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2023/12/20

シュレーディンガーの猫と現実の世界

パー券裏金、モリカケ桜で見た顔ばかり

というわけで生臭く胸糞悪いニュースばかりを目にする昨今、現実とは何かがゆらぐような思考実験の話を。

気密構造で不透明な箱に、薬品の入ったフラスコと猫を入れる。
フラスコが割れて薬品が空気に触れると毒ガスとなり、猫が死ぬ。
フラスコが割れない限り、猫はいつまでも箱の中で元気に過ごせるものとする。

ここで、1時間のうちに50%の確率で分裂して放射線を放出する放射線源を用意する。
そして、放射線を検出したら、ハンマーを動かしてフラスコを割る装置をセットする。

1時間後、猫は生きているだろうか、死んでいるだろうか?

Catbox

箱は不透明なので、箱を開けて観察するまで、猫が生きているか死んでいるかはわからない。
箱を開けて観察するまでの間、猫は半分生きていて半分死んでいる状態で、観察した瞬間に生きているか死んでいるかが確定した(生または死の状態に収束した)と言ってよいだろうか。

これは「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる有名な思考実験である。
観察(観測)することが実験に影響するので、観測者問題と呼ばれている。
核分裂のような量子論的なできごとを説明するときに、「分裂していない/分裂した」「生きている/死んでいる」のような状態の重ね合わせを考えると気持ちの悪いことになる、という批判のために考え出されたものだという。

もちろん、猫の生死のようなマクロなスケールでは、50%生きていて50%死んでいるというような状態はあり得ない。
しかし、電子とか原子核とかのミクロなスケールでは、こういう確率的な現象が起こりうる。

以前、「トリチウムへの長い道(2)」という記事に、次のような水素原子の模式図を載せた。

Atom_size

これはじつは19世紀以前の古典的な原子モデルであって、現在のモデルでは、電子は決まった軌道をぐるぐる回っているわけではないとされる。
原子核から一定の距離をおいたところに存在するが、どこにあるかははっきりとはわからない。
そこで、電子軌道を回る粒子というより原子核の周囲を漂う「電子雲」として示される。
電子は原子核の周囲に確率的に存在しているのである(原子核の周囲のある1点に存在する確率が何%、という具合)。

電子雲の話は深入りすると長くなるので、またの機会に譲るとして、シュレーディンガーの猫に話を戻す。

箱の中では半分生きていて半分死んでいた猫が、観測した瞬間に生死のいずれかに収束するという説明は、観測者問題のコペンハーゲン解釈と呼ばれる。

科学的な理論と実生活との関わりを考えるとき、SFがヒントを与えてくれる。

劉慈欣の『三体0【ゼロ】球状閃電』では、コペンハーゲン解釈に基づいて、マクロな物体が量子状態になったらどうなるかを描いている。
観測すると死んでいる人も、量子状態では死んでいないのではないか?
いろいろ書くとネタバレになってしまうので詳しくは書けないが、コペンハーゲン解釈が正しくない、ということになったら成立しない物語になっちゃうのではなかろうか。

観測者問題のもう一つの説明として、多世界解釈がある。
この世界(宇宙)は絶えず無数の世界(パラレルワールド)に分岐していると考えるのである。
すると、1時間後に猫が生きている確率と死んでいる確率がそれぞれ50%のとき、1時間後には猫が死んでいる世界と生きている世界がそれぞれ50%ずつ存在している。
1時間後に箱を開ける人(観測者)は、それら多数の世界のうちのどれかにいる。
その世界のうち猫が生きているほうの世界にいる人は、箱を開けたとき生きている猫を目にするだろう。
当然、猫が死んでいるほうの世界にいる人は、箱を開けたとき死んでいる猫を目にすることになる。

観測した瞬間に状態が収束する、なんていう無理やりなことを考えずに済むのが、多世界解釈のよいところだ。

テッド・チャンの「不安は自由のめまい」(短編集『息吹』に収録)では、パラレルワールド間で通信ができるようになった近未来が描かれる。
分岐した他の世界では、自分は重要な場面で異なる選択をして、異なる人生を送っているかもしれない。
パラレルワールドの自分と話してみた結果、より幸せな日々を過ごしていることがわかったとしたら、その後の行動にどんな影響をおよぼすだろうか?

パラレルワールドが存在するかどうかはわからない。
そしてパラレルワールド間で情報のやり取りができるものかどうかも、わからない。

コペンハーゲン解釈にしろ多世界解釈にしろ、現実的にあり得るのかどうかわからないような解釈をしないと説明できないのが量子論の世界である。
もっと勉強しないとなぁと思うのだが、数学が苦手なので波動関数とかには手が出せないのであった。

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