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2014/07/30

腰痛散歩

先々週の夏祭りの前からギックリ腰になり、症状がー進一退。
寝るのも起きるのも辛く、歩くのも辛い。
会社でプリンタからゲラ(校正刷り)を出力して、その度に数メートル歩いて取りに行くのが辛い。

ただ、一日中腰が痛いわけではなく、今日の午前中は隣のデスクのPCのマウスに手を伸ばすだけで痛んだが、午後は何ともなかった。
そこで、こんがたまたま久し振りに遠出する気になっていたこともあり、夜の散歩は近所の公園に行った。

公園の街灯の下に、カブトムシのオスがいた。
遊歩道に出て来て踏まれてはかわいそうなので、横の木立ちに避けてやった。
カブトムシがヤブの中に消えてから気が付いた。
写真撮るのを忘れてた。

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2014/07/24

メカニカル時計(再び)危うし!

メカニカル時計(再び)危うし!
日曜日に夏祭りの片付けをして、ふと気付いたら腕時計のガラスが(再び)曇っていた。
発泡スチロールのコンテナをザブザブ洗ったりしたからなぁ。

三日経っても曇りは取れず、時計はたびたび止まる。
時刻がズレたら直せば良いが、寝起きに正しい時刻がわからないのは困る。

今朝、腕時計を見て4時にしては明るいなと思ったら6時だったし、「やばい、6時50分だ!」と思ったら実際には6時35分で、腕時計が4時50分で止まっていたのだった。

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2014/07/22

文学的誇張表現について

昨日、東海地方の梅雨が明けたらしい。


梅雨明けて
空蝉付きの
インタホン


Twitter でつぶやいてみた。
世界最短の詩歌と言われる俳句の形式と、短文をつぶやく Twitter とは相性がいいかも、とやってみたのである。


俳句を読む趣味があるわけではない。
だから、すぐにこう考える。


インタホンに
空蝉ありて
梅雨明ける


のほうがいいかな?


まぁ、どちらにせよ誇張表現なのである。
インタホンにセミの抜け殻が付いていたわけではない。
こんな具合だったのだ。


Dsc_0333ss


まったくの虚構ではないが、誇張だよねぇ。

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2014/07/17

ゴジラ vs ゴジラ

NHK BSプレミアムで最初の『ゴジラ』と第二期の『ゴジラ』を観た。

最初の『ゴジラ』のほうがメッセージが明確で良いな。
「反核」「戦争と科学者の責任」というメッセージ。

「長崎で命拾いして東京に来たのに、ゴジラなんて、いやになっちゃう」と若い女性が言えば、連れの男性が「また疎開かなぁ、嫌だなぁ」なんて言う。

対ゴジラ兵器であるオキシジェン・デストロイヤーの開発者は、「この恐ろしい兵器が国家の手に渡ったら、必ず戦争に使われる」として、その開発方法を頭に収めたまま命を絶つ。
「核の平和利用」なんていう政治家の言葉を聞いたら何と言うだろうね。

さて、なぜ、第二期の『ゴジラ』は終盤でぐずぐずになってしまったか……。
非核三原則の堅持のため、首相が米ソに(ゴジラへの戦術核の使用は)「ノー」と言う、なんていうカッコイイところもあったのだが。

やっぱり、妙な兵器を繰り出すせいかなぁ。
ファンでホバリングする重装甲のVTOL機が、対ゴジラ兵器であるカドミウム弾を撃ちつくし、「通常兵器しかありません!」と妙なビームを撃ったりする。
ビーム兵器って通常兵器だっけ?

あと、非常に気になったのが、「生物物理学研究所」に置いてあったティラノサウルスの骨格標本。
しっぽをひきずる古いタイプの復元標本だった。
1984年公開だから、そのころはすでにしっぽを水平に伸ばした復元像が提唱されていた(例えば、マクローリン『恐竜たち 古い竜についての新しい考え』1982年)。
『ジェラシック・パーク』は1993年公開だが、その中で復元されたティラノサウルスの姿と比較すると、だいぶ違う。
ゴジラ自身、しっぽを引きずる古いタイプの恐竜の復元像に基づいてデザインされていたからね。

もちろん、ゴジラは恐竜ではなく異質な怪獣である。
放射性物質をエネルギー源とするため、静岡県(!)の原発を襲う。
ただ、原子炉建屋を破壊し、格納容器を取り出して何をするかと思ったら、抱きしめて「放射能を吸った」らしい。
燃料棒をばりばり食うのかと思ってた。
もちろん、格納容器をバラしてしまったら、ゴジラどころではない大災害になったわけだが。

一方、ソビエトの衛星から発射された核ミサイルをアメリカが(沖縄!の基地から発射した)対ミサイル・ミサイルで迎撃したとき、EMP(電磁パルス)によって電子機器に障害が起こるという描写は、当時の最先端の設定かも知れない。
1976年、ソ連の中尉がジェット戦闘機ミグ25に乗って日本に亡命した。
当時、ミグの電子機器に真空管が使われていたことが話題になった。
ソ連の電子技術は遅れているのか?と思ったら、核爆発に伴うEMPで焼ききれる半導体回路を避けて、真空管を用いていたようだ。
核戦争の際にもミグは「任務」を遂行できるというわけだ。

なんだかなぁ。
やっぱり、怪獣よりも原発や戦争のほうが怖いなぁ。
でも、怪獣や天災は避けられないけど、原発や戦争はなくせるんだよなぁ。

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2014/07/16

ギャンブル禁止!

川内原発が再稼働に向けて動いている。
世界最高水準の安全性審査、とか言っているが、そもそも全電源喪失時に補助電源を必要とするような原子力発電所が「世界最高水準」なのか?

いや、すごく違和感があったのは、「原発の稼働期間はせいぜい40年だから、その間に数万年に一度の巨大噴火が起こるとは考慮しなくていい」という考え方だ。

川内原発を飲み込むであろう巨大噴火を起こす可能性がある姶良カルデラは、2万8000年前に噴火している。
次の噴火がいつ起こるかわからないので、仮に5万年に一度としようか。

原発の稼働期間中に姶良カルデラが噴火する確率は、5万分の40だから 1250分の1、言い換えれば 0.08%
である。
これだけ低い確率なら、まず起こらないだろう。
起こらないように祈ろう。
起こらないほうに賭けよう。

……というわけである。
要するにギャンブルである。
国民の生命・財産をかけたギャンブル。

漫画家のしりあがり寿の 3.11 後の言葉を思い出す。
「大きな賭けに負けたボクたちは」

ちなみに、先ほどの計算で、5万年に一度の噴火と仮定した。
しかし、前の噴火から2万8000年経っている。
では、原発の稼働期間中に姶良カルデラが噴火する確率は、2万2000分の40だから 550分の1、言い換えれば 0.18% である。
宝くじに当たるよりも高い確率のような気がするが……。

じつは、「5万年に一度の噴火から2万8000年経っているから、残りの期間に噴火が起こる確率は2万2000年に一度」という考え方は間違っている。
もしも、火山噴火が本当に「5万年に一度」という確率事象であるなら、いつになっても5万年に一度である。
5万年経って、まだ噴火していなくても、その翌年の確率は5万年に一度である。

地震や火山のような超長期的な現象については、確率的な考え方が難しい。
地震や火山噴火がいつ起こるかは、現代の科学では予測ができないからだ。
「5万年に一度」の噴火が、前の噴火から2万8000年経った「明日」に起こる可能性は、つねにあるのだ。

さて、ネットで姶良カルデラや霧島火山(加久藤火山)の破局的噴火について調べていると、すごい記述に出会うことがある。
例えば、破局的噴火が起こってしまえば、鹿児島はもちろん、九州の多くの人が死に絶えるから、原発周辺の人たちは、原発のことは気にしなくていい、といった話である。
もちろん、生き残った他の地方の人たちにとっては、大問題である。

本州全土を覆うであろう火山灰だけなら、なんとか生き延びて生活を再建できるかもしれない。
しかし、その火山灰に、川内原発から放出された放射性物質が含まれていたら?

事故後3年を経た福島第一原子力発電所3号機のガレキ処理だけで、50km離れた地点まで放射性物質が飛び、農作物への被害が発生している現状。

こんな危険なギャンブルに巻き込まれて、平然としていられますか?

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2014/07/15

雨水ます鉄蓋破損

Dsc_0332ss
土曜日、玄関脇の駐車場の雨水ますの鉄蓋(写真下)が割れているのを発見。
日曜日、ホームセンターで300mm径のレジコン製耐圧蓋(写真上)を買ってきた。
しかし、サイズが合わない。


鉄蓋に記された300は外径で耐圧蓋の300は内径(ますの径)なのだ。
ここ30年くらいのうちに規格が変わったのだろうか。


月曜日、会社帰りにホームセンターに寄り、250mm径の耐圧蓋を買ってきた。
ピッタリとはいかないが、なんとかはまってひと安心。


ところで、日曜日にホームセンターに行くとき、CD『image2』収録の「サイダーハウス・ルールのテーマ」を聴いた。
このところソフトバンクのCMで流れているので、通しで聴こうと思ったのだ。
穏やかだが変化を予感させる音楽、ということで、ホームロボットpepper のBGMとして選んだのだろうか。
穏やかだが変化を予感させる映画音楽なら、『アンドリューNDR114』(原作はアイザック・アシモフの「バイセンテニアル・マン」)のテーマ曲のほうが良かったのでは?なんて思ったのだった。

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2014/07/09

ロボットの七つの力

ロボットの七つの力
子供のころの記憶によると、鉄腕アトムの七つの力(威力)は図のようなものだった。
まぁ、ロボットならではの能力というか、人間にはできないこと、人間を超える能力として設定されたのだろう。

子供サイズのボディに原子力エンジンなんていう不可能なものもあれば、数十ケ国語を話すなんていう実現可能性の高そうなものもある。

「善悪の区別がつく」なんてのは、まず「善とは何か、悪とは何か」という非常に難しい問題を含んでいる。
善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや。
あいまいな善悪の判断に基づいてマシンガンをぶっ放されてはかなわないぞ。

現実のロボットで実現している、というか「これが威力?」ってのがサーチライト。
目(光学受容器)は照明と別にしておいたほうが良いと思うが。

それはさておき、現実のロボットに欲しい能力というと……。

→安定したニ足歩行、二足走行
→人の顔を(老いたり人相が変わっても)見分けるパターン認識能力
→創造力
→共感能力
→自己複製能力
→自己修復能力
→「なにくそっ」と言って空に向かって拳を突き上げる能力

なんか、人間のみならず動物全般のもつ能力も含まれてるね。
つまり動物が40億年の進化で獲得した能力を、まだ現実のロボットは持てないでいるのだ。

アトムは、「21世紀のロボットは人間と同等の能力を持つ」という仮定に立って、並のロボットにはない「威力」を持つスーパーロボットとして描かれたわけだ。

そういえばアトムはよく「なにくそっ」って言ってたなぁ。
SFに出てくるコンピュータなら、「ロボットと闘っている最中のロボットの発言としては不適切です」とツッコミを入れそうだなぁ。

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2014/07/07

手書き変換の奇跡?

手書き変換の奇跡?
スマートフォンでもタブレットでも、文字入力には手書き入力・変換ツールのMazecを使っている。
文字を書いて変換・確定していく方式で、その変換効率が良い。

そしてMazecの名の由来である、交ぜ書きが可能なのだ。
「会議」と入力したいとき、「かいぎ」「会ぎ」「会議」のどれを入力しても、正しく変換できる。

さすがにPCのキーボード入力には及ばないが、そこそこ高速に入力できるので、会議中にメモを取るくらいなら楽ちんである。

同じMetaMoji製の手書きノートアプリNoteAnytimeと組み合わせると、とりあえず手書きのまま入力しておいて、後で変換することもできる。
アイデアスケッチやひとりブレストのときに便利である。

さて、会議中のメモを取るとき、手書き入力だと違和感が少ない。
スタイラスを使えばなおのこと、ペンと紙のスタイルに近い。
落書きだってできる。

というわけで、虫の絵を描いて変換したら、漢字の「虫」に変換された。
ほかにも絵からうまく変換できる文字はあるだろうか?

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2014/07/06

平和な日々、または「もはや戦後ではない」

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上の写真にはイトトンボが写っているのだが、わかるだろうか。
わからなくても仕方がない。ピントが合ってないのだから。


今日は午前中、連合自治会による近所の公園の一斉清掃に参加してきた。
その休憩時間中に、池の端で見かけたアオモンイトトンボ(だと思うけどアジアイトトンボかも知れない)をスマートフォンで撮ったら、予想通りピントが合わなかったのだ。
やっぱり、スマートフォンのオートフォーカスではイトトンボにはピントを合わせられないよなぁ……。


それはさておき、公園の清掃は市が行っているが、植え込みの中や落ち葉の処理など、細かいところを自治会のボランティアがやる。
たぶん、年2回の清掃では公園の美化には大きくは貢献しないだろう。
だが、近隣住民と顔を合わせ、力を合わせるという点で意義はある。
ワシも毎回参加するわけではないけれど、たまには出て行って普段は会釈程度しかしない近所の人と犬の話などをする。


池を囲む公園のあちこちで人びとが箒や熊手で落ち葉をかいているのは、なんとも平和な光景である。
こういうなんでもない人びとが、この世の中を支えているのである。
世界中の国々の人と仕事で、あるいは個人的につながりがあり、仲の良い関係を築いている人たちもいる。


それなのに、である。
戦争のできる普通の国を目指しているのだか何だか知らないが、(ワシを含め)なんでもない人びとの努力を邪魔しないで欲しいものだ。
「もはや戦後ではない」、もちろん、戦前なのである。
次の戦争までの期間を無限にするために、憲法9条があるのではないか。
国際紛争を解決する手段としての武力は放棄するのではなかったか。


そして、昨日の東北の地震は2011年3月11日の大地震の余震らしい。
500年に一度の地震が起こったら、次は500年後というわけではない。
大きな地殻の変動があったら、その変動をキッカケとして次の変動が、近所の別のところで、近いうちで発生することもあるようだ。


近所と言うのは南海トラフを含めた日本列島付近のプレート境界や火山であり、近いうちと言うのは数十年のうちというスケールである。


だから、いまは「震災後」であると同時に「震災前」でもある。
次の震災に備えて、止めるべきものは止めておかないと。


池の周囲ではたくさんのトンボを見た。
イトトンボ、コシアキトンボ、ムギワラトンボ、ギンヤンマ……。
水辺の生物は、環境の変化に敏感である。
駿河湾で津波が発生しても、標高30mのこの池までは、海水が押し寄せることはないだろう、たぶん。
池のすぐ上に縄文時代の遺跡があったから、温暖化が進んで大海進が起きれば海の底になるかも知れないが。


それよりも心配なのは、ここが浜岡原発の「風下」80kmである、ということだ。
落ち葉を掻いたり、トンボを眺めたりできる平和な日々を「守る」ために必要なことは、何か。


戦争ができる国になることではないわなぁ、もちろん。

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2014/07/05

緑のすべての色

緑のすべての色

玄関先の緑。
緑色植物というけれど、その葉の色は黄色から赤まで様々だ。

光合成色素クロロフィルをもつ植物を緑色植物という。
クロロフィルは緑色の色素だが、葉の細胞には黄色いカロチノイドや赤紫色のアントシアンも含まれる。

上の写真のナンテンやヒメツルソバが赤味を帯びているのはアントシアンが多いからだろう。
傷んだ葉が赤くなることがあるのも、アントシアンの色だ。
死にゆく葉がクロロフィルを分解して緑色を失い、光合成により貯蔵していたデンプンを糖に変え、さらにアントシアンに変化させる。

光合成について、小・中学校の理科では次のように習う。

水+二酸化炭素+光エネルギー→デンプン+酸素

光合成とは、水と二酸化炭素という単純な物質から、光エネルギーを用いて栄養分と酸素をつくる、ということだ。
オオカナダモのような水草を使った実験で酸素が発生することや、ヨウ素液を使った実験などでデンプンができたことを確認したりする。
高校の生物では、光合成の原料物質と生産物を次のように表す(化学式を使わずに書いてみた)。

水+二酸化炭素+光エネルギー→ブドウ糖+酸素

生産物がでんぷんではなくブドウ糖になっているのは、化学反応の前後の原子の数を合わせるためだ。
実際には、かなり複雑な過程を経てブドウ糖ができ、直ちにブドウ糖が多数結合してデンプンになる。
ブドウ糖1分子ができるときの説明として、上の反応式が用いるのだ。
上の反応式に分子数を添えると、次のようになる。

水6分子+二酸化炭素6分子+光エネルギー→ブドウ糖1分子+酸素6分子

さて、ここで質問。
光合成の結果生成される酸素(O2)は、もともと原料物質の水(H2O)に含まれていたものか、それとも二酸化炭素(CO2)に含まれていたものか?

答えは、高校の生物の教科書にある。
光合成の排気ガスである酸素は、原料物質の水の分解により生成されるのである。
水分子を分解するとき、クロロフィルが吸収した光エネルギーが使われる。

分解された水のうち、酸素は酸素分子として葉から排出される。
その酸素をわれわれ動物がありがたくいただくのである。

分解された水のうち、水素は水素貯蔵物質に渡され、さらに二酸化炭素からブドウ糖を合成する工程に引き渡される。
つまり水素が光エネルギーを蓄えた燃料の役割をするのである(一時的に……数マイクロ秒の間だが)。
そのエネルギーは最終的にデンプンなどの有機物に蓄えられ、われわれ動物がありがたくいただくこともある。

水素に蓄えられたエネルギーを利用する仕組みとして、燃料電池が最近注目を集めている。
トヨタが販売を始める燃料電池車は、「究極のエコカー」と呼ばれている。
貯蔵してある水素と空気中の酸素を用いて電気を作り出し、その電気で走るので、廃棄物は水だけだからだ。

しかし「究極の」と言ってしまって良いのかどうか……。
現在、燃料電池車に燃料として供給する水素ガスは、石油を生成する過程の副産物として得られるものだ。
それに、石油精製工場から水素ガスステーションまで水素を運ぶには、タンクローリーを使う。

やはり、「究極のエコカー」と言うのであれば、水素も自前で調達したい。
つまり、水道水や雨水や空気中の水蒸気を分解して水素を得られればいいのに、と思うのだ。
水を分解するにはエネルギーが必要である。
そのエネルギーとして、太陽光などの光エネルギーを使えないだろうか。

ガソリンスタンド(または水素ガスステーション)まで車を運ぶ代わりに、日当たりの良い駐車場に置いて、水をかけてやる。
車は屋根のパネルで日光を受け、水を分解し、水素を生成してタンクに蓄える。
その水素は燃料電池に送られ、電気を生み出す。
その電気はドライブに使えるだけでなく、家庭の電源としても使える……。

……えーと、水素という軽い物質を使うのは効率が良くないかもね。
車の屋根には太陽電池パネルを設置して、発電した電気をバッテリーに蓄えるほうがストレートかも……。
まぁ、水素とバッテリーと、どちらがエネルギー貯蔵に適しているか、という話であって、それは技術の発展によって変わるだろう。
燃料電池と太陽電池のハイブリッドカー、なんて車も作られるかもしれない。

いずれにせよ、近い将来「青空駐車場」は野ざらしの安い駐車場という意味から、エネルギー補給可能な駐車場という意味に変わるだろう。

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2014/07/03

ちょっとキャスティング変えてみた

ちょっとキャスティング変えてみた
で、拉致問題も全力だとさ。
ミサイル発射でも制裁解除のミョーなバランス感覚。
というか、誰かの思う壺?

ところで、拉致された邦人の乗った仮想敵国の船舶に、その国の要人かスパイが同乗しているとする。
要人暗殺を目的として、同盟国が攻撃しようとしたら、我が国はどうするのかね。
国民の生命を守るため、同盟国軍の攻撃を武力をもって阻止するのかね?
あり得ない想定?
いやあ、例のアレよりはありそうでは?

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2014/07/02

緑のカーテン2014中間報告

なんかムカつくマンガを載せちまったから、その補償として別の記事を載せよう。


……ということで、今年の緑のカーテンの中間報告。


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アサガオが咲き始めた。
下の濃い青色の花は宿根アサガオのケープタウンブルー、上の小さなモザイクの花はドイツアサガオのジャーマンブルー。


ちょっと勢いがよくないのは、水不足か肥料不足かカメムシにたかられているからか。


ゴマノハグサ科のアサリナも花を咲かせた。


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左にちょっと見えているのはこんの前足である。


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梅雨の晴れ間、こんはこんな具合にひなたぼっこしては、舌を出して木陰に避難するのである。


さて、これらの写真は、先日カツラの剪定をする合間に撮ったものだ。
カツラにはイラガのほかこんなヤツらもいた。


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生まれたばかりのカメムシの赤ちゃんたちである。
可愛いでしょう。


……可愛くない? 気持ち悪い?


まぁ、そう感じてもアタリマエかぁ。
最後にまた気持ち悪い写真で済みません。
でもまぁ、気持ち悪い人たちの写真よりもイイよね。

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何に全力なんだよ

何に全力なんだよ
描きたくなかったなぁ。
コイツらを選んだのはワシじゃないからね。
次の選挙で落とそう。
なぁ、皆の衆。

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