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2023/09/28

暑さ寒さも彼岸まで……と思って我慢してきたけれど

もう9月も終わろうかというのに、今日は30℃超えの真夏日。静岡県内でも35℃を超えて猛暑日となったところがあるらしい。

彼岸の頃から朝晩は涼しくなって、冷房や扇風機を使わなくても寝られるようになってはいるが。日中は暑い! 先週末との気温差が酷い。

急に気温が下がった先週土曜日(秋分の日)の夕方、ミズヒキの花穂に留まった状態のまま動けなくなったヤマトシジミを見つけた。

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ようやく日中の散歩もできるようになったかなと思った月曜日、鮎壺の滝まで歩いた。まぁ結構暑かったのだが。黄瀬川の河原の石に妙な穴が開いているのを見つけた。

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直径3cmほどで、石を貫通している穴もある。どうやら溶岩樹型のようだ。この石は木立に流れてきた溶岩で、冷えて固まったときに木の幹や枝(の燃えて灰になった跡)が穴になったのだろう。

火曜日からはまた日中が暑くなったので、日没の頃に散歩に出るようにした。

公園の入口のエノコログサに、傾いた陽が射していた。こういう写真をスマートフォンで撮るのは難しい。一眼レフなら、ダイヤルを回してマイナス補正してやれば簡単だ。

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最近発見したのだが(マニュアルが500ページもあるのでなかなか読み進められないのだ)、OM-5には「デジタルテレコン」という機能があった。センサーの中央部分だけをトリミングすることで、テレコンバーターを使ったのと同様の効果を得るというものだ。望遠レンスが超望遠レンズになるのである。デジタルテレコンをONにして、ズームレンズの望遠側にして月を撮ってみた。35ミリ換算で600mmとなり、クレーターや海がはっきりわかるように撮れた。

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さて、夕方に散歩すると珍しい現象を見ることがある。夕日をぼんやり眺めていたら、その左側(南側)に幻日が出ていた(幻日については過去にも書いている)。縦になった短い虹のようであるが、見られる時間もサイズも短いので、気づく人は少ないようだ。

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珍しいといえば、ウチの玄関先にあったコレ↓はなんだろう、と気になった。

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先週気づいたときには白い泡の塊のような感じで、カマキリの卵塊かと思った。しかし、カマキリはこんなふうに草に卵を産み付けたりしないし、カマキリの卵塊ほど形が整っていなかった。白い泡はやがて黄ばんできて、触ると崩れて黒い埃のようなものが舞った。

こりゃあ胞子だな、ということは粘菌の子実体かも、と思って調べてみたら、どうやらススホコリという粘菌らしい。放っておけば、胞子が発芽して粘菌アメーバとなり、集合して移動する様子が見られるだろうか。

天にも地にも、驚異は満ちている。

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2023/09/20

真夏日の彼岸

暑さ寒さも彼岸まで、というが、連日30℃超えの真夏日、寝る時分には25℃以上の熱帯夜である。

それでも、近所の公園でヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)が咲いた。

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近年はとくに異様に暑く感じるが、ヒガンバナは毎年同じ時期に咲く。温暖化と無関係に咲くようなので、日の長さ(夜の長さ)が関係するのかなぁ、と思って少し調べてみた。

ヒマワリやキクなど、夏至を過ぎて夜が長くなると花芽を作る植物がある。盛夏から秋に咲く「短日植物」である。

しかしヒガンバナは、短日植物ではないようだ。ヒガンバナは冬から春にかけて葉を茂らせるが、夏から秋の間は葉がないので、日の長さを感知できない。

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ヒガンバナは夏の高温が続いたあと、気温が低くなると休眠状態から目覚めて(休眠打破)、花を咲かせる。

ヒトが熱帯夜で寝苦しくても、ヒガンバナの低温感知スイッチが入るのだろうか。まぁ考えてみれば、寝苦しいのは湿度が高く風が弱いからであって、地面の下のヒガンバナの地下茎にとって、「単純に25℃まで下がればOK」というところかもしれない(休眠打破される温度が25℃か24℃か、あるいはそれ以下か、というところまでは調べていない)。

このまま温暖化が進んで、ヒガンバナが咲くのは山間部だけ、なんてことになるのだろうか。

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2023/09/18

芝生の危機

晴れの日が続いたかと思えば降れば土砂降り、という夏の日々が過ぎ(まだ真夏日が続いて暑いけど)、芝生の様子が変である。

芝生の一部が菅生になってしまった。「菅」は「かん」でも「すが」でもない。「すげ」である。「しば」じゃなくて「すげ」が広がって生えているので「すげふ」である。

ウチの庭の芝生は、姫高麗芝を買ってきて市松模様に敷き詰めて作った。西洋芝の種を市松模様の隙間に撒いたが、どちらもイネ科の植物である。

その芝を圧倒するように生えてきた菅は、カヤツリグサ科の植物である。

イネ科の植物の茎は丸い(断面が円形である)が、カヤツリグサ科の植物の茎の断面は三角形なので、見分けるのは簡単だ。子供の草花あそびの一つとして、茎を裂いて「蚊帳を吊る」ものがあり、それが名前の由来らしい。

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庭に生えてきたのはカヤツリグサ科ヒメクグ属のヒメクグ(姫莎草)のようだ。直径数ミリの球状の花穂が一つだけ付いている。スゲ属ではないので厳密に言うと菅生というのは適当ではないのかも? というか、カヤツリグサ科の分類は難しいなぁ。

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芝と同様に刈っていれば、芝生状の景観が維持できるかもなぁ、と考えて、刈り込んで経過観察中である。

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2023/09/10

科学的に安全、とはどういうことか?

「福島第一原発事故に伴う汚染水から放射性核種を取り除いたけれどトリチウムが残っている水」の海洋放出に関して、「科学的に安全なのだから反対するのはおかしい」という意見があるようだ。ただ、どうもそれが「IAEAのお墨付きを得ているのだから安全」、つまり「公的機関が安全と言っているのだから安全」という言説を「科学的に安全」と言い換えているように聞こえる。

「科学的である」ということを「科学者の肩書を持つ人が立派な実験施設とか数学とかを用いて定めたこと」と勘違いしているのではなかろうか。
しかし、公的機関や科学界の権威の言うことが、必ずしも科学的とは限らない。

では、「科学的」とはどういうことなのか。身近な例で考えてみよう。

【問題】モンシロチョウやアシナガバチなど、昆虫の成虫のあし(脚)の数は何本か?

小学校の教科書には「昆虫の成虫のあしの数は6本」と書かれている。
文部科学省の学習指導要領には「昆虫の成虫の体は頭,胸,腹の三つの部分からできていること,頭には目や触角,口があること,胸には3対6本のあしがあり,はねのついているものがあること(中略)などの体の特徴を捉えるようにする」とある。
では、答えは、科学的な正解は「6本」と言ってよいだろうか。

しかし、次の写真を見てほしい。羽化したばかりのツマグロヒョウモンのオスで、チョウの上に羽化して抜け殻となった蛹と、脱皮して抜け殻となった幼虫の表皮が見える(2022年7月28日撮影)

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脚の数は……4本である。

昆虫の脚は6本なのかそうではないのか、科学的に検証してみよう。

まず仮説を立てる。
「昆虫の成虫の脚の数は6本である」
仮説が成り立たなければ、
「昆虫の成虫の脚の数は、6本とは限らない」
ということになる。

次に、この仮説が正しいかどうかを検証する。
すでに、検証用のデータ(観察結果)は、いくつかある。
先程の写真は、「6本ではない」という仮説を反証するデータである。
そして、このブログの他の記事には、「6本である」という仮説を支持するデータにあたる昆虫の写真がたくさんある。セミとかトンボとかキチョウとか……。

風もない穏やかな晩秋の休日、庭の手入れをした。枯れたローズマリーの枝を切っていると、キチョウが飛んできて、ローズマリーの花に止まった。蛹で越冬するアゲハチョウなどと違い、キチョウは成虫で冬越しする。この個体は無事に冬を越せるだろうか。

ここで、「間違っているのはデータかもしれない」と考えてみよう。観察結果、つまりデータが異常なため、仮説が成り立たない場合があるからだ。

この個体だけ、脚が取れてしまったり、発達しなかったりして4本なのだろうか?
そこで、ほかのツマグロヒョウモンについても調べてみると、やはり4本である。
地域や時期や性別が違っても、やはり4本である(2005年9月9日に撮影したメス)。

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よくよく観察すると、2本の前脚が短く、折りたたまれたようになっている(上の写真の目の後ろの部分)。そのため、脚の基部は6本分あるが、花に留まったり歩いたりするときに用いる脚は4本である。
さらに言えば、ツマグロヒョウモン以外のタテハチョウ類の脚の数も、4本である。

Fh000194 (1989年8月10日に霧ヶ峰で撮影したアカタテハ)

……と儂が書いたからと言って、信用してはいけない。疑うことは科学の第一歩である。できれば読者自身で調査して欲しい。
データ(この場合は写真)を偽ることも可能なのだから、データが正しいかどうかを知るためには、その仮説を主張する本人以外による検証が必要だ。

このように、データや方法(実験観察の機材や手順など)がオープンで、誰でも仮説を検証できることが、「科学的である」ための必要条件である。
超能力や霊能力のような疑似科学が科学的でないのは、信奉者以外の人が検証することを許さないからである(疑う人がいると再現できない、などと言い訳をするのだ)。

じつは、すでにタテハチョウ類の成虫の脚の数が6本ではなく4本だということは、プロの科学者とアマチュアの研究者、教師、小中高生など多くの人々によって確認されている(昆虫学や教育関係の雑誌やサイトで確認できる)。

ここで、もうひとつの仮説が提示できるのだが、気付いただろうか? それは
「タテハチョウ類は成虫の脚が4本なので昆虫ではない」
というものだ。
しかし、脚の数以外の体の構造や生活史などから考えて、タテハチョウは昆虫である、といってほぼ間違いない(100%間違いない、と言わないところが科学的?)。

そこで、結論としては
「昆虫の成虫の脚の数は6本である」
という仮説を棄却する(正しくないと判断する)。

とはいえ、タテハチョウ類を除く大部分の昆虫の成虫の脚の数は6本なので、
「昆虫の成虫の脚の数は6本である」
を改めて、
「昆虫の成虫の脚の数は原則として6本であるが、4本の昆虫もいる」とするあたりが妥当であろう。
文部科学省が学習指導要領の記述を改めるかどうかはわからない。
しかし、子供がタテハチョウ類を見て、「教科書と違う」と言ったとき、教師や保護者が「教科書が違うはずがありません」と言うのはよろしくない(科学的でも、教育的でもない)。
どうする文部科学省。

さて、このようにデータを踏まえ、誤りを認めて仮説(理論)を訂正することは、科学が科学的であるために非常に重要である。
逆に言えば、「学会の権威である私の理論は絶対に正しい。疑ってはならぬ」などと言う科学者がいたとしたら、その人は非科学的で、有害である(老害の場合が多い)。もはや科学者ではなく、カルトの教祖みたいなもんである。

強力な誤り訂正機能をもつことによって、科学のみが世界(宇宙とか自然とか社会とか)の成り立ちや法則を知る手段となり得る。そして誤り訂正機能をもつ科学に基づく社会の仕組み(技術や法律)こそが、より多くの人々の健康や幸福に貢献できるのだと思う。

最初の「科学的に安全」の話に戻す。
「結論ありき」で「科学的に安全」という人は、「その人が科学的思考ができない」ことを宣伝しているようなものだ。

「汚染水」の疑いの残るALPS処理水の海洋放出を「科学的に安全」と言うには何が必要か。
有機結合型トリチウムの生物濃縮や内部被曝、トリチウム以外の放射性核種の残存などのリスクが「ない」ことを立証しなくてはならないだろう。
そのために必要なことは、データをオープンにすることと、懸念を持つ人たちによる検証を受け入れることだ。
東電や政府の過去のやらかしのせいで、データが信用できないことも困ったものだが、じつは「相手を信用できるか」は科学的にはどうでもよいのだ。
立場が異なる人や機関が調査して得たデータのばらつきが誤差の範囲内に収まって初めて、その「データが信用できるもの」となる。

ニュース番組を見ていると、「科学的に安全だということの理解を進める努力が必要」などと言う人がいるが、そういう人には「科学的とはどういうことか」を理解していただきたいものである。
「『科学的に安全』という政府の発表を疑うのはおかしい」と言うのは非科学的であり、疑うほうが科学的なのだから。

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2023/09/01

スーパーブルームーンを撮った

昨晩(8月31日)23時半ごろ、そろそろ寝ようと2階のベランダの雨戸を閉めようとしたとき、南の空高く満月が輝いていた。公転軌道上の位置関係で月が地球に最も近づくため、大きく見える「スーパームーン」だそうだ。さらに、今月は8月2日に続けて2回目の満月である。ひと月のうちに2回目の満月を「ブルームーン」と呼ぶので(青く見えるわけではないが)、この月は「スーパーブルームーン」だそうだ。

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慌ててカメラを持ち出し、手持ちで何枚か撮ったうちの1枚。本当の満月になったタイミングは8月31日の10時36分だったので、それから13時間経っている。そのため右側(西側)がほんの少し欠けている。上の写真の右端が円弧ではなく、クレーターの影で凸凹になっているのがわかる。

上の写真は、じつは下の写真をトリミングしたものだ。35ミリ換算300mmの望遠では、そんなに大きく撮れるものではない。

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カメラ:OM Digitai Solutions (OM SYSTEM) OM-5
レンズ:M.ZUIKO DIGITAL 14-150mm 1:4-5.6
f/6.3 1/400 150mm ISO200

プログラムオートで露出補正を-6.0EVくらいにしたら、月の海やクレーターがはっきり撮れた。

ちなみに、夜景モードで撮ると次のような具合になる。星や雲が写るが、月は飛んでしまう。意図した通りの写真を撮るのは、なかなか難しいものである。

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トリチウムへの長い道(4)

100年前の9月1日の関東大震災。首都近傍で発生した地震は、建物の崩壊や火災によって甚大な被害をもたらした。物理学者の寺田寅彦は震災後に被災地を回り、文明化すると脆弱性が増して被害の規模が大きくなるのではないか、と随筆に書いている。軍備を整える国防ではなく、観測網の整備や防災などの国防のほうが重要ではないか、とも書いている。
「天災と国防」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2509_9319.html
「時事雑感」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2458_11112.html

44年前、大学生だった儂は放射線生物学を学んだ。ここ4回にわたって書いている記事の基礎知識は、だいたいこのときに得たものである。原子力を「最先端の科学」とか言う人がいるが、なんだかなぁ。IT関係で食ってた儂は、建造後60年を超える原発を稼働させるとか聞くとゾッとする。4〜5年前の技術が役に立たなくなるだけでなく、リスクになるような仕事をしてたからかもしれないが。 
もちろん、廃炉とか核廃棄物の長期保管とか生態系内の放射性物質の挙動とかについては未知の領域だから「最先端」と言える。しかし、増殖炉とか次世代型原発とかを持ち出されると、「トイレのないゴミ屋敷に住んでいるくせに新しいおもちゃを欲しがるんじゃありません」と言いたくなるわな。

それはさておき、ゴミの話。じゃない、放射性物質について、前回の続き。


トリチウムがヘリウムに変化する際にβ(ベータ)線が放出される。β線という名前は、α(アルファ)線と区別するためのものだ。透過力の弱いほうがα線、それより強いほうがβ線、というように名付けられた。

α線はヘリウム原子核(陽子2個と中性子2個)の流れである。透過力が弱く紙で遮蔽できる。とはいえ原子核だから大きくて重いので、体内に取り込まれたときの影響は大きい。

β線は放射性物質から放出される電子(または陽電子)である。紙や木材は透過するが、薄いアルミ板や厚いプラスチック板で遮蔽できる。

Radiation

19世紀末にラザフォードがウランから発生するα線とβ線を発見してから2年後、ヴィラールがさらに透過力の強い放射線を発見し、γ(ガンマ)線と名付けた。γ線を遮蔽するには鉛の板が必要だ。γ線の実体は粒子ではなく、高エネルギーの電磁波である。電波や光のようなものだ。

放射性物質から生じる放射線には、このほかに中性子線や陽子線もある。
ちなみに電子銃などの装置を使って放射線を発することもできる。電子銃からは電子線(エレクトロンビーム)が出るが、出自の違いのほかはβ線と同じである。一昔前の(二昔前かな?)テレビ受像機のブラウン管には電子銃が1〜3本使われていた。どの家庭にも放射線発生装置があったのだ。
電子線が金属にぶち当たると、X(エックス)線が放出される(制動X線という)。つまり、どの家庭にもX線発生装置があったわけだが、ブラウン管前面のガラスで遮蔽されていた。

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(2021年9月の記事「草原とスクリーンセーバー」より)

蛇足だが、既知の放射線の中にはウルトラマンの武器であるスペシウム光線は存在しない。そもそもスペシウムという名前からして元素名くさいので粒子線だと思うが、すると光線ではないんじゃないか、とツッコんでおこう。

トリチウムからはβ線が放出される。β線は透過力が弱いので、アルミやプラスチックの板で遮蔽できる。皮膚の表面の細胞は傷付くが、貫通できないので大きな被害はない、と言われている。

しかしそれは、放射線源が体外にあり、外から放射線を浴びる場合だ(外部被曝)。放射線源を体内に取り込んでしまい、体の内側で放射線が発生する内部被曝(体内被曝)は、外部被曝よりも深刻である。
どういうわけか、原子力ムラの人たちは内部被曝を軽視する傾向があるように見受けられる。内部被曝についてはわかっていない点も多いので、環境中の線量だけを見て「科学的に安全」とは言い切れないと思うのだが。

内部被曝はなぜ深刻なのか。
細胞の70%は水である。そこにトリチウム水が紛れ込み、β崩壊する。β線は水中を1cm程度進む。1cm進む間に、いくつの細胞を通過するだろう? 細胞の直径を10ミクロンとすると、1000個くらいか。そして、それらの多くの細胞の核内の遺伝子DNAや、免疫機構などを担う細胞膜のタンパク質を破壊する。

また、生物にとって放射線は危険なことは言うまでもないが、線量が低いときは、放射線そのものよりもイオン化作用の影響のほうが大きいという。どういうことか。

放射線が分子を通過するとき、分子を構成する原子に捕獲されたり、あるいは電子をはじき出したりして、原子をイオン化する。するとイオンになった部分で分子はちぎれてしまう。あるいは、活性酸素のような反応性の強いイオン(ラジカル)になる。

Ionize

放射線が原子に捕獲されなくても、近傍を通過するだけでイオン化作用は起こる。つまり1個の放射線粒子が通過しただけで、膨大な数のイオンが発生する(分子が破壊される)のである。

Direct_vs_ionize

放射線やイオン化作用ではなく、放射性崩壊によって元素が変わってしまうこと自体も生物体に影響を与える。

トリチウム水のトリチウムがβ崩壊したら、ヘリウムになる。ヘリウムは酸素と結合しないので、H2Oは活性酸素(OHヒドロキシラジカル)になる。この活性酸素がDNAの近傍にあれば、DNAを引きちぎるだろう。

人体にトリチウム水が取り込まれても、10日かそこらで排出されるから危険は少ないという。だが、トリチウム水が植物に取り込まれた場合は、それほど単純な話ではない。

植物は、二酸化炭素と水から糖分などの有機物を合成する。その際、ただの水の代わりにトリチウム水が使われれば、トリチウムが有機物に組み込まれる可能性がある。こうして糖分やアミノ酸に含まれるトリチウム、「有機結合型トリチウム」ができあがる。

【参考】環境中のトリチウム(環境省)
https://www.ies.or.jp/publicity_j/mini/2007-04.pdf

動物は(つまり人間も)必ず植物を食べる(または植物を食べた動物を食べる)。植物が作った糖分やアミノ酸に含まれる有機結合型トリチウムは、動物の体内に吸収される。糖分やアミノ酸はエネルギー源や細胞の構成素材として使われるが、過剰なものは脂肪として蓄積される。いったん脂肪になったらなかなか減ってくれないことは、皆さん御存知の通り。

つまり有機結合型トリチウムは、トリチウム水ほど短期間に体から出ていかないのだ。長期間体内に留まるので、ベータ崩壊による影響も大きい……と思われる。思われるのだが、有機結合型トリチウムの生物体内での挙動や影響については、よくわかっていないのである。それなのに安全だと言い切ることはできまい。

有機結合型トリチウムになってしまうと、もう一つ厄介な点が出てくる。食物連鎖を通じた生物濃縮である。植物よりも植食(草食)動物、植食動物よりも肉食動物というように、食物連鎖の上位にいる生物ほど、汚染物質を溜め込みやすい。水俣病の有機水銀やイタイイタイ病のカドミウム、有機塩素系農薬、PCB、PFASなどの不滅の化学物質、マイクロプラスチックなどと同様に、健康や生態系への影響を考える必要がある(このあたりも原子力ムラの御用学者が軽視する領域だ)。

Bioconcentration

トリチウムの生物濃縮の実態については、詳しいことはわかっていない。水に流せない形になったトリチウムについて、薄めて海に流せば大丈夫、安全だと言ってしまって良いのだろうか?

もちろん、前回書いたようにトリチウムは自然に生成されるものなので、地球上の生命はトリチウムの影響を受け続けてきた。DNAは二重らせんなので切断のリスクに多少は対応できる。だが、人工的に作ったトリチウムを環境中にばらまき、リスクを増やすことが賢いこととは思えないのである。

何より、他の方法を検討せずに海洋放出を強行したことが最大の問題点である。かなり難しいらしいがトリチウムを除去する方法はあるし、空気中に少しずつ放出する方法もある。汚染水の容量を減らして保管し続ける方法だってあるだろう。
安全だから海洋放出するというのなら、福島の海にではなく、原発推進派議員の地元の海や湖に撒けばいいのに……。
という変な話(変かな?)になってしまうのは、汚染水の海洋放出可否が科学の領域ではなく、倫理や政治の領域の話だからだ。

そもそも科学とは別領域で誤った決定をした結果が、あふれかえって処理に困っている汚染水なのだ。
地下水の多い立地に原発を建ててしまったとか。
津波被害を過小評価した(というか封殺した)とか。
全電源喪失を想定せず、本店の口出しで対応が遅れ、ベントなどの訓練を怠っていた結果としてメルトダウンを招いたとか。
最先端の技術とか言って地下水流入を防ぐ遮水壁に凍土壁を導入したけれど期待したほど効果がないとか。
はぁ、元気がなくなるなぁ。

「処理したけれど汚染水」の海洋放出については、トリチウム以外の放射性物質(セシウム、コバルト、ストロンチウムなど)についての懸念もある。これについては、またいずれ書くことになるだろう。

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