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2022/01/04

正月休みは今日まで

明日から仕事。
リモートワーク用の PC を起動するために出社し、昼には帰宅して午後から在宅勤務の予定。

年も改まったので気持も新たに……なんて気にはならず、一週間前に止めたところから仕事を再開する。
歳のせいだか何だか、新年だからどうこうという気持ちになれないのである。

COVID-19 パンデミックのせいで新年会というような行事もないからね。
というか、行事というものが、構成員の一体感を醸成しつつ、心機一転とかいった気にさせようという共同体維持のためのしくみだからね。

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さて、一昨日に載せたこの落書きについて、もうちょっと説明を加えておこう。

たぶん、暦が発明される以前の時代でも、季節が巡って新しいサイクルに入ること、つまり「一年」の概念はあっただろう。
夜空を見上げる機会も多く、「毎年」日没後に同じ星座が昇ってくることや、「一年」の間に10回以上、月が太ったり痩せたりすることも知っていただろう。

そして、種まきや収穫、灌漑や害虫の防除、台風や季節的な洪水に備えることなどの必要上、一年の始まりを決める必要が生じる。

その際、例えば(中緯度地帯では)
「日没後に鎌の形の星座が昇ってくるようになったら、その次の新月を一年の始まりとする」とか、
「ウメ(などの早春の花)が咲いたら、その次の新月を一年の始まりとする」とか、
「ヒキガエルが産卵のために出てきたら、その次の新月を一年の始まりとする」とか、まぁそんな具合に一年の始まりを決める。

一年の終わりはもちろん、すべての収穫が終わり、冬ごもりの準備ができたときである。
一年の始まりから一年の終わりまでの間に、月はおおむね10回、満ち欠けする。
そこで、1年は10ヶ月、ということになる。

しかし月の満ち欠けの周期に基づく暦では、気温の変化や害虫の発生時期、季節的な災害の時期とはだんだんずれていく。

これでは都合が悪いので、「ひと月」を(満ち欠けの周期の29.5日ではなく)30日または31日にして、1年365日を12ヶ月とする。
もとの10ヶ月に2ヶ月追加するわけだが、この2ヶ月をもともとの一年始まりである春の前に置き、冬の最中を一年の始まりの「1月」に定めた。

こんにち、世界中の大部分の国で使っている太陽暦は、このようにしてできたようだ(ここまでの説明では、西洋社会に限定されないよう、あえてユリウス暦などの用語を省いた)。

まぁ要するに、「新年」も「1月1日」も虚構というか共同幻想というか、共同体の都合上作られたもので、それ自体に現実的な意味はない。
新年を祝いたい人は祝えばよいし、心機一転したい人はすればよいが、ワシにとってはちょっと長い連休、という感じである。

ちなみに、長い休みを利用してじっくり本を読もうと何冊か購入し、『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)を半分ほど読んだ。
『サピエンス全史』の主題の一つが「なぜホモ・サピエンスは他の人類(ネアンデルタール人など)と違うのか」であり、その答えが「虚構を通じて共同体を統一する能力」ではないのか、というものだ。

やれやれ、明日はその虚構(株式会社)に出かけて行って、虚構(給与所得)を得るために、虚構(コンピュータネットワーク)を利用して虚構(Webコンテンツ)を構築するという作業をしなければならない。
午後には家(土地や建物は実態だが所有という概念は虚構)に帰ってきて、作業(虚構の構築)をするわけだが、その合間に太陽の光という現実を浴びたり、犬の散歩という現実的な行動をできるのが救いである。

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