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2020/09/27

対話可能な異星人は存在するのか?

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ある夜、こんと散歩していると、月や星が明るかった。

夜空の星を眺めて思うことは、あの星ぼしは遠い太陽であって、その周りを廻る惑星があるだろう、そしてその惑星には、生物がすんでいるのだろうか、ということだ。
そしてその異星の生物は、夜空を眺めて「あの遠い星ぼしを廻る惑星には知的な生物がいるのだろうか」などと考えているのだろうか?

SF映画に出てくる異星人、つまりエイリアンや E.T. は対話可能であることが多い。
『スタートレック』や『スターウォーズ』の異星人は、撮影技術的な制約もあって「見た目の異なる地球人」だが、そもそも対話可能であることは、ストーリーを成立させるためには必須である。

だが現実には、対話可能であるとは限らないだろう。

地球上の生物であっても、犬とは対話することはできない。
意思の疎通はできても、抽象的な会話は不可能だ。

夜空の下を一緒に散歩していても、こんは星を見上げて「あの遠い星々を廻る惑星にも犬がいるのか?」などと考えることはなさそうだ。
散歩中は星を見上げるよりも、地表の匂いを嗅ぐことに忙しそうにしているからね。

さて、「あの遠い星ぼしを廻る惑星には知的な生物がいるのだろうか」?

宇宙が誕生してから100億年経っていること、そして宇宙には非常にたくさんの恒星があることから考えて、地球と同じような惑星には、地球人のような知的な生命体が発生しているだろう。
そして十分な時間をかければ、星ぼしの間の空間を渡って訪れてきたり、あるいは星ぼしの間で通信していたりしていそうなものだ。
それなのになぜ、まだ異星人が地球にやってきたり、異星人の会話を聞いたりしていないのか?
「もし宇宙人が存在するなら、いったいどこにいるのか」

……というフェルミのパラドックスに答えるための仮説を集めた、スティーブン・ウェッブ著『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』を読んだ。

「すでに来ていて、ハンガリー人と名乗っている」といったジョークもあるが、SETI(知的異星生命探査)や宇宙論、生命科学の最近の学説まで紹介されている。

実際のところは「異星の生命」と出会うまではわからないが、この広い宇宙のどこかの惑星でも、生命が発生することはあるだろう。
しかし、異星の生命が人類と同じように対話をできるようになる可能性は、非常に小さいのかもしれない、と思った。

そもそも、「対話可能な異星人を探す」ということは、他の星で地球人を探そうとするようなものなのかもね。

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2020/09/19

迷惑な奴等

昨日(9月18日)、駐車場に大きな蝶がいて、強い風に耐えていた。
ゴマダラチョウにしては綺麗な赤い斑点があるなぁ、と思って調べたら、要注意外来生物のアカボシゴマダラだった。

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奄美諸島に生息するアカボシゴマダラとは別系統の、中国原産の種らしい。
人によって持ち込まれたものらしく、本州のあちこちで散発的に目撃されていて、横浜の知人は普通に見かけると言っていた。

もちろん本人(というか本蝶?)には罪はないが、外来種は在来種の生存を脅かすので迷惑である。

迷惑といえば、今日午後には庭のヒメシャラについたチャドクガとカキノキについたアオイラガの幼虫を駆除した。
秋雨で庭の手入れがなかなかできず、先週は草を刈るので精一杯、庭木のほうまで手が回らなかったからね。

そういえばアオイラガも外来種だなぁ。
もっともアオイラガは庭に遊びに来るシジュウカラがつまんでくれるから、シジュウカラから逃れた1匹を処理しただけで済んだが。

迷惑といえば、ここのところ妙なメールが来る。
友達を装ったり、困っている人を装ったり。
木曜日(17日)には「WHO支援協会」などという訳のわからない団体を装ったメールが来た。

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「給付金が無償で」なんていう変な言葉遣いを、まっとうな団体がするわけがない。
まず「てにをは」が変だ。
「給付金を無償で」だろうが、というか給付金なんだから受け取るのにお金がかかったらおかしいだろうが!

もちろん、「メッセージの続き」のリンク先は危ないサイトであり、個人情報を盗んだり、金品を奪ったりされるおそれがあるに決まっている。
こんなふうに見るからに怪しげでも、何万人かに一人は騙されるのだろう。
何万人かに一人でも、騙されれば儲かるものらしい。
儲かれば何やってもいい、と考える迷惑な奴が世の中にはいるものだ。

儲かるというか、ネットでお金をかせぐ方法の一つに広告収入がある。
このブログにも、広告が表示されているかもしれない。
まっとうな広告ならばよいが、いかがわしい広告が表示されると嫌なものである。

気象庁がサイトに広告を載せたら、いかがわしい奴が載ってしまったそうで、枠だけ表示されている。

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「広告枠(不具合ではございません)」と表示するくらいなら、枠そのものを表示しなければいいのに。

この「高解像度降水ナウキャスト」は、散歩に出るタイミングなどを図るために必須のサイトである。
そこに広告枠を表示されてしまうと、表示領域が狭くなる。
[×広告OFF]というボタンはあるが、いちいち押して消すのも面倒くさい。

広告はちょっとだけ迷惑である。
うっかり押しちゃうと、要りもしない宣伝を見せられるし。

よく考えたら、なんで公の役所のサイトに広告が必要なのだろう?
こんなところで役所が「自助」するこたぁない。
寺田寅彦も言っていたように「気象は国防」なのだから、ちゃんと税金を使ってほしいものである。

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2020/09/08

Kindle Oasis で『三体』を読んだ

Kindle Oasis を買って『三体』をダウンロードして読んだ。
本が増える/古くなってカビる/字が小さくて読めなくなる/置き場所がなくなるといった問題点に対処するため、電子書籍への移行を図ってはいたのだが、スマートフォンやタブレットでは、どうも読みづらい。
そこで、E Ink なら目に優しいかな、ということで Kindle を買ってみたのだ。

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写真右が Kindle Oasis で、左は大きさの比較のために置いた文庫本。
最初は「小さいな」と思ったが、片手で持つには手ごろである。

面白いと評判なので以前から読みたいと思っていた中国SF『三体』をさっそく購入した。
文庫になるまで待とうかなと考えていたが、電子書籍なら場所も取らない。

Kindle Oasis での読書は、「読む」という点に関しては紙の本と同じくらい快適だ。
物理ボタンがあるのでページめくりも楽である(スワイプやタップだと行き過ぎたりするのだ)。
ただし、任意のページへの移動がちょっと面倒くさい。
ページの概念がないし。
脚注へ飛んで、戻ってくると位置がずれていたりするし。

パブリックコメント機能も余分かなぁ。
図書館の本じゃあるまいし、他人が引いた線なんか見たくもない。

自宅に Kindle Oasis を置いたまま、続きを会社でスマートフォンの Kindle アプリで読む、なんてこともやってみた。
物理的な本やビューアーデバイスを持ち歩かなくても続きを読めるのは楽ちんだ。

さて、そうやって読んだ『三体』は、評判に違わずたいへん面白かった。

第一部の文化大革命から第二部の現在に進んだところで、この感じは久々だなぁ、と感じた。
主人公の一人のナノマテリアル開発者の周囲で起こる奇怪な現象……ホラーというわけじゃなく、超科学の存在をにおわせるような……から、その背後で想像を絶する「何か」が進行している。
……というあたりで、なんか小松左京の『果てしなき流れの果てに』を読んだときの「センス・オブ・ワンダー」に近い感覚を味わったのだ。

あとで「訳者あとがき」を読んだら、大森望氏も「カール・セーガンの『コンタクト』とアーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』と小松左京『果てしなき流れの果てに』をいっしょにしたような、超弩級の本格SFである」と書いていた。
やっぱりそう感じるよねぇ。

ガチガチのハードSFではないし、ツッコミどころもあるのだけれど、それはさておいて、面白い。
ついつい、続編の『黒暗森林』の上下巻も、Amazon の Kindle ストアで買って、週末に読んでしまったのだった。

三部作の完結編にあたる『死神永生』の日本語版は、来春に出るそうだ。
待ち遠しいなぁ。

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