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2022/03/11

科学の限界

3月に入って一週間も経つと、メンタルをやられる(精神的にダメージを受ける)。
春の訪れを感じる芳しい季節のはずなのに、人は去り、傷つけ合い、あるいは病み、自然はときに牙を剥く。

77年前の3月10日、ゼリー状にしたガソリンを詰め込んだ油脂焼夷弾(ナパーム弾)が東京を火の海にした。
木と紙でできた日本家屋を効率的に焼き払えるようにと、科学的・実験的に検証した後に空襲に用いられたという。

こんにち、爆弾に詰め込んだ燃料をいったん気化させ、その後に爆発的に燃焼させる燃料気化爆弾(サーモバリック弾)を、ウクライナに侵攻したロシア軍が用いたらしい。
爆発に伴う衝撃波(爆風)の及ぶ範囲が通常の爆薬よりも広く、また高温と真空(空気の希薄化)、酸素の燃焼による窒息死などにより、人体に対する影響も大きい。
戦車などの車両内にいる兵士や、防空壕の中の民間人も効率的に殺傷できるそうだ。

軍事に応用された科学は、破壊と殺傷の効率化をもたらし、平穏と調和を望む人間性を敗北させるのだろうか。
軍事侵攻なんてことを実行に移してしまう人間の心理を(そういうバイアスがあることは科学的にわかっているが)、穏やかなほうへコントロールすることはできないのだろうか。

11年前の3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生した。
想定外の地震と津波の被害を目の当たりにして、地震学者たちは「地震の予知など不可能」と改めて思ったという。
そして最先端の科学技術により(いつの最先端だよ、というツッコミは置いといて)安全が保証されているはずの原子力発電所がメルトダウンし、水素爆発によって(単純な水素爆発ではないらしいが)放射性物質を撒き散らした。

こんにち、ウクライナに侵攻したロシア軍はチェルノブイリ原発とザポリージャ(ザポロジエ)原発を攻撃、占拠し、IAEAへの監視データ送信が停止している。
プーチン大統領もラブロフ外相も、核兵器の使用をほのめかして西側諸国(冷戦時代の用語かよ!)を脅している。

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地殻変動や地震・津波についての研究が、プレートテクトニクスに基づくようになってから、まだ半世紀である。
ワシが高校生になるころまでは、「なんらかの力が働いて土地が隆起した」とか「なんらかの力が働いて断層が動き、地震が起こる」とか、そんな説明が教科書に載っていたのだ。

だから、地震の予知や津波被害の正確な予測ができないことは、科学の敗北ではないし、これが科学の限界とは言い難い。
そもそも「科学的」というのであれば、絶えず検証し、定説を覆し、より妥当な仮説を構築して、結果を確率論的に推定することしかできない。
それ以上のこと、たとえば「安心安全」を保証することはできない。

科学的な(つまり捏造されたものや意図的に選択されたものでない)観測事実と、科学的な(思い込みや一方的な主張でなく多くの人によって検証された)仮説に基づいて判断し、行動すること。
そして、思い込みや一方的な押し付けを排除することで、互いを尊重する社会をつくること。
これが過去の人類の悲惨な歴史から学んだ、現代に生きるワシらの行動指針のはずなのだが。

過去の苦難や現在の悲惨な状況や将来起こるであろう危機に対し、科学技術だけで対応できるわけではないだろう。
過去についてどのように評価するか、現在の状況をどのように判断するか、将来をどのように構想するかについて、科学的な手法は必要であり有効だが、その評価・判断・構想を行うのは「人」である。
ということは、その「人」の認証バイアスによって歪みが生じうる、ということである。

たとえば、核兵器の原料となるプルトニウムを産み、自然・人為の災害や戦争による破壊の危険があり、ちゃんと運用できたとしても大量の放射性廃棄物を十万年単位で残す原子力発電所。
「科学的」に判断すれば、運用停止・廃棄するのが妥当という結論に至りそうなものだが……。
それなのに、(対ロシア制裁に伴うエネルギー不足への対応として)原発の再稼働を求めたり、(防衛力増強と称して)潜在的核保有の有用性を語ったり、地震・津波・火山噴火による被害を過小評価したりする人がいるのはなぜか?

科学の限界は、「人は誰もが科学的に考えられるわけではない」ところにあるのかもしれない。

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