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2020/08/09

75年は草木も生えぬ

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「10年目の節目となる今年」のような言い方に意味はあるのだろうか、と日ごろから感じている。
十進法だけが数の数え方ではないからね、などとひねくれた考え方をするのが習い性になっているからだろう。

そこで、8月6日の朝から、ニュースの「原爆投下から75年目の節目となる今年」という言葉を聞いて、また十進法かな、と思ってしまった。
しかし、広島市長の平和宣言の冒頭を聞いて、その75年か、と気付いた。すみません。

『1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。』

この「75年」という値は、どこから来たのだろう?
50年でも100年でもなく、なぜ75年なのか……。
そうか、1世紀の4分の3か、すると英語圏の発想だな、と考えて、「Hiroshima quarter century」で検索して、中国新聞の英語版の記事に辿り着いた。

“Actually, tests have shown that the radiation in an area exposed to the force of an atomic bomb will not be dissipated for approximately 70 years. Hence, Hiroshima will be a devastated area not unlike our conception of the moon for nearly three-quarters of a century.”
Special 120th anniversary series: The A-bombing and the Chugoku Shimbun (Part 6) より引用)

マンハッタン計画に携わったハロルド・ジェイコブソン(Harold Jacobson)博士の見解である。
日本語版の記事では次のように訳されている。

「実験からは原爆を浴びた地域の放射能は約70年は消えない。広島は75年近く荒廃の地となるだろう」

元の英文と、ちょっとニュアンスが違うので、Google翻訳の力を借りて、直訳してみる。

「実際、原子爆弾の力にさらされた地域の放射線は、約70年間は消散しないことがテストによって示されています。 したがって、広島はほぼ75年、私たちが月について抱いている概念と同様の、荒廃した地域になるでしょう。」

「草木も生えぬ」は「月面のような荒廃した土地」をより人間的な感覚で表現したものなのだろう。

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