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2019/09/30

頬腫瘍摘出!

1年かそれくらい前から、右頬の内側が出っ張ってきて、ときどき噛むようになった。

噛むと腫れて大きくなり、気を付けていれば小さくなるが、消え去るわけでもない。

そこで、歯医者に相談したところ、大きな病院の口腔外科を紹介してくれた。

ということで、今日病院に行ったところ、悪性ではないと思われるが粘膜の繊維腫というやつで、その場で手術となった。

局部麻酔の後、切除して傷口を電気メスで焼灼、6針縫った。

医療明細書を見ると、「頬腫瘍摘出術」とある。

切除した「腫瘍」は小指の第一関節から先くらいの大きさで、生検に回すという。

来週抜糸のためにまた通院し、生検の結果を聞く予定。

痛み止めが聞いているせいか痛みはないが、糸が舌に触って気になる。

「激しい運動はしないように」と言われているが、いつも通り散歩。

明日から仕事……したくないなぁ。

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ヒガンバナ満開

Psx_20190928_213741

夕方の散歩の時間、セミの声を聴かなくなった(昼間はときどき、ツクツクボウシが鳴いている)。
近所の川の土手では、ヒガンバナが満開。

秋ですねぇ。

ところで、この川は、まるで「溝」のようだけど、一級河川の浪人川(ろうにんがわ)である。
この場所は「起点」なので、まだ流れは細くて水量は少ない。

Photo_20190930160602

Googleマップのストリートビューでも、「一級河川 浪人川 起点」の標識が見て取れる。
この標識は県道22号(通称「根方街道」)沿い、門池公園のすぐ南側にある。

Photo_20190930160602

ところが、Googleマップで「浪人川 起点」で検索すると、まったく別の場所がヒットする。

Photo_20190930160601

浪人川ではなく、狩野川である。

ネット頼み、検索結果頼みでは、間違うことがあるのだよ、ということかな。

やはり大切なのは、現場に赴くこと、だよね。

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2019/09/25

原発処理水問題の(解決にならない)解決法

福島第一原発のメルトダウンした原子炉から汲み出された汚染水は、放射性核種の分離処理後に原発敷地内のタンクに貯蔵されている。
タンクを設置できる高台は、あと3年でいっぱいになるという。

その「処理水」には放射性物質であるトリチウム(三重水素)が含まれている。
トリチウムは水素の同位体だから、酸素と結合して「水」になっている。

3年後には貯めておける場所がなくなるのだから、トリチウム入りの「処理水」の海洋放出が検討されているそうだ。
トリチウムは自然界に存在する物質だから大量の海の水で薄まってしまえば「科学的に」大丈夫、という話だが、本当だろうか?

どうだかなぁ。
原子力が好きな人は、内部被曝を甘く見ている感じがするからなぁ。
海は広大だから問題ないくらい薄まるっていう考え方も、「生き物」としての海を見ていない気がするし(でっかいバスタブとか水泳プールとかに塩酸のビンを投げ込んでも薄まるから大丈夫とか、そういう発想だったりするからなぁ)。

福島の漁師さんたちが風評被害を心配するのはもっともである。
やはり日本全国で責任をとらざるを得ないのだろうか。

いっそのこと、「処理水」は福島沖を除く日本の経済水域全体に均等に撒いてはどうだろう。
外国の漁船にサンマやイカが獲られることも減るのでは?

※もちろんここでは、海流などという複雑で変動の大きい要因は考えない。自然科学の思考実験で行う「捨象」ですな(要因を省きすぎると、もはや「モデル」にならないのだけどね)。

さて現実的には、海洋放出したトリチウムが生態系の中でどのように動くのかがはっきりしないと、「安全」と言い切ることはできないだろう。
とくに原子力を推進する立場の人たちが「安全」と言っても、まったく説得力がないしね。

原子力を推進する人たちは事故以前に、少量の放射線を浴びているほうが免疫力が高まって健康によい、とか言っていたが、いまでもそれを信じているのだろうか。
信じているなら、是非、こんなふうにして処理していただきたい。

Tritium_water

もちろん冗談である。
経口摂取された水素は(トリチウムも)数日から数十日で排出されるから、下水道が汚染されてしまうからね。

排出されないで、体内の有機物(脂肪やタンパク質や核酸、つまり遺伝子DNAなど)に取り込まれるトリチウムもあるだろう。
そのトリチウムは、半減期12年でヘリウムに変わる。
そのとき放射線(ベータ線)が放出されるが、要するに電子線なので破壊力や透過力は小さい(だから放射線科学的にはほとんど害がないという理屈だ)。

問題は、水素と同じ役割で有機物を構成していたトリチウムが、ヘリウムになって有機物から抜けてしまうことだろう。
その有機物がDNAなら、遺伝子の鎖がそこで切れる。

それが原因となって、ガンや遺伝的な病気になる可能性が増すだろう。
……運が悪ければ、ね。

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2019/09/21

支度

今日は午後、あれこれ片付けをした。

リュウキュウアサガオの緑のカーテンを取り払った。
まぁ、秋へ向かっての支度である。
今年のリュウキュウアサガオはすごい勢いで茂ったので、45リットルのゴミ袋三つになった(コンポストに入れて堆肥化するには多過ぎたのだ)。
ダイニングが明るくなった。

先週、会社の机の引き出しにMO(光磁気)ディスクやFD(フロッピーディスク)が眠っているのを見付けた。
もはやMOやFDを読み取れるPCは、会社にも自宅にもない。
そこでウチに持ち帰って火曜日の埋め立てゴミの日に出すことにした(埋め立てゴミという分類だが、実際にはプラスチックは燃やして温水プールなどの熱源にする)。

MOは大容量のデータのやり取りやバックアップに適していたので、DTP(デスクトップパブリッシング)用のPCには、MOドライブが必須だった。
大容量といっても230MBだったりするので、悲しくなるのだが(ムスメに写真1枚分じゃん、と言われてしまった)。

しかし今は、どこにもMOドライブがないので、データの消去ができない。
そこで、物理的に破壊することにした。
緑のカーテン除去の一仕事を終えてから、作業開始。

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まず、金属部品を外す(金属は埋め立てゴミではなく、資源ごみに出す)。
金属製のシャッターと、それを留めるネジ、カートリッジを留めるネジを外すと、シャッターを閉じるバネとディスク本体が取り出せる。

ディスクを傷付けたり穴を開けたりすれば、それで読み取り不能となる。
ドリルで穴を開けて処理したこともある(「MOのデータを完全に消去するには」)。
今回は、義父からもらったシュレッダーを使った。

Dsc_1914

このシュレッダーは、紙だけでなくCDやクレジットカードも断裁できるのだ。
ということで、CDを入れるスロットにMOディスクを入れて、ハンドルを回す。

Dsc_1915

このように、中央と左右の三つに切り分けられる。
上の写真では、MO数枚のほかにCD-R1枚もバラバラになっている。

MOのラベルに書かれた日付を見ると、1998年などとある。
もう20年も前になるのか、そりゃあワシも年取るわけだ、とちょっと感傷的になった。

これも新たな「季節」を迎えるための一つの支度、老い支度ということになるのだろうか。

などと感傷的になっている暇はなかった。
バラバラにしたMOなどを分別用のポリバケツに入れた後、居間で寛ごうと思ったら、こんが目を見開いてこっちを見ていた。

こんのご希望に応えて夕方の散歩に出かけ、1万歩ほど歩くことになったのだった。

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全力と主語の大きさ

全力という言葉を乱発する人が嫌いである。
常に全力を出すことなんて、できないからだ。

全力で当たらねば仕事が終わらないことがよくあるが、まぁ、へとへとになる。
ワシの仕事はデスクワークなので腰は痛くなるし、右手はしびれる(腱鞘炎になったことも幾度か)。
何でもかんでも全力を出していたら、体がもたない。

災害の度に「復旧復興に全力を尽くします」と言うような人は、どうせ「全力を尽くせ」と担当者に命じるだけで、自らは全力を尽くすわけではないので気楽に言うのだろう。

そこで気になるのは「主語」のことだ。
全力という言葉を乱発する人は、主語を曖昧にしているのだ。
決して「自分が」とは言わない。

主語について、高校生のころから(ということは40年以上前から)気になっていることがある。
「日本が」とか「アメリカが」とか「国が」とか(ニュースなどで)聞いたとき、「それって誰のことだ?」と思うのだ。
『西部戦線異状なし』のドイツ兵のつぶやきを思い出すかもしれない。

「フランスがドイツを侮辱したからこの戦争になったとか言うけど、俺はフランスの農民に恨みはないぜ」

最近どこかの記事で読んだのだが、大きな主語を使わないほうがよいそうだ。
ワシもそう思う。

「国」とか「正義」とか大きな主語を使うと、自分で責任を負えなくなる。
あくまで、「個人の感想」や「個人の意見」として語るべきなのだろう。

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2019/09/20

全力でやるけど、責任は負いません

9月19日、東京電力旧経営陣に対する裁判の判決文より:
「自然現象に起因する重大事故の可能性が一応の科学的根拠をもって示された以上、安全性確保を最優先し、事故発生の可能性がゼロないし限りなくゼロに近くなるように、必要な結果回避措置を直ちに講じるということも社会の選択肢として考えられないわけではない。」

ワシはマニュアル(操作説明書)のライティングもやってきたので、二重否定を使った文は不明瞭で嫌いだ。
なぜ「選択肢として考えられる」と言わないのか?
というかその選択肢しかないだろうと思うのだが。

もちろん、津波対策をしたからといって、メルトダウンを防げたかどうかはわからない。
津波以前に、地震の影響で原子炉が冷却機能を失っていた可能性があるからだ。
津波以前に被害を受けていたかどうか、今後の調査でわかるだろうか(隠蔽改竄されなければ、だけどね)。

裁判長の発言:
「予測に限界のある津波という自然現象について、想定できるあらゆる可能性を考慮し、必要な措置を講じることが義務づけられれば、原発の運転はおよそ不可能になる」

いやだから、原発は正しい選択肢じゃないって前から言ってるじゃん、とツッコミたくなるなぁ。
もっとも、そもそも原発の運転ができない、という判断は正しい。
大気圏内で大規模な核分裂を完全にコントロールできると思い上がったことが間違いなのだから。
放射性物質が漏れても「安全・安心」な、他所(大気圏外)でやってくれ。

東電のコメント:
「福島原子力事故に関わる当社元役員3名の刑事責任を問う訴訟について、判決が言い渡されたことは承知しておりますが、刑事訴訟に関する事項については、当社としてコメントを差し控えさせていただきます。当社としては、「福島復興」を原点に、原子力の損害賠償、廃止措置、除染に誠心誠意、全力を尽くすとともに、原子力発電所の安全性強化対策に、不退転の決意で取り組んでまいります。」

ワシも会社組織で働いてきた人間であるから、気乗りのしない商品やサービスの開発にも何度も携わった。
その都度、会議では「やると決まれば全力でやるけど、責任は負いませんよ」と念を押したものだ。
もちろん、責任はやると判断した管理職が負うものである。
その分担があるからこそ、現場は全力で当たれるというものだ。

東京電力も政府も、全力という言葉が好きなようだが、責任を負うのは「誰」なのか?

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2019/09/18

地球外の居住可能惑星に行く夢を見た

カミさんとリゾートホテルに泊まったら、じつはホテルは宇宙船で、どこか他の太陽系の惑星に移動していた、という話。
まぁ、なにしろ夢であるから妙なところはたくさんあるが、ちょっと面白かったのでメモしておく。

ホテルが着いた場所は、なんとなく地球とは違う惑星で、ホテルの周囲は落葉広葉樹の森(のようなところ)だった。
森の向こうには海が望まれた。
ホテルの宿泊客の中にはエンジニアや探検家の経歴の持ち主も居て、皆で惑星のあちこちを調べた。
ホテルのある階には、水上艇や飛行艇に変形する乗り物が格納されていて、クレーンで地上に降ろせるようになっていたのだ(その乗り物の変形する様子が面白かったのだが、細かいところは省く)。

呼吸可能な空気、温暖な気候、水も美味く、植物や魚(のような生物)は食用にできる。
魚よりも高等な動物はいないようで、もちろん文明の痕跡もない。

ひょっとすると、人類がやり直すのに適当な惑星なのではないか、という話になったが、それは叶わないことだった。

なぜかというと、そのホテルの宿泊客は、みなワシらと同年配かさらに年上の年寄りばかりなのだ。
ホテルの従業員もおらず、地球からの連絡もない。
後続のホテル……というか宇宙船も来ないらしい(なぜそのことがわかったのかは説明がなかったが)。

もしかしたら、このホテルの宿泊客だけが地球人の生き残りなのかもしれない。
ということは、何年後か何十年後かに、この異星の上で、人類は終焉を迎えるわけだ。

夕暮れの迫る異星の森では、鳥は鳴かず、虫の音だけが聞こえた。
徐々に姿を現す、見知らぬ星座を見上げながら、そういう終わり方もあるのかもしれない、と思ったのだった。

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2019/09/17

送電線の空

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土曜日の夕方、こんと散歩に出かけた。
15分も歩けば、住宅地を出はずれてこの景色。
この写真には写っていないが、伊豆や箱根の山々を望むこともできる。

さて、ウチのあたりは大きな被害はなかった台風15号だが、千葉では高圧線の鉄塔が根元で折れ曲がって倒れた。
高圧送電線だけでなく、山間部では倒木で電柱が倒れる被害が多い。
高齢化や過疎化のために、山林の管理が行き届かないこととも関連があるだろうか。

早期の復旧が望まれるし、現場では皆さん最善を尽くしていることと思う。
当初、二日で復旧できるとかいう安易な見通しを出していたのは気になるが(なんにせよ、現場が第一である。事件は会議室で起こっているのではないからね)。

さてさて、街でも山でも、送電線の見える空はお馴染みの風景だが、それを当たり前と思ってしまってはいけないのかもしれない。

火力・水力・原子力など、巨大な発電所で発電し、その電力を延々と送電する、というシステムが、もはや通用しない時代になっているのではなかろうか。
こうしょっちゅう、地震や豪雨、台風の災害に見舞われることを考えると、家庭や地域などの小規模な範囲で電気を自給自足できるようにするべきでは?

デカイものを作って負担を国民に押し付けるのが国策ではなく、国民の生活を豊かで安全なものにする施策を考えて実現することこそが「本当の国策」だと思うぞ。

では、ワシ個人は停電対策をどうしたらよいだろうか、と考えた。
残念ながら、ローンの残金を支払ったら退職金がなくなってしまったので、家の建て替えはおろか、太陽光発電・蓄電システムの設置も難しい。
スマートフォンに充電できる程度の太陽電池パネルはあるが、満充電まで直射日光で6時間くらいかかる。

ハイブリッド車ではないが、回生エネルギーでリチウム電池に充電する機能のある車が2台あるので、非常用電源になるだろうか。
いやぁ、回生エネルギーだから減速中でないと充電しないので、どこか安全なところで無駄に走って減速して充電、っていうのもなぁ。

焚火で発電できるキャンプ道具が販売されているので、試してみるかなぁ。
どうも、退職者が(まだフルタイムで働いているけど)個人レベル、家庭レベルでできることは限られるなぁ、と思った次第である。

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2019/09/16

『ブレードランナー2049』を観た

衛星放送で深夜に放映されていた『ブレードランナー2049』(2017年)を、録画して観た。

前作『ブレードランナー』(1982年)の雰囲気(音楽も含めて)を踏襲した風景。
雨にけぶり無秩序に積み重なったロサンジェルスの街には、PAN-AM(パンナム)やCCCP(ソ連)の文字が見て取れる。

パンナムとソ連、そのどちらも、1982年には存在したが、現在は存在していない。
現実の現在の延長線上の2049年ではなく、前作の架空世界の2019年の延長線上の2049年なのだ。
ちなみに映画『2001年宇宙の旅』にもパンナムとソ連が登場するが、現実の2001年には、どちらも存在しなかった。

ここでは、ネタバレになりそうなことは避けて、細かいところで気になったことなどを書く。

この世界では、コンピュータ出力はブラウン管から一足飛びにホログラムに移行したのだろうか。
ネオンサインや研究所のディスプレイはホログラムなのに、警察の機器などがアナログっぽいのだ。
まてよ、警察の中にもフラットなディスプレイがあったような気がするなぁ。
もう一度観てみないと。

さて、主人公のネクサス9型アンドロイド、“K” には、「電子的な恋人」がいる(いた)。
その “Joi” のホログラムが可愛くて、そして健気なのである。

前作の原作である、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』では、人間と、人間そっくりのネクサス6型アンドロイドとの違いは何か、ということが主要なテーマだった。
ディックは共感能力の有無が人間とアンドロイドの違いであるという答えを用意していた。
前作冒頭で奇妙な器具を使っておこなわれていたフォークト・カンプフ検査も、共感能力の有無を調べるためのものだ(残念ながら、今作ではフォークト・カンプフ検査は直接的には出てこない。「解任」対象のネクサス8型アンドロイドは、眼球を調べれば製造番号がわかるからだ)。

前作では、アンドロイドには共感能力がまったくない、というわけではないことが示唆されていた。
仲間の死を悼み、復讐し、自らの生命の終焉に際して追跡者を救う(ルトガー・ハウアー演じるネクサス6型アンドロイドのロイ・バッティ)。

さらに今作では、“K”がネクサス8型アンドロイドのサッパー・モートンと会話する部分で、もはやアンドロイドが人間と区別できないほど「人間的」であることが知らされる。
そしてAIの“Joi”もまた“K”を気遣い、スタンドアロンになって、つまりネットワークから切り離されバックアップもできない状態で、“K”とともに逃亡/追跡の旅に出る。

むしろ、人間のほうがアンドロイド的な感じである(つまり俳優の演技が上手いということだろう)。
コイツは表情に乏しいからアンドロイドかな、と思っていると、アンドロイドに対して差別的な発言をするので人間だとわかる、といった具合だ。

誰が人間かわかりにくいこと、まったくもってすべて不確かになり、足元が崩れ落ちるような感覚は、ディックの世界をうまく描けているということかもしれない。

あと、これはワシの考えすぎかもしれないが、「不毛の子宮」とか遺伝子コドン(ATGC)への言及とかは、シルヴァーバーグの『ガラスの塔』を意識したものだろうか。
『ガラスの塔』は、恒星間通信のためにタキオンを利用した放送塔を北極に建設する話だが、過酷な環境で重労働を強いられるのは、もちろんアンドロイドである。

さて、終盤になって登場するデッカードは年取ったハン=ソロだし(同時期のハリソン・フォードなのだから当たり前だ)、相変わらず折り紙を折っているガフは養老院にいるし、まぁみんなリアルに年取ったこと!
まぁワシも年取ったしな、と思って見ていたら、まったく変わらぬ美貌のレイチェルが出てきてびっくり。
しかもタイトルバックを見ていたら、演じていたのはショーン・ヤング本人だと書いてあるし。
これだけは本当に驚いたので、Wikipedia で調べてからくりがわかったわけだが、ここには書かない。

さてさて、どうも回収されてないと思われる伏線がいっぱいあったので、続編ありそうだなぁ。

 

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2019/09/13

台風15号と『天災と国防』

日曜の夕方、風が強くなる中、ちょっとだけ庭の手入れをした。
いっしょに庭に出たはずの、こんが見当たらない。

Dsc_1904

カキの木の根元、コブナグサとブラックベリーの茂みの中にいた。
風が不快だったのだろうか。

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その後、公園まで散歩に行ったから、風の中を歩くのは嫌いではないようだが。

さて、日曜深夜にウチの東方を抜けて行った台風15号は、関東地方に大きな被害をもたらした。
いまだに停電や断水で苦しんでいる方も多い。
千葉県にはしばらく住んでいたので土地勘があり、また知人もいるので心配である。

しかしまぁ、台風という「頻繁にやってくる自然災害」に対し、現代文明とはなんと脆弱なことか……などと考えていたら、寺田寅彦の『天災と国防』という随筆を思い出した。
そのことを書こうと思っていたら、天声人語に先を越された。

仕方がない。
天声人語で触れていなかったところを指摘しよう。
青空文庫から引用する(「天災と国防 青空文庫」で検索すると即座に見られる)。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2509_9319.html

「戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。(中略)それだから国家をおびやかす敵としてこれほど恐ろしい敵はないはずである。」

あぁそれなのに。
マスコミはニュース速報で「憲法改定が悲願」とか言う内閣改造を伝え、台風被害は後回しだ。

「憲法を変えて戦争のできる普通の国に」なんて言う政府は要らない。
気象現象が極端になり、大震災や大規模火山噴火も心配される昨今、災害への備えが充分で、即座に対応ができる社会・体制が欲しいと思うのである。

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2019/09/04

ツマグロヒョウモンの幼虫に(ちょっとだけ)気を遣う

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ウチの犬走りと駐車場のコンクリートの隙間には、タチツボスミレやカタバミが生えている。

スミレ類はツマグロヒョウモンの食草である。

そこで夏の終わりになると、ツマグロヒョウモンの幼虫がタチツボスミレを食い尽くし、蛹になる場所を求めて移動する。

スミレの葉がなくなるので、急に幼虫が目立つようになり、ギョッとする。

ツマグロヒョウモンの幼虫は、写真の通り派手な、というか毒々しい見た目をしている。

ただし、この見た目はこけおどしの偽装(擬態)である。

トゲトゲに覆われ、赤いラインが入っているのは、天敵の鳥に対して「怖いぞ不味いぞ」とアピールしているのだろう。

ちなみにツマグロヒョウモンの成虫のメスも、不味いカバマダラに擬態している。親子揃ってハッタリで生きているのである。

その幼虫の、いかにも毒がありそうなトゲトゲは、じつはゴムのように柔らかく、痛いどころか気持ちのよい手触りである。

そこで、駐車場のコンクリートの上を、車のほうに移動している幼虫は、踏んだら嫌なのでつまみ上げて、床下や物置のあたりに移してやるのである。

こんなふうに気を使っても、どうしても踏んでしまうことがある。

天敵に食われるリスクは遺伝子に織り込みずみだろうが、車に踏まれて死ぬリスクは、想定外だろうなぁ。

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