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2020/01/29

今年の梅は例年より早く咲いたのか?

国会中継を観て腹が立ったりして、ブログの更新が滞った。はぐらかす、隠す、捨てる、嘘をつく……まったくどこが「美しい日本」なんだか。

気を取り直して、本当に「美しい」もののことを考えよう。

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1月25日土曜日の朝、散歩の途上にウメがたくさん咲いていたので写真を撮った。数日前からポツポツと咲いているのを見ていたが、雨の後、気温が上がったからだろうか、一斉に開花したようだ。

このところ各地で雪不足が報告されるなど、異様に暖かい日々が続いた。では今年の梅は例年よりも早く咲いたのだろうか?

そう考えて過去数年の記録を見てみると、だいたい1月下旬から2月初旬にウメの開花を確認している。ということは、今年は格段に早く咲いたというわけでもないようだ。

ただ、ウメだけでなく草の花もたくさん咲いていて(ヒメオドリコソウやらナズナやらトウカイタンポポやら)、なんとなく春っぽい。ウメのように春に咲く「木」は秋までに花芽を準備して冬眠しているので、冷え込んで「休眠打破」された後なら、気温が上がるとすぐに花開く。冬に緑の葉を広げている「草」は、少しずつ、じわりじわりと成長し、花を咲かせる。

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さて、例によって自発的隔週週休三日制実施のため休んだ1月22日水曜日、香貫山ではサクラが咲いているのを見た。サクラといってももちろんソメイヨシノやヤマザクラではなく、トウオウカ(冬桜花)という中国原産のサクラである。

近隣のカワヅザクラの花芽も膨らんできているので、もうじき咲くだろう。

冬来たりなば春遠からじ。もう少し辛抱すれば「美しい日本の春」がやってくる。

ちなみに、2011年のウメの開花は1月14日で、こんなことを書いている。

「朝の散歩に出たら、玄関先から畑から、夜のうちに降ったらしい霰(あられ)でごま塩状態。そんな中、白梅の開花を確認。」

もちろんこのときは、2ヶ月足らず後に未曾有の大災害が発生し、春らしい気分が吹っ飛ぶとは知る由もなかった。

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2020/01/08

ベテルギウスは「いつ」超新星になる(なった)のか

立春の後なら「春一番」と言いたくなるような強い風が吹き、夜空は晴れ渡った。

散歩に出ると月が煌々と輝いていて、その下にオリオン座が見えた。

次の図は、Android版の星座早見(名古屋市科学館)のスクリーンショットである。

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このところ、オリオンの肩の赤い星、ベテルギウスが少し暗い。

そのせいか、冬の大三角形が一瞬で見つけられないことがあった。オリオン座の足の先のリゲルと、おおいぬ座のシリウスがやたらと目立ったりするからである。

ベテルギウスが暗いのは、超新星爆発の予兆かもしれないそうだ(ナショナルジオグラフィック「オリオン座の巨星に異変、超新星爆発が近い?」)。

もしも超新星になったとしたら、満月並みの明るさになるそうだから、とても壮大な見ものとなるだろう。

ベテルギウスは太陽系から500光年以上離れているので、超新星になったとしても実害はない。夜空の暗い星が見づらくなるだろうが。

今夜も散歩中にしばらくベテルギウスを眺めていたが、超新星にはならなかった。

まぁ、見ている間に爆発するなんて世にもまれな事態は起こりそうもない。だいたい、ベテルギウスが爆発するまで、あと10万年かかるか100万年かかるかもわからない。

さて、もしも「いま」ベテルギウスが超新星になったことを目撃したとしよう。

しかしベテルギウスは500光年以上の彼方にあるのだから、実際に爆発したのは500年以上前ということである。

だから「いま」ベテルギウス近傍にワープすることができたとすると、そこには爆発後に広がっていくガスが漂っているだけだろう。中心核は押し固められて中性子星になっているかもしれない。

ここでややこしいのは、どっちが本当の「いま」かということだ。

地球では爆発を「いま」観測したわけだが、ベテルギウス近傍では「いま」観測できるのは爆発の名残りだけである。現地レポートを電波やレーザーで送っても、地球に届くのは500年以上先である。ワープ航法が実現したら、現地レポートは通信するよりも持ち帰るほうが「早い」ことになるだろう。

とかいったことを考えながらベテルギウスを見ているとき、ひょっとするとベテルギウスはすでに爆発していて、「いま」はもう存在しない可能性もあることに気づいた。はたして、ワシが生きているうちに超新星を目にすることはできるだろうか。

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Windows 7 サポート切れ対策

個人的隔週三日制を実施中のため、本日会社を休んだ。

ところが天気が悪いので、午前中は古いPCの設定変更。
2011年に購入した Windows 7 マシンなので、来週1月14日にマイクロソフトのサポートが切れ、インターネットからの攻撃に対して無防備となるからだ。

ということで、ネットワークの設定を調べていたら、イラク駐留アメリカ軍基地をイランが弾道ミサイルで攻撃、という速報が流れてきた。

戦争に発展しなければいいな、と思っているが、ちょっと疑問に思ったことがある。
米軍基地にはイージス・アショアのような対ミサイル防衛システムは配備されていないのだろうか?

  • 配備されていない場合
    • なぜ配備されていないのか?
    • ひょっとしてイージス・アショアのようなシステムはあまり有効ではないからか?
  • 配備されている場合
    • なぜ攻撃を防ぐことができなかったのか?
    • 十数発も撃ち込まれると対処しきれないのか?

……ということで、どっちにしろ良い買い物ではないような気がする。
いまから「役に立たないみたいなので、やっぱり買いません」ということはできないのだろうか?

それはさておき、我が家のネット防衛対応の話。

メインマシンは Windows 10 搭載のノートPCに替えたので、通常の使用には支障がない。
だが、ドキュメントスキャナが Windows 7 PCに接続されていて、スキャナにバンドルされていた Acrobat Standard のバージョンが 9 なのだ。
Acrobat 9 は Windows 10 では動作しないので、Windows 7 環境がなくなってしまうと、PDF の結合などの処理がやりづらくなる。

ということで、Windows 7 PCを家庭内のネットワークにつながる状態にしたまま、インターネットから切り離すことにした。
具体的には、家庭内のPCなどのネットワーク機器から見えるように固定のIPアドレスを設定し、外部のネットワークに出ていく/入ってくるためのゲートウェイを設定しない。

  1. 「ネットワーク」を右クリックして「プロパティ」を選択
  2. 「ローカルエリア接続」をクリック
  3. 「プロパティ」ボタンをクリック
  4. IPv6のチェックを外す
  5. IPv4を選択して「プロパティ」ボタンをクリック
    Ipv4
  6. 「次のIPアドレスを使う」にチェックして、IPアドレスとサブネットマスクを設定する
    Tcpipv4
  7. デフォルトゲートウェイは設定しない
  8. 「次のDNSサーバーのアドレスを使う」にチェック
  9. DNSサーバを設定しない

設定後、NAS(ネットワークストレージ)やほかのPCとつながることを確認し、GoogleなどのWebサイトは見られないことを確認した。

まぁ、9年近く使ってきたPCなので遠からずリサイクルしなくてはならないが、蔵書の自炊にかける期間がもう少し伸ばせることになったので少々ホッとしている。

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2020/01/04

『時間は存在しない』を読んだ

年末年始の休みにカルロ・ロヴェッリ著『時間は存在しない』(NHK出版)を読んだ。
冬至の約10日後に新年となるシステムが疑問なので、とくに正月がめでたいとは思わないのだが、仕事が休みなのでのんびり過ごしている。
そこで時間について考えながら、散歩と昼寝の合間に読んだ。

この本の本文中に記された数式は一つだけ(エントロピーは増大する、ということを表す式)。

ΔS≧0

そのほかは、アリストテレスから始まる諸賢の時間に関する考察と、著者の詩的な文章から構成されている。
物理学の本というより、哲学の本のようである。
一部、著者の専門であるループ量子重力理論などの理論物理学への言及があるが、そこは読み飛ばしても差し支えない(巻末の注釈のテンソル式など、ワシにはサッパリわからん)。
以下、この本についてというより、読んで考えたことを記す。

今日は過ぎ、昨日は戻らず、人は去り、エントロピーは増大する。

現代の物理学では、時間は存在しないのだという(無時間仮説)。
過去も未来も存在せず、10の44乗分の1秒というプランク時間だけ持続する現在だけしかない。
時間の経過は重力場などの周囲の状態によって変わるから、「現在」にある範囲は(最小では)10の35乗分の1メートルのプランク長の量子である。
プランク時間ごとの量子の位置や速度の変化(というか量子間の相互作用)が、時間と空間を織り上げている。
この宇宙は、ピクセル画のアニメーションみたいなものなのだ。

ではなぜ、時間は過去から未来へと流れるのか。

フッサールによる「時間の構成」を図解して示すと、次のようになる(181ページ図34を改変)。
この宇宙のこの領域では、たまたま初期状態のエントロピーが小さかったため、エントロピーが増大する向きに時間が経過する。
図のKが現在を表し、時間の経過とともに右へ移動していく。
イベント(出来事)Aが起こり、K(現在)の「私」が記憶する(A' で示す)。
しばらくしてイベントBが起こり、記憶される(B')。

Sketch1578126359944

過去は記憶の中だけにあり、実在しない。
イベントAやBはすでになく、記憶の中だけにあるのだ。

記憶と言っても人間のそれだけではない。
化石の陰刻や結晶の中の磁場の向きなど、無生物にも過去が記憶されている。

人間は記憶を他者に伝えることができ、互いの記憶を確認しあうことができるので、さも過去が実在するかのように感じてしまうのだろうか。
実際には、個人の記憶はニューロンの発火に過ぎず、ニューロンが発火をやめれば消えてしまう。
死ねばその個人にとっての過去は消滅するのだ。
そこで一つの詩を思い出す。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です

(宮沢賢治『春と修羅』序より)

過去は思い出であり、未来は確率存在に過ぎない。
だから、取り返せない過去を悔やむのは無駄であり、未来を知ろうと占い悩むのもまた無駄である。
過去を想いながら現在を生き、未来をより良いものにできるように過ごせばよいと思うのだ。

生命や文明にとって必要なのは「高エネルギーではなく低エントロピーである」とか、そういう面白い話もあったが、長くなるので改めて書こう。

無時間仮説は、恒星間の通信とかタイムマシンを作ることができるかとか、いろいろSFにからむ話題に発展できるのだけれど、本書と直接関係ないので、また別の機会に(スターウォーズあたりとからめて)書くつもりだ。

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2020/01/01

2019 to 2020

2019年12月31日、晴れていたが風が強かったので、庭仕事が思うように進まなかった。

ふと見ると何のつもりか、こんはブラックベリーのつるに頭を突っ込んで居眠りしていた。

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午後、昼寝のあと、吹き続ける風の中を散歩。

大晦日だというのに、ウインドブレーカーを羽織っただけで歩けるほど暖かかった。

……日なたは。日陰で風に吹かれると少々寒かった。

次の写真の富士山のまわりでも、雲が湧いては風で流れていた。

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2020年1月1日、昨日よりも気温は低いが、風がないので日なたは暖かい。

こんは早速寝正月。

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午後、昼寝のあと、公園を散歩。

次の写真に富士山が写っているの、わかるかな?

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昼寝と散歩の日々。

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