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2021/12/29

ウイルスとの「共生」

もう16年も前のこと、「ウイルスは恐怖の対象か」という記事を書いた。
日経サイエンス2005年3月号のコラムに、われわれ真核生物の核の起源はウイルスではないか、という仮説が載っていたので、それを紹介したものである。

マンガにすると次のような具合である。

Cell_org

何十億年前の出来事かわからないが、すでに人類のはるか祖先の時代から、ウイルスとは共生しているのではないか、という話。

さて、2021年12月26日朝日新聞朝刊に、「(新型コロナ)コロナ2年、世界が学んだ共生 長崎大熱帯医学研究所・山本太郎教授」という記事が載っていた。

う~む。この記事、「共生」という語句、そして「ウイルス 根絶めざすのではなく」という見出しだけ見ると誤解を招くのではないかと思う。

最初に挙げた、細胞内で共生するような極端な場合でなくても、人類はウイルスとは共存せざるを得ない。

いずれCOVID-19の病原ウイルス(SARS-CoV-2)のほうも、人類と共生するように進化し、罹患しても風邪程度になるだろう。

だがそれは、現在流行中のオミクロン株において、ではない。
来年や再来年という話ではない。
山本教授は「10年後には明らかに、感染しても軽症ですむ、いわゆるかぜコロナに変わっているでしょう」と予測している。

ワシの個人的な感想だが、現在の状況で、「ウィズコロナ」などというのは間違っていると思う。

現在のところは、新型コロナウイルスをゼロにするという意味ではなく、感染症の脅威をゼロにする、という意味で「ゼロコロナ」を目指すのが正しいと考える。
もちろん、そのために必要なのは、検査による実態把握、感染者の保護、早期の治療、感染予防などの手段であり、人類社会における、人間同士の共生である。

オミクロン株の感染拡大は、先進国だけワクチン接種を進めても、途上国を置き去りにしては無意味であることを物語る。
ウイルスに国境はなく、特定の国からの渡航者を遮断しても、水際対策にならない。

まして、地位協定のような例外処理を作ってしまっては、バックドアが開けっ放しのセキュリティシステムと同じで、感染対策にもなんにもならない。
国とか軍事同盟とか人種とか、そういったもので壁を作って他者を排除するのではなく、共存共生することを、人類は学ぶ必要がある。

さもなければ、今後何度も訪れるであろうパンデミックを超えて生き残ることはできないだろう。

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