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2014/03/16

映画『宇宙兄弟』の残念なところ

昨晩TV放映された『宇宙兄弟』、キャストは豪華だし、映像は綺麗だし、原作の雰囲気も残しているものの、ワシの中での評価はイマイチである。

なぜかというと、原作のSFマインドがまったくと言ってよいほど感じられなかったからだ。

南波六太をはじめ、登場する人びとの宇宙への「想い」を描くことに重点が置かれているようで、技術的な細部が割愛されているのが残念である。

科学的に正しくないのでは、というところもいくつかあった。

例えば、南波日々人と同僚のダミアンが月面のクレーターの底に転落したとき。
太陽がクレーターの縁に沈み、日々人の周囲が次第に闇に包まれる。
闇の中、日々人のヘルメットの中の顔だけが、小さく浮かぶ。
映画的には、迫り来る危機と不安を描く方法としては効果的かも知れない。
しかし、科学的には正しくないのではないか。

月の1日、つまり日の出から次の日の出までは、地球の日数で約30日である。
月の昼は15日間続き、夜も15日間続く。
そこで、月の日没は地球の日没の30分の1のスピードで進行するのだ。

そして、日々人がダミアンとともに生還するため、いかに闘ったかについては、映画では描かれない。
その日々人の闘いを助けるために、NASAやJAXAの人びと、とりわけ六太の果たした役割についても、映画ではまったく描かれない。

ヤマトダマシイや根性や「想い」だけでは、困難は解決しない。
地球に居る六太には、月の日々人に向かって「生きろ」と叫ぶのではなく、JAXAの管制室で有益な提案をして欲しかった。

原作でたっぷりと描かれていた、困難を技術的に解決していく爽快感とセンス・オブ・ワンダー(「そうだったのか!」「そうきたか!」という感覚)がなかったことが非常に残念なのである。

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