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2022/01/30

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んだ

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を Amazon Kindle で買って読んだ。

『オデッセイ』というタイトルで映画化された『火星の人』を書いたアンディ・ウィーアーの第3長編である。

『火星の人』は、ポジティブな主人公が孤軍奮闘し、次々と遭遇するアクシデントを乗り越えて火星から生還するまでを描いていた。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』もポジティブな(陽気なキャラクターというわけではなく、ユーモアのセンスがあってめげない)主人公が孤軍奮闘する物語である。

何を書いてもネタバレになってしまいそうなので、舞台が太陽系にとどまらない、ということだけ書いておく。

太陽系から出ていくのに、そんな都合の良い方法があるか?などと突っ込みたくなるが、まぁそこは、SFは所詮ホラ話。
話のスケールを大きくするには、大きなホラを吹かないと。

さて、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の読後感はすこぶる良い。
クラークやアシモフやベンフォードや(初期の)ホーガンが好きな人なら、楽しめるだろう。

実は、読後感が「個人的に」すこぶる良かったのには理由がある。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読む前に、『三体』三部作を再読し、『サピエンス全史』を読了していたのだ。

人類(ホモ・サピエンス)と、宇宙における人類の位置付け……というか、宇宙にほかの知的生命体がいるとしたら、どんな出会い方をするのか(あるいは出会うことはないのか)について、ちょっと悲観的な気分になっていたのである。

ちなみに、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と『三体』は Kindle Oasis で、『サピエンス全史』は単行本で読んだ。

物理的な書籍は一覧性に優れていてランダムアクセスしやすいので好きなのだが、歳とともに活字(もちろん活版印刷ではないので印字だが)を読むのが辛くてかなわない。

その点、電子書籍は文字サイズや行間、明るさや色調まで自在に変更できるので読むのが楽だ。

まぁしかし、Amazon Kindle を使っていていちばん面倒なのは、「おすすめの書籍」やキャンペーンの通知がしょっちゅう来ることかもしれない。

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2022/01/15

オミクロン株は「まだ」風邪ではない

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)について、ナショナルジオグラフィックに「オミクロン株はなぜ感染しやすく、重症化しにくいのか、最新研究」という記事が乗っていたので、気になったところをピックアップしておく。
まぁ、自分用のメモのようなものである。
今後明らかになったり、書き換えられたりすることもあるだろう。

重症化しにくい。

肺炎のような症状や免疫系の暴走が見られる患者は減っているそうだ。
ただし、高齢の人、基礎疾患のある人、免疫力が低下している人、ワクチン未接種の人は感染しやすく、重症化の要因となる。

重症化しにくいからと言って甘く見てはいけない。

たとえ病院に行くほどではないにせよ苦しい思いをし、入院したり死亡したりする人もいる。

感染しやすい。

オミクロン株はデルタ株の2〜4倍うつりやすい。

肺の細胞に感染しにくく、上気道に感染しやすい。

上気道(鼻や副鼻腔)ではデルタ株の100倍以上の速さで複製される。

検査の方法が変わるかもしれない。

PCR検査では、デルタ株の場合は鼻腔ぬぐい液を検査するほうが正確で、オミクロン株は唾液検査のほうが正確。
鼻腔ぬぐい液を用いる迅速抗原検査では、オミクロン株の感染を特定するのに時間がかかる。PCR検査で陽性になってから数日後に抗原検査で陽性となる。

(ということは、オミクロン株に感染している場合、感染の初期には抗原検査では検出できないのかもしれない。)

主に飛沫感染する。

ものの表面から感染する可能性は低いので、手洗い、フィジカルディスタンスの保持、(不織布)マスクの着用が有効。

後遺症(long COVID)については不明。

まだわからない。長期的に継続する症状を引き起こすかどうかが明らかになるのは数カ月後になるだろう。

(ということは、現時点で「オミクロン株はただの風邪」と言ってしまうのは時期尚早だということだ。)

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2022/01/09

お勉強ができるだけでは、頭がよいことにはならない

国土交通省の統計不正は言語道断、まったくもって国辱的な不正行為であるが、なんで難しい試験を通過した国家公務員や地方公務員がこんな馬鹿なことをしてしまうのか?

統計において最も重要なことはサンプリングと、サンプリングによって得た生データであることについては言うまでもない。
そのデータを改ざんしてしまうなんてことは信じがたいことだが、今回はその話ではなく、昨日の朝日新聞の記事を読んでびっくりした件について。

朝日新聞1月8日朝刊の社会面、「どうみる統計不正」というコラムで、元官僚の田口勇氏が次のように語っていた。

「労働災害発生状況」という統計の作成を担当していた時、集計に非常に苦労した。前任者がエクセルが苦手で、過去のデータが整理されていなかったためだ。

はぁ? エクセルが苦手だと? そんな人が官僚をやっているのか?

人には得手不得手があるから、エクセルが苦手な人がいても構わない。
だが、エクセルが苦手だと言ってちゃんとデータを処理できない人が官僚をやっちゃいけないだろう。

IT立国の官僚として不適切であり、ワシの納めた税金で禄を食む資格はないぞ。
少なくともワシより30年くらい遅れているのだからな。

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ダニング=クルーガー効果、という心理学的な仮説がある。
能力が低い人は自分の能力を過大評価する、という認知バイアスが働くそうだ。

難しい試験に合格しても、それはお勉強ができるというだけのことであって、頭がよいというわけではない。
官僚の皆さんは夜郎自大に陥ることなく、ダニング=クルーガー効果を考慮して謙虚に仕事をしてほしいものである。

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2022/01/04

正月休みは今日まで

明日から仕事。
リモートワーク用の PC を起動するために出社し、昼には帰宅して午後から在宅勤務の予定。

年も改まったので気持も新たに……なんて気にはならず、一週間前に止めたところから仕事を再開する。
歳のせいだか何だか、新年だからどうこうという気持ちになれないのである。

COVID-19 パンデミックのせいで新年会というような行事もないからね。
というか、行事というものが、構成員の一体感を醸成しつつ、心機一転とかいった気にさせようという共同体維持のためのしくみだからね。

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さて、一昨日に載せたこの落書きについて、もうちょっと説明を加えておこう。

たぶん、暦が発明される以前の時代でも、季節が巡って新しいサイクルに入ること、つまり「一年」の概念はあっただろう。
夜空を見上げる機会も多く、「毎年」日没後に同じ星座が昇ってくることや、「一年」の間に10回以上、月が太ったり痩せたりすることも知っていただろう。

そして、種まきや収穫、灌漑や害虫の防除、台風や季節的な洪水に備えることなどの必要上、一年の始まりを決める必要が生じる。

その際、例えば(中緯度地帯では)
「日没後に鎌の形の星座が昇ってくるようになったら、その次の新月を一年の始まりとする」とか、
「ウメ(などの早春の花)が咲いたら、その次の新月を一年の始まりとする」とか、
「ヒキガエルが産卵のために出てきたら、その次の新月を一年の始まりとする」とか、まぁそんな具合に一年の始まりを決める。

一年の終わりはもちろん、すべての収穫が終わり、冬ごもりの準備ができたときである。
一年の始まりから一年の終わりまでの間に、月はおおむね10回、満ち欠けする。
そこで、1年は10ヶ月、ということになる。

しかし月の満ち欠けの周期に基づく暦では、気温の変化や害虫の発生時期、季節的な災害の時期とはだんだんずれていく。

これでは都合が悪いので、「ひと月」を(満ち欠けの周期の29.5日ではなく)30日または31日にして、1年365日を12ヶ月とする。
もとの10ヶ月に2ヶ月追加するわけだが、この2ヶ月をもともとの一年始まりである春の前に置き、冬の最中を一年の始まりの「1月」に定めた。

こんにち、世界中の大部分の国で使っている太陽暦は、このようにしてできたようだ(ここまでの説明では、西洋社会に限定されないよう、あえてユリウス暦などの用語を省いた)。

まぁ要するに、「新年」も「1月1日」も虚構というか共同幻想というか、共同体の都合上作られたもので、それ自体に現実的な意味はない。
新年を祝いたい人は祝えばよいし、心機一転したい人はすればよいが、ワシにとってはちょっと長い連休、という感じである。

ちなみに、長い休みを利用してじっくり本を読もうと何冊か購入し、『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)を半分ほど読んだ。
『サピエンス全史』の主題の一つが「なぜホモ・サピエンスは他の人類(ネアンデルタール人など)と違うのか」であり、その答えが「虚構を通じて共同体を統一する能力」ではないのか、というものだ。

やれやれ、明日はその虚構(株式会社)に出かけて行って、虚構(給与所得)を得るために、虚構(コンピュータネットワーク)を利用して虚構(Webコンテンツ)を構築するという作業をしなければならない。
午後には家(土地や建物は実態だが所有という概念は虚構)に帰ってきて、作業(虚構の構築)をするわけだが、その合間に太陽の光という現実を浴びたり、犬の散歩という現実的な行動をできるのが救いである。

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2022/01/02

1年の始まりはなぜ冬なのか?

年賀状をやめてしまったので、Twitter や LINE で年始の挨拶。

 

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1月1日の朝の散歩の際、近所の公園に行ったので、こんと富士山の写真を撮った(時刻は7:30)。

スマートフォンの Autodesk Scketchbook を用いてちゃちゃっとテキストを追加して、SNSにアップロード。

COVID-19 第6波の予兆があったりして、なんかあんまりおめでたい気がしないので、「新年あけましておめでとう」の語句はなし。

そういえば何で冬の半ばの半端な時期が1年の始まりなのだろう。

その答えがナショナルジオグラフィックのニュース記事になっていたが、西洋の暦の話になっちゃうので、少々面倒くさい。

なぜ新年は暗くてますます寒くなる冬に始まるのか、暦の歴史

かいつまんで説明すると、もともと春が1年の始まりだったのだけれど、月の満ち欠けを基準に「月」の日数を決めると、だんだんずれちゃうので調整のために月を足したら、1月が冬になっちゃった、ということらしい。

月の満ち欠けの周期は 29.5 日だから、29.5×12=354(日)で、1年365日に満たないからね。

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