当に核攻撃から身を守ることができるのか、直撃を食らわず生き延びたとして、どうすれば文明を再建できるのか、知りたかったからだ。
しかし、残念ながら満足のいく解答は得られなかった。

直撃を受けず生き延びた場合、約2週間シェルターにこもれば、環境中の放射線量は1000分の1になり、外へ出て活動できるようになるそうだ。
核の冬とか、内部被曝による長期的な影響がなければ、の話である。
非環境科学系、非生物科学系の人は、「一時的な外部被曝」以外の影響を軽視しているように思える。

それはさておき、やっぱり核攻撃から身を守る方法はシェルターかぁ。
確かに、日本では原発事故も火山噴火もあるから、シェルターの必要性も理解できる。
世界中の指導者が正気になれば核攻撃に対するシェルターは必要なくなるが、火山はなくならないからね。
それに、原発をすべて廃炉にしても、放射性廃棄物は残り続けるわけだし。

まぁ、シェルターにこもって生き延びるという選択肢のほかに、世界がしくじったら死んじゃうほうがいい、という考えかたもあるかなぁ。
それも無責任だから、核廃絶のために運動するとか、核軍縮に積極的な候補者に投票するとか、そのほうが建設的だよね。

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2018/07/27

「生産的でない」人を大事にするように進化したのだ

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写真は、アラスカの海岸近くの川で見たサケ。
サケは大量の卵を産むが、産みっぱなしである。
そのため、大部分の卵や子供は死んでしまい、再び産卵のために川に戻って来るまで成長する子供は、ごくわずかだ。
多産多死型の繁殖戦略なのである。

ヒトはサケとは異なり、少数の子供を大切に育てる、少産少死型の繁殖戦略をとっている。
しかも、母親だけが子育てをするわけではなく、周囲の未婚の女性だけでなく、年老いた女性も手助けする。

狩猟採集民の研究によれば、母親の採集した食料だけでは足りない分は、祖母、姉妹、いとこ、おばが手当する。なかでもとくに重要な役割を果たしているのが祖母であり、この経験豊富な先輩採集者は、通常、世話の必要な幼児を抱えていないことも手伝って、きわめて有能な助っ人となる。実際、人間の女性が出産可能な年齢を過ぎたあとまで長生きできるように自然選択が働いたのは、祖母として娘や孫への食料供給を手伝えるからだった、という説もあるほどだ。
(ダニエル・E・リーバーマン『人体600万年史』〔上〕p.133-134、ハヤカワ文庫)

人類は、子供を産まない(産めない、産めなくなった)人を大切にし、その人たちがヘルパーとなるように進化してきたのである。

それなのに、LGBTの人々を「生産的でない」と決め付けるような政治家が、この現代にいるとは。
しかもこの議員、農学部出身だそうだ。
もう、非科学的で恥ずかしいから、農学部卒を名乗ってほしくないと思うのである。

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2016/09/19

10万年の平和ボケ

巽好幸著『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬社新書)を読んだ。
書名はアレだが中身は至極真面目である。

火砕流で700万人が瞬殺され、北海道まで火山灰が降り積もると予想される、九州の巨大カルデラ噴火。
おそらく日本が壊滅するであろう大災害が発生する確率は100年間に0.3%だから、10万年のうちに3回は起こることになる。

えーと、核廃棄物を国が10万年間管理するとかいう話があるが、まさに平和ボケである。
これ以上、核廃棄物は増やさないに限る。

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2015/09/21

『天空の蜂』とプルトニウム

防衛庁(省ではない)に納入直前の巨大無人ヘリが奪われ、稼働中の高速増殖炉の上空でホバリングし、犯人からの要求が電力会社や政府・役場に届く。
燃料が切れてヘリが墜落するまでに、日本中の原発を停止させ、稼働できないように破壊すること。

無線操縦で離陸し、プログラムにしたがって滞空し続ける世界最大のヘリには、試験飛行を見学に来ていた技術者の息子が(誤って)乗っていた。

上空千メートルのヘリからその子を救い出すことはできるのか。
技術者たちは巨大ヘリの墜落を防ぐことができるのか。
ヘリの墜落に備えて原発ではどんな対応ができるのか。
日本政府は要求に応えて原発を停止させるのか。
犯人は誰か、警察は犯人にたどり着けるのか。

そして、犯人の本当の目的は何か?

(以下、ネタバレ注意)

1995年の小説である。
講談社文庫版で読んだのだが、第1刷の発行は1998年11月。
先日(9月12日)の映画公開に合わせて書店の店頭に山積みになっていたので買ってみたら、2015年6月発行の第67刷だった。

20年前の小説なのに、現在も変わらぬ原発の問題点が盛り込まれている。

不安を口にできない原発立地の住人。
「麻薬」のように交付金漬けになってしまう自治体。
労災認定されない原発労働者の死。
線量を誤魔化さないと回らない原発の下請け労働者の環境。
嫌がらせを受ける反原発運動家。
原発こそがエネルギー危機を救うと信じて疑わない……疑うことを恐れる……原発技術者。
じつは高速増殖炉よりも危険かもしれない、使用済み核燃料。
ないと困るが、あることを歓迎されない、原発と自衛隊。

一方、20年の間に変わったこともある。

高速増殖原型炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故が起こった(1995年12月)。以後、高速増殖炉の計画は事実上頓挫した。
防衛庁は防衛省になった(2007年)。
ニューヨークの貿易センタービルが、テロにより崩壊(2001年)。航空機によるテロの恐怖がより現実的になった。
阪神淡路大震災(1995年)、新潟県中越大震災(2004年)、東日本大震災(2011年)の災害支援を通じて、「戦わない軍隊」としての自衛隊の評価が高まった。
原発が「想定外」の災害に弱いことが露呈した(2011年)。

そして、『天空の蜂』で原発の問題点として挙げられていなかった、使用済み核燃料、核廃棄物の問題。

1995年には16トンだったプルトニウムは、2011年には44トンと、3倍近くに増えている。
使用済み核燃料や廃棄物にいたっては、いったい何万トンあるのやら。

犯人の一人(そして主人公の一人でもある)が望んでいたことは、日常使われている電気がどうやって作られているかに無関心な人びとに、原子力について考えさせること。

これは、2011年3月11日以後、日本のみならず世界中の誰もが、考えざるを得なくなった。
だが、人々の思いはどうあれ、政府は原発を諦めようとしない。
いったいなぜだろうか?

まさか、あの、プルトニウムを……

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