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2024/04/14

次の災害がやってくる前に忘れてしまうバカ

熊本地震から8年。
災害は忘れた頃にやってくる……と言われるが(寺田寅彦自身が随筆に書いている文面はちょっと違うが)、どうも最近は忘れる前に災害がやってくるような気がする。
もちろん、個人の体験としての災害は、50年とか100年とかの間が開けば忘れてしまうだろう。
しかし現在は情報共有が進んだ社会なので、個人が被災しなくても、大災害についての間接的な経験や教訓を得て、「次の災害」に備えることができるはずだ。
それなのに、地震や豪雨の災害が起こる度に、避難所の体育館に雑魚寝、自衛隊とボランティア頼みの災害復旧となってしまうのはなぜだろう?

次の災害がやってくる前に手立てを講じておけばよいのに、眼の前の金儲けや不祥事隠蔽に「全力」になっちゃうような人たちが為政者をやっているせいではないか、などと考えてしまう。

それはさておき、近所の山を歩く度に、この国土の成り立ちについて考える。
自宅は北米プレート(またはオホーツクプレート)にフィリピン海プレートが潜り込んでいるあたりにある。
そのため、沼津アルプスから伊豆半島の山々は、フィリピン海プレート上の海底火山に由来するし、伊豆半島の火山や愛鷹山や富士山や箱根は、さらにその下の太平洋プレート境界から噴出した溶岩でできている(次の図は伊豆半島ジオパークより引用)。

Izupen_plate

写真は先週木曜日、志津山山頂からの風景。
手前から静浦漁港、大瀬崎、遠く三保の海岸。

P4110805

プレートテクトニクスによって形作られた地形の上を歩きながら、ほんの50年前にはこれらの地形の成因が「なんらかの原因で隆起・沈降」と教わったことを思い出す。

たとえば1980年(昭和55年)に改訂2版が発行された『神奈川県の自然』(野村出版刊)の油壷の地質の解説には、次のような記述がある(カッコ内は引用者注)。

このようなこと(火山灰層や不整合)から、地殻というものはゆっくりとまたは急激に隆起し、ときには陸地となって侵食をうけたり、また沈降して海底となりたい積の場になったりするものであることがわかる。またこのような変化に伴って火山活動もいろいろと変化していくことに気づくであろう。

プレート運動や付加体について一般人が知るようになるのは、1985年以降である。
災害への手立てを考えるべき人たちは、プレート運動や付加体をはじめ地震や土砂崩れなどの成因について「理解」しているだろうか?
「何も知らない」ままに指導的立場に立っていて良いものだろうか?

次の災害がやってくる前に忘れてしまうバカには、絶対に投票してはなるまいぞ。

(追記)

三浦半島の地質とプレートテクトニクスや付加体について、最近はどういう説明がされているのかなぁ、と思って調べてみた。
「三浦半島 付加体」で Google 検索した結果から2件を挙げておく。

横須賀市自然・人文博物館
学芸員自然と歴史のたより「葉山層群と断層」

国立国会図書館デジタルコレクション(PDF)
相模湾を調べる―深海から生まれた三浦半島

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