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2024/06/23

カッコウの巣はない

先日、愛鷹山でカッコウ類4種全部の声を聞いた

それぞれの声は何度も聞いたことがあるのだが、姿を見ることは稀だ。
というか、姿を見ても区別できる自信がない。

Cuculus4

カッコウ(郭公)は「カッコー、カッコー」と鳴く。
オオヨシキリ、コヨシキリ、モズ、ホオジロなどに托卵する。

ホトトギス(時鳥、不如帰、杜鵑、子規 etc.)は「テッペンカケタカ」「特許許可局」などと鳴く。
ウグイス、ミソサザイなどに托卵する。

ツツドリ(筒鳥)は「ポンポン」あるいは「ポッポッ」といった木の筒を叩いているかのような鳴き声を立てる。
センダイムシクイ、メジロなどに托卵する。

ジュウイチ(十一)は「ジュイチー、ジュイチー」と鳴く。だんだん早くなったりする。
コルリ、オオルリなどに托卵する。

ジュウイチだけは他のカッコウ類と違って腹が赤いので、見れば区別できそうに思うが、むしろ小型の猛禽と見間違えるかもしれない。

カッコウ類のどうにも不思議な習性は、他の小鳥の巣に卵を産んで雛を育ててもらう「托卵」だ。
自分で子供を育てないので、カッコウ類は巣を作らない。

『カッコーの巣の上で』という映画があるが、これは鳥の話ではなく、人間の話。
題名はマザーグースの詩の一節から採ったものだ。

托卵に話を戻す。

カッコウ類は、いったいどんな偶然から、他の鳥の巣に卵を産み、育児を代行してもらうなんていうことをするようになったのだろう。
進化というやつは、こういう「なんでそうなった?」と思わせる習性や生態や形態をもたらすから面白い。

もちろん、進化を否定して神とかそういったものが生物を設計し製造したという考え方もあるだろうが、そうすると、托卵する鳥を創造するなんて、なんて底意地の悪い臍曲がりの神なんだろうか。

カッコウ類はハトや小型の猛禽ほどの大きさがあるのに、托卵される小鳥のほうは、ウグイスやメジロである。
巣いっぱいに羽を膨らませたカッコウの幼鳥の上に乗って、餌を与えているウグイスの写真などを見ると、なんとも複雑な気分になる。

ウグイスは自分の巣の中で大きな口を開けるものは、どんなに大きくても自分の子供であると認知する。
これも進化の結果であり、ウグイスには自分の子供を大きさや匂いで判別するような機能は備わっていないのだ。
たぶん、そういう機能を実装するとコスト(脳容積や栄養資源やエネルギー)が余分にかかるので、カットされているのだろう。

進化には善悪も優劣もない。
ただ、日々変化し、新しい生態(個体間・種間の関係や行動や形態)が生まれたり、消えたりする。

カッコウやツツドリの声が響く山の道を歩くとき、そこいらの木の葉の上や沢の水の中で、人知れず進化の一歩が進んでいるのかもしれない、などと思うのである。

付記

イラストおよび鳴き声の聞きなし、托卵の相手についての記述は、『山渓フィールドブックス(4)野鳥』を参考にした。

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