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2014/11/30

止められないもの

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阿蘇山がマグマ噴火のため噴火警戒レベル2(火口周辺規制)となった。
同じ九州の火山の中では、桜島がレベル3(入山規制)、新燃岳がレベル2である。


気象庁「現在の噴火警戒レベル


新燃岳を覚えているだろうか。
2011年1月末から2月初めにかけて何度も噴火し、噴石や降灰、空振(くうしん)により周辺住民が被害を受けた。
その直後、2011年3月11日に発生した東日本大震災の被害があまりに大きかったためか、忘れ去られてはいまいか(ワシは高原町に友人が居るので、忘れようがないが)。


マスコミが報じなくなろうが、人びとの記憶から薄れようが、火山は噴火を繰り返す。
そして、火山の噴火を止めることはできない。
なんとか火山と共存する……いや、共存できるようにすることが、この火山列島の住民の心がけ、と言えるだろう。


具体的には、なるべく早く察知し、被害を少なくし、素早い復興が可能な体制を整えておくことだ。
「察知」は観測体制や基礎研究、「復興」は行政の役割だろうが、「被害を少なくする」という部分については、住民自ら対応する必要がある。
そういえば、来週は地域防災訓練があるなぁ。


火山噴火だけでなく、地震も、津波も、止めることはできない。
「いつかは起こる」ことはわかっていても、いつ起こるかはわからない。


止められない、と言えば、暴走した原子炉も、冷却し続けなければ止めることはできない。
核分裂の厄介なところは、スイッチを切っても止まらないことである。
現在の日本の原子炉は自動的に冷却し続けるしくみになっていないから、「誰か」が現場に残って、冷却し続けなくてはならない。
現場から「全員退去」してしまったら、原子炉から数百キロの範囲が居住不能地域となってしまうのだ。


朝日新聞の「命令違反」報道は酷いものだった。
しかし、「吉田調書」に関して最もゾッとすることは、誰も第一原発に戻ってこなかったら、首都圏が居住不能地域となったかもしれない、という点である。
そして、「ここで死ぬかもしれない」と思いながら原子炉の冷却を続けた人たちがいた、ということである。


死を覚悟しながら作業をさせる、それを強要せざるを得ない状況に人を追い込む。
原発は、そういう恐ろしいものなのだ、そうでもしないと止められないものなのだ、ということこそ、「吉田調書」から読み取るべきことではあるまいか。

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2014/11/26

ハッシュド・マウンテン

ハッシュド・マウンテン
毎年のことだが、足尾の山中で考えた。

製錬所の煙で緑を失なった足尾の山は、今も崩懐し続けている。
なんでこんなに崩れるのか・・・この日登った斜面も、踏みしめる度に、こぶしほどの礫がグズグズと滑り落ちた。

カモシカを探しているとき、目に入る山肌は、火山岩・火山灰・深成岩・堆積岩・変成岩が入り混じっている。

日本の山は、火山でなければハッシュド・マウンテンなのだ。
ちなみにハッシュド・マウンテンというのは、学術用語ではないからね。
ワシの造語である。
ハッシュド・ビーフのように、「ごたまぜ」ということだ。

表土と森林が覆っているので気付かないが、日本の山はみなグズクズなのだよなぁ。
・・・なんてことを考えて下山したその夜、長野で大きな地震があった。
断層がグズグズと数十cmも動いたのだ。

まったく、このグズグズの大地のどこに、メルトダウンの危険を孕む原発を稼働させ、高レべル放射性廃棄物を処分する「安定した」地層があるというのだろうか?

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2014/11/25

カモシカはどこへ行った

今年も足尾でカモシカを見ることができなかった。
ここ数年のうちでは、昨年見られたことが奇跡的なほどだ。
かつてはアチコチに居たんだけどなぁ。


沢の向こうの斜面をフィールドスコープで舐めると、シカだけは何頭も見かけるのに。


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シカが3頭、どこに居るかわかるかな?


中央を拡大すると次のような具合。


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メスが1頭、左を向いて座っている。
そのすぐ右に、右側を向いて立つオスが1頭(残念ながら角はうまく写っていない)。
そしてその奥に、白い尻をこちらに向けているメスが1頭(頭を下げて草を食べているので、この写真ではメスかどうかわからないが)。


サルの糞がいっぱい落ちていたし、鳴き声も聞こえたけれども姿は見えず。
今年はクマもイヌワシも出ない、イベントの少ない調査だった。

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足尾から生還

足尾から生還
週末のカモシカ調査行から無事帰ってきた。
シカはいっぱい見たが、カモシカは見なかった。
詳細はまた別途。

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2014/11/19

飲む、打つ、買う

大酒を飲む、ばくちを打つ、女を買う。男の代表的な放蕩とされるもの。(広辞苑第6版より)

今週末はワシも妻子と犬を忘れて「飲む、打つ、買う」三昧だ!

飲む:焚き火を囲んで飲む。悲しいかな、トシだもんで大酒は飲めない。

打つ:熊にも落石にも交通事故にも遭わずに帰ってこられるか、というバクチを打つのだ。

買う:肉と魚と酒を買う。高速道路料金の支払いも「買う」ことにあたるのかな?

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2014/11/18

空に穿つ穴

空に穿つ穴

朝の散歩の空にいくすじもの雲が流れていた。
その雲の流れに逆らう向きに旅客機が飛んで行く。

よく見ると、飛行機が抜けた雲に穴が開いている。
下の写真の上半分、飛行機雲が途切れた部分の雲が消えて青空が透けている。

空に穿つ穴

高温のジェットエンジンの排気で雲が消える。
排気には、二酸化炭素や窒素酸化物などの大気汚染物質、ススなどの微粒子が含まれる。

毛筋のような、大気の傷。
地球にとってどれくらいのダメージなんだろうか。
小さな傷でも与え続けていれば大きなダメージになるのだろうか。

でも人類が絶滅してしまえば、数万年のうちに文明の痕跡は消え去るだろう。

放射性廃棄物・・・核のゴミ以外は。

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いけんね、これは

巷ではもう12月14日選挙と決まっていて、ウチの周辺自治会にも投票所の立会人の依頼が来た。

ちょっと待てよ。
衆議院って、1票の格差が違憲状態だよね。
ということは、この選挙の運営に協力したら、犯罪に加担することになるのではあるまいか?
なんてね。

何にせよ、酷い選挙である。
酷いなぁ、と思ったら、投票に行って現職を落とさにゃいけんね、これは。

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2014/11/17

緑のカーテン2014撤収

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木枯らしが吹いてアサガオの花も減ったので、週末に緑のカーテンを撤去した。


オオカマキリの卵塊が二つもあった。


ようやく陽が当たるようになったお気に入りのウッドデッキに、こんが寝転ぶ。


うわぁ、ウッドデッキの塗料がはげてきている上に、黒いカビも生えている。


もっと寒くなる前に、塗装しなくちゃなぁ。

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2014/11/14

晴れのち星ときどき蟹

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よく晴れた昨日、東京出張のため三島駅から新幹線に乗った。
北口に建物が次々と建ち、富士山の見える三島駅の新幹線ホームは年々狭くなる。

東京から帰ってきたのは20時半。
それから夕食を食べて、散歩。

近所の公園の池の上に、大きなオリオン座が昇っていてびっくり。
そうか、もうじき冬がやってくるのだ。

池の周りを半周したところで、こんが興奮して走り出した。
園路の上に何かいる。

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蟹である。
モズクガニ。

こんはしばらく匂いをかいだり鼻先でつついたりしていたが、急に興味を失った。
そのため、こんな写真しか撮れなかった。

なんで沼津インターにほど近い都市公園(田舎だけど)にカニが?

……なんてふうには驚かない。
以前にも近所の田んぼで見たことがある。
黄瀬川から用水路を伝って来たんだろうな、きっと。

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2014/11/13

月を見る犬

月を見る犬

11日の夜、東の空に月が昇り、池の水面に映っていた。
その月を見る犬という写真・・・を撮ったら、池のはたの杭で水面の月が隠れた。

月を見る犬

水面の月が写るように左へ一歩移動してシャッターを切ったら、今度はこんが動いてしまったのだった。

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2014/11/05

死してなお機能するメカニズム

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玄関先のタカサゴユリが昨日から種子を散らし始めた。

果実が乾燥して開き、風に揺れて種子が飛ぶ。

乾燥した果実、ということは死んだ組織である。
死んだ組織ではあるが、乾いて割れるだけでなく、繊維が残って「かご」のようになっている。
同じく死んだ組織である茎の先に高く支持された果実は、風が吹くたびに種子を少しずつ散布する役割を果たす。

「生物学」では、このような「死物」についても観察し、考察する。
樹木なんて、生きているときからその乾燥重量の大半が「死物」である(「材」は死んだ組織である)。
川をさかのぼって死んだ親のサケの死体は、栄養分となって子魚のエサのプランクトンを増やす。

生物は、死してなお機能するメカニズムである。

死ぬことによって子孫の役に立つ個体の遺伝子は、当然のことながら生き残りやすい。

反対に、死んだら子孫の生存を邪魔するような個体の遺伝子は、残らない。
種としては、絶滅するだろう。

死んだ後に数万年も何十万年も残る放射性物質で子孫の生活を邪魔するような生物種は、やはり長くは生き残れないだろうなぁ。
少なくとも極東の個体群は、次の巨大カルデラ噴火で絶滅する可能性があるかもなぁ。
夏目漱石の『三四郎』に登場する広田先生ではないが、『滅びるね』と他人事のように言いたい気分である。

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2014/11/04

明日があるなら

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ウチから徒歩10分ほどのところにある鮎壺の滝は、1万年ほど前の富士山の噴火による溶岩流の末端である。
火山の噴火という現象は、身近なものなのだ。

火山活動の中でも桁違いの巨大カルデラ噴火が、日本列島で今後100年間に起こる確率は約1%だそうだ。

神戸大学「巨大カルデラ噴火のメカニズムとリスクを発表」
http://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/info/2014_10_22_01.html

「100年間に1%」には次の文章が続く。

この確率は、兵庫県南部地震 (阪神・淡路大震災) 発生前日における30年発生確率と同程度です。すなわち、いつこのような巨大噴火が起こっても不思議ではないと認識すべきです。

阪神淡路大震災の前日に、「明日、大地震が起こって多くの人が亡くなるかも知れない」と予測していた人はどれくらいいただろうか。

ところが、この巨大噴火のリスクに関して、原子力発電関係者(既得権益のある人?)の「のん気」ぶりに呆れてしまう。

「火山噴火が予測される場合、核燃料を抜くから大丈夫」って言うけど、稼働中の原発を止めて原子炉を冷やしてから核燃料抜くには、年単位の時間がかかるそうではないか。
つまり、数年前から噴火が予測できることが前提なのだろうが、当の火山学者はそんな予測はできっこないと言っている。

巨大噴火予測「楽観的」=火山学者、川内原発審査を批判-福岡(時事通信)
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jiji-2014110200103/1.htm

さて、明日にも巨大噴火が発生する確率が「ゼロではない」と予測されるのだから、ここは原発は全部止めておくのが賢明ではなかろうか。

※巨大噴火や地震の確率については、奥村晴彦教授の「災害の確率」が詳しい。
http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/stat/141026.html

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2014/11/01

ギャンブル禁止!(その2)

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以前「ギャンブル禁止!」という記事にも書いたが、ワシは他人のギャンブルに巻き込まれるのは嫌である。

それなのに、年金運用まで株価というギャンブルに頼るとは。
どれだけギャンブルが好きなのか。

カジノリゾートの構想なども、まったくお笑い種だ。
ギャンブルがやりたくて日本に観光に来る外国人が増えるという想定そのものがヘンだ。
そういうのは「誰でもできる」戦略であるから、模倣されやすく、競争において長期間にわたって優位に立てないことは、マネジメントについてちょっとでも勉強すればわかることだと思うのだが(それ以前に、カジノで稼ごうなんて発想自体が猿真似だし)。
日本には、日本の自然を活かした、日本にしかできないことがあると思うのだが。

それはさておき、生きることとは不断のギャンブルである。
常に岐路に立ち、選択を迫られる。
時には誤って、その代償を払わされる。
だから、わざわざ金を賭けて、胴元が儲かるだけとわかっている「ギャンブル」をやる気にはならない。

わざわざ金を賭けなくても、選択の結果ビックリするような出来事に遭遇することは、しょっちゅうある。
いや、この書き方は不正確だな。
金は賭けた。というかかけた。料金を払ったという意味で。
アサガオの苗に。

……というわけで、ビックリしたことに今年はまだアサガオが咲いている。
上の写真は先週(10月25日)に撮ったものだが、11月1日現在、まだ咲いている。

今年の緑のカーテンは不調だ(賭けに負けた)、と思ったのが9月のこと(「緑のカーテン2014中間報告その2」参照)。
5月に植えた宿根アサガオのケープタウンブルーは秋口から勢いを増し、2階のベランダやポーチの屋根にからまるほどとなっている。

それだけではない。
上に伸びてネットやベランダの柵に巻きつく蔓以外に、水平方向にも茎を伸ばしている。
芝生の上を這って西の隣家の方向へ伸びる茎や、ウッドデッキの下を抜けて東の駐車場に達しようとする茎もある。
ということは3.6m以上伸びたということだ。
枯れるまでにどこまで伸びるかなぁ、と考えてから、このアサガオが「宿根」であることを思い出した。
少なくとも根か地下茎は残って冬を越すのだろうが、ひょっとして、この温暖な沼津であるから、地上茎も冬越しするのではあるまいか。
ということは、枯れるのを待っていると、いつまで経っても「緑のカーテン」を除去できないことになる。

いやいや、冬には「緑のカーテン」を外して陽光を室内に取り入れたいし、布団も干したいし、ウッドデッキの補修(ペンキ塗り)もしたい。
……ということで、いつ「緑のカーテン」を外せば良い結果が得られるか、賭けなくてはならない。
つまり陽光を犠牲にせず、除去作業も困難でなく、翌年のアサガオの復活を妨げないようなタイミングはいつか、それを見極める必要があるのだ。

しかも、作業をするのは天気の良い休日で、ほかに用事の立て込んでいない日でなくてはならない!
これはまったく、難しいギャンブルである。

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