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2016/11/13

虫の季節の終わり

虫の季節の終わり

そろそろ虫の季節も終わりである。

庭に出ていても蚊に刺されることはまれになった(12月でも皆無ではない)。
日中にはアカタテハやモンキチョウを見ることがあるが、夕方になるとユスリカの蚊柱や綿虫(アブラムシ)が飛ぶのを見るくらいである。

昨日の夕方、ウッドデッキの手すりにツユムシがいた。
キリギリスの仲間で、上向きに曲がった産卵管が特徴的である。

産卵管がある、ということは、雌(メス)である。
昆虫の生決定様式には、ヒトと同様の雄ヘテロ型のほか、鳥類と同様の雌ヘテロ型、雄の染色体数が雌の半分(半数体)のものなど、いろいろある。
調べてみたところ、キリギリスの仲間(直翅目)は雄ヘテロのXO型だ。

誰でも知っている通り、ヒトの性染色体は雄はXY、雌はXXである。
雄が異なる組み合わせなので、雄ヘテロという(ヘテロは異型結合、ホモは同型結合を表す)。

雄ヘテロといってもヒトとは異なり、キリギリスの場合、雄はX染色体が1本あるだけで、雌はX染色体が2本ある。
XO型のO(オー)は、じつは0(ゼロ)なのである。

……というように、ヒトもキリギリスも、受精の瞬間に雄になるか雌になるかが決まる。
性染色体の構成が違うのだから、雄か雌かの線引きは絶対的なように見える。

ところがどうも、自然界における線引きというやつは簡単で絶対的なものではないようだ。
性染色体の構成によって決定される「身体」の性別と、脳でイメージされる「自己」の性別が違ってしまうことがある。
昆虫のように一生の期間が短い生物ではどうだかわからないが、ヒトのように成長に時間を要する動物では、環境やホルモンの影響が大きいのである。

簡単に線引きして、男だ女だ、自己だ他者だ、敵だ味方だ、正義だ悪だ、と分類したがるのは、じつは科学的ではないのだ。
ヒトの営みを含めた自然現象には、境界があいまいでグラデーションのようになっているもの……スペクトルで表現されるもの……が多いのである。

まぁ、単純に線引きして「絶対」を声高に叫ぶ人には、警戒すべきだよね。
……なんか、庭の虫の話からえらく脱線してしまったが、これも世界情勢のせいかね?

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