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2014/07/17

ゴジラ vs ゴジラ

NHK BSプレミアムで最初の『ゴジラ』と第二期の『ゴジラ』を観た。

最初の『ゴジラ』のほうがメッセージが明確で良いな。
「反核」「戦争と科学者の責任」というメッセージ。

「長崎で命拾いして東京に来たのに、ゴジラなんて、いやになっちゃう」と若い女性が言えば、連れの男性が「また疎開かなぁ、嫌だなぁ」なんて言う。

対ゴジラ兵器であるオキシジェン・デストロイヤーの開発者は、「この恐ろしい兵器が国家の手に渡ったら、必ず戦争に使われる」として、その開発方法を頭に収めたまま命を絶つ。
「核の平和利用」なんていう政治家の言葉を聞いたら何と言うだろうね。

さて、なぜ、第二期の『ゴジラ』は終盤でぐずぐずになってしまったか……。
非核三原則の堅持のため、首相が米ソに(ゴジラへの戦術核の使用は)「ノー」と言う、なんていうカッコイイところもあったのだが。

やっぱり、妙な兵器を繰り出すせいかなぁ。
ファンでホバリングする重装甲のVTOL機が、対ゴジラ兵器であるカドミウム弾を撃ちつくし、「通常兵器しかありません!」と妙なビームを撃ったりする。
ビーム兵器って通常兵器だっけ?

あと、非常に気になったのが、「生物物理学研究所」に置いてあったティラノサウルスの骨格標本。
しっぽをひきずる古いタイプの復元標本だった。
1984年公開だから、そのころはすでにしっぽを水平に伸ばした復元像が提唱されていた(例えば、マクローリン『恐竜たち 古い竜についての新しい考え』1982年)。
『ジェラシック・パーク』は1993年公開だが、その中で復元されたティラノサウルスの姿と比較すると、だいぶ違う。
ゴジラ自身、しっぽを引きずる古いタイプの恐竜の復元像に基づいてデザインされていたからね。

もちろん、ゴジラは恐竜ではなく異質な怪獣である。
放射性物質をエネルギー源とするため、静岡県(!)の原発を襲う。
ただ、原子炉建屋を破壊し、格納容器を取り出して何をするかと思ったら、抱きしめて「放射能を吸った」らしい。
燃料棒をばりばり食うのかと思ってた。
もちろん、格納容器をバラしてしまったら、ゴジラどころではない大災害になったわけだが。

一方、ソビエトの衛星から発射された核ミサイルをアメリカが(沖縄!の基地から発射した)対ミサイル・ミサイルで迎撃したとき、EMP(電磁パルス)によって電子機器に障害が起こるという描写は、当時の最先端の設定かも知れない。
1976年、ソ連の中尉がジェット戦闘機ミグ25に乗って日本に亡命した。
当時、ミグの電子機器に真空管が使われていたことが話題になった。
ソ連の電子技術は遅れているのか?と思ったら、核爆発に伴うEMPで焼ききれる半導体回路を避けて、真空管を用いていたようだ。
核戦争の際にもミグは「任務」を遂行できるというわけだ。

なんだかなぁ。
やっぱり、怪獣よりも原発や戦争のほうが怖いなぁ。
でも、怪獣や天災は避けられないけど、原発や戦争はなくせるんだよなぁ。

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