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2020/10/10

いわゆる「核のゴミ」の行方

高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のゴミ」の最終処分場選定に関して、北海道の寿都町と神恵内村が文献調査に応募するという。

核のゴミついては、2012年に「五十四墓村」という記事を書いた。

その記事の中で、日本学術会議の提言について触れた。

この提言は原子力委員会からの審議依頼に対する回答で、その内容はPDF文書「高レベル放射性廃棄物の処分について」として誰でも読むことができる。

その「要旨」の中に、次の記述がある。

これまでの政策枠組みが行き詰まりを示している第三の理由は、従来の政策枠組みが想定している廃棄物処分方式では、受益圏と受苦圏が分離するという不公平な状況をもたらすことにある。この不公平な状況に由来する批判と不満への対処として、電源三法交付金などの金銭的便益提供を中心的な政策手段とするのは適切でない。金銭的手段による誘導を主要な手段にしない形での立地選定手続きの改善が必要であり、負担の公平/不公平問題への説得力ある対処と、科学的な知見の反映を優先させる検討とを可能にする政策決定手続きが必要である。

結局、こうした提言を無視する形なのだろうか、文献調査に応じた地方自治体に最大20億円が支払われるという。

なんだかなぁ。

人の気持ちは金で買えるものなのだろうか。

人の気持ちが金で買えるとしても、自然の法則を金で変えることはできない。

日本列島の中に、数万年にわたって「安全に」放射性廃棄物を埋めておける場所など、考えられない。

次の図は、「伊豆半島ジオパーク」に掲載されているもので、日本列島を構成するプレートの境界と火山(赤い点)を示している。

Izupen_plate

われらが愛する日本列島は、プレートの境界という不安定な場所にあるのだから、「安定した地層」など存在しないのである。

したがって、日本学術会議の提言にあるように、より妥当な処分法が見つかるまで、回収可能な形で「暫定保管」するほうがよいと思う。

つまり、見えないところに埋めて「なかったふり」をするのではなく、見える形で保管し、厄介なゴミを出してしまった責任とともに生きることである。

ただ、そういう責任を、子や孫の世代に引き継がなくてはならないというのが、なんとも心苦しい。

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