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2014/02/26

何が大丈夫?

何が大丈夫?

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ニュースを見ると腹が立つ

昨晩のニュース映像。
ソチから帰還したオリンピック選手団を乗せた旅客機が、成田空港に降り立つ。
すると、その旅客機に放水しているではないか。

なに? 除染か?
まずそう思った。
ソチから北極海を越えて帰還するとき、チェルノブイリの上を通ったっけ?
チェルノブイリの石棺が破れて放射性物質が漏れだしたとかいう報道はなかったと思ったが……。

……なんてことを考えていたら、「歓迎の放水です」というアナウンス。
なんだぁ。ホッとした。

なんで除染か、なんてことを考えてしまったかというと、昔見た核危機を扱った映画かドキュメンタリーで、航空機や艦船を放水で除染する、というシーンを見たことがあるからだ。
そのシーンと、福島第一原子力発電所の事故の後、放射性降下物の降り積もった建物を除染する映像とがカブった。

それに、福島第一原子力発電所はもちろん、チェルノブイリだって収束にはほど遠い状態だ。
再び爆発して放射性物質をまき散らす可能性はあるのだ。

それなのに、原子力発電を「重要なベースロード電源の一つと位置づける」とはどういうことか?

言葉は悪いが、「バカじゃないの?」と言いたくなる。
誰か、「バカじゃないこと」を証明して欲しいものである。

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2014/02/25

国家をヤクザでなくする方法

国家とヤクザは似ている。
まず、縄張りに住む人々から有無を言わさず金を徴収する。
縄張りをめぐって隣接する組織と張り合う。
ドンパチやって、非武装の市民を巻き込んだり、乱暴狼藉を働いたりする。

では、どうすれば国家をヤクザでなくすことができるか。

やっぱり幹部、じゃない政府がヤクザをやめよう、と思わないとだめだろう。

非道なことは止め、地域社会に貢献するまっとうな組織(企業)に生まれ変わるべく努力する。
「構成員には前科者もいますが、悔い改めています」と表明し、迷惑を被った方々には心からお詫びする。

その上で、核武装なんて時代遅れ、かっこ悪い、といったキャンペーンを張る。
そうやって、他の組織(国)もヤクザでなくして、連携し、共存できるようにする。

組とか国とかのためではなく、地域住民のため、地球人類のために尽くすようにすれば良いのである。

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2014/02/23

『ヴィンランド・サガ』14巻を読んだ

『ヴィンランド・サガ』14巻を読んで、「本当の戦士」について考えた。

14巻で奴隷編完結。 ようやくこれからヴィンランドを目指すことになるのかな?

主人公であるトルフィン・トールズソンはデンマーク王クヌートに刃を向けた罪により奴隷の身分に落とされた。 農奴として働く中で本当の戦士とは何かを考えるトルフィン。

14巻では、トルフィンの働く農場を接収すべく侵攻してきたクヌートに対し、徒手空拳で停戦交渉に挑む。 死ぬほど殴られても抵抗せず、話し合いで解決しようとする。

まさしく非暴力不服従である。 争いを避け、平和裡に問題を解決する。

なぜ現実の世界では、このようにものごとが解決しないのだろう? 考えてみると、クヌートが聞く耳を持った知的な人間であったからだ。 非暴力不服従という手法は、知的な相手に対してしか通用しないのだろうか。

クヌートへの謁見を阻止すべくトルフィンの前に立ちはだかり、殴り倒そうとした従士が、最後にトルフィンを戦士と認めたのはなぜか。 トルフィンが強い人間だったから、というだけではあるまい。 自身の戦士としての誇りが、恥ずかしい真似をしたくない、と思わせたのだろう。 もちろんここでの戦士とは、職業軍人という意味ではない。

恥を知らない人間に対しても、非暴力不服従は通用しないのだろうか。

作者がそうあってほしいと望むように、この世界の人々が互いに敬意を持って暮らしていけることを願うよ。ホントに。

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2014/02/22

2台目のタブレットを買った

2台目のタブレットを買った
7インチのタブレットの必要性を感じたので、ちょっと調べて HP Slate7 Extreme を買った。

なぜ7インチか? すでに10インチのタブレット(ARROWS Tab Wi-Fi)がウチにあるのに?

10インチのタブレットは、けっこう重い。
寝転んで本(PDFやEPUB)を読むと手が疲れる。
会社に持って行くのは面倒だ。
ウチではカミさんや子供も使う。

……ということで、自分専用の軽い「読書端末」兼「電子メモ」が欲しくなったのだ。
これまでスマートフォン(ARROWS NX F-06E)の役割だったのだが、5インチだと辛いのである。
老眼なので読むのも辛いし、手書きのメモをちまちま書き込むのも辛い。

仕事上、7インチ程度のディスプレイサイズでの PDF/HTML/EPUB 表示の確認にも使うことになるだろう。

さて、種類の多い7インチ・タブレットから何を選ぶか。

まず OS から。
iOS か Windows か Android か。
すでにスマートフォンや1台目のタブレットで使用しており、アプリケーションもいくつか購入しているので、Android にした。
Windows タブレットや iPad は値が張るしね。

Android タブレットもいろいろあるが、何を基準にするか……。
IT情報サイトのレビューなどを参考に、次の機能で決めた。

外部メモリ(MicroSD)対応で PC から参照可能(ホスト機能)。
メーカーの信頼性。

そして、ペン先の直径2mmの細いスタイラスが付属し、お絵かきや手書きのメモ書きが可能。

これでペーパーレス、情報の一元化が可能になる……かどうかは、まだわからない。

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沈黙は金

冬季オリンピックの報道を見ていて思うこと。
スポーツは外野がうるさい。

余計なことを言って選手のやる気を殺いだり失礼なことを言ったりするのはいかがなものか。

日々選手と接している指導者が言うならともかく。
自分では何もできないくせに、それどころか選手の上がりで食っている、というかスポーツのために投じられる税金や寄付金を食っている人は黙っているほうが良い。

メダルだ何だとマスコミもうるさい。

沈黙は金、だからね。

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2014/02/17

原田純夫動物写真展を見た

原田純夫動物写真展を見た
15日土曜日、藤枝市立郷土博物館・文学館へ行き、「WILD ROCKIES 藤枝市出身の原田純夫動物写真展」を見てきた。
じつは原田君は大学の研究会の後輩で、何度も一緒にニホンカモシカを調査したり、アラスカに行ったりした(アラスカは1度だけ)。
久々に日本に戻って永逗留するというので、大学の仲間と集まって飲もうか、ということになったのである。

大雪のため交通網は混乱していたが、東海道本線の沼津〜藤枝間は多少遅れただけで問題なかった。
神奈川県からきた後輩(この歳になって先輩後輩もないもんだが)は、遠回りしたりして1時間以上余計にかかったという。

お互いジジイになったなぁとか、老眼だとか腰が痛いとか、そういう話はさておき……。

ダウンロード - wild_rockies.pdf

ロッキーである。
野生動物である。

口の周囲を朱に染めたハイイロオオカミ、雪の中にたたずむピューマといった迫力のある写真から、樹上の穴から顔を出すクロクマの子供、初めて「世界」を見るアカリスの子供、雪渓を駆け回るビッグホーンの子供等々の微笑ましい写真まで。
動物たちの表情を真正面から(あるいは斜めから)捉えた写真の数々は、見事である。流石である。
こういう写真が撮れるとは羨ましい、と同時に険しいトレイルやら風雪やらの苦労に耐えて待ち続ける自信はないな、と思う。

手前の岩尾根の上にシロイワヤギ、背後に大氷河という風景には心動かされた。
ヒトの痕跡の見られない「野生」の大地を目の当たりにすると、オマエハナニモノダ、と問われているような気がするのだ。
そこにいる動物と等価の一匹分の生命をもって、その大地と対峙できるのか。

じつはヒトの手がまったく入らない「野生」の大地というものは、日本はもちろん、アメリカでも、ほぼないに等しい。
だが、ヒトの手が入ったとしても、それが「見あたらない」だけで、そこはヒトが蹂躙してはいけないところのように感じる。
ひっそりと訪れ、見て、聞いて、感じて、帰るところ。

原田君によれば、その大氷河も20年もすると地球温暖化の影響で消えるだろうという。
グレイシャー国立公園から、グレイシャー(氷河)が消える……。
地球温暖化がヒトの産業活動によるものだとすれば、ヒトはそこに立ち入らなくても蹂躙しているのだ(いわんや放射性降下物をや)。

夜に飲んだときの話題にも、野生生物保護の方針が政治によって変わってしまうことなどが上った。
どうもヒトという動物は、地に足の着いていない理由で地を汚すことが得意らしい。

それはさておき、あの雄大な光景……数キロ先まで見線を遮るものはなく、ヒトの痕跡もない光景……を再び見ようと思ったら、このガタガタの体をなんとかせんといかん。
とりあえず、会社の9階まで階段を昇るようにしようかな、と考えたが、もうじき花粉症で呼吸が辛くなるから、もう少し先にするか……。

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2014/02/16

沼津市街の雪は消えたが

沼津市街の雪は消えたが
不慣れな大雪に悩まされている各地の皆さんには申し訳ないが、ワシの住む沼津の市街地の雪はあらかた消えてしまった。
写真は家電量販店の屋上から撮ったもの。
富士山は飛雪に覆われて輪郭がぼやけている。

居間の蛍光灯の電源が故障したらしく、点灯しなくなってしまったので、LEDシーリングライトを買いに量販店に行った。
しかし、よく行く国道1号線沿いの店はパス。
東名高速道路が通行止めのため、上り線は大型車で身動きができない状態になっているからだ。

昨日も今日も道はギッシリ、物流はストップ。
新聞は来ないし、店頭の食品も売り切れのものがあるそうだ。

この国の太平洋側の物流が、こんなに雪に弱いとは。
普段備えていない状況に対し、文明は弱い。

そこでふと思ったのだが、雪でこんな具合になってしまうなら、富士山が噴火して火山灰が降り積もったら、いったい首都圏はどうなってしまうのだろう?

その上、富士山の噴火は単独の事象で終わらず、東海地震などの地殻変動と連動する可能性がある。
考えたくないことではあるが、あるかも知れないという前提で対策を考えておく必要があるだろう。

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2014/02/15

我家の雪害

我家の雪害
昨夜の霙(みぞれ)というか重い湿った雪は、ー晩中どさどさと尾根から落ち続けていた。
二階の屋根から落ちた雪の塊が駐車場を直撃し、ポリカーボネートの波板を曲げていた。

雨具を着て作業用手袋を装着、洗車台を雪の上に設置し、苦闘すること30分で現状復帰した。

ほかに被害といえば、落ちた雪が跳ね上げた泥や枯れ葉で家の壁が汚れたくらいかな。

追記(2月16日)
屋根から落ちた雪で、玄関先のラベンダーが折れていた。

そういえば、14日の夜、散歩に出たときには吹雪……というか強風に乗って叩きつけらる霙が痛かった。
リードを持つ手は真っ赤になって霜焼け寸前。
霙をものともせず元気に公園の芝生を走り回るこんに、「こん、帰ろう、遭難しちゃうよ」と声をかけて、家に逃げ帰った。

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2014/02/10

クイズ『2001年宇宙の旅』

なんか世の中くさくさすることばかりだから、別のこと考えよう……と思って思い付いたクイズ。

映画『2001年宇宙の旅』でその存在をアピールしていながら、現実の2001年には存在しなかったものは何か。
二つ答えよ。

(1)パンアメリカン航空

映画『2001年宇宙の旅』の第一部後半、宇宙へ進出した人類を象徴する宇宙ステーション。 その宇宙ステーションへと昇って行く旅客スペースシャトルの尾翼の青い地球儀のマーク。 そのマークには「PAN AM」の文字が描かれている。

パンアメリカン航空、通称パンナムのマークである。 地表と宇宙ステーションを往復するスペースシャトル(というかスペースプレーン:航空宇宙機)をパンナムが運用している、という設定なのだ。

映画『2001年宇宙の旅』が公開された1968年当時、パンナムは世界を代表する航空会社だったのである。

しかし現実には、1991年に経営破綻し、消滅した。

ちなみに、1982年公開の映画『ブレードランナー』の高層ビルの壁面にもパンナムのマークが見られる(作中の世界は2019年)。

(2)ソビエト連邦

映画『2001年宇宙の旅』の国際宇宙ステーションは、ドーナツ型をしていて回転することによって遠心重力を作っている。 その宇宙ステーション内で、アメリカ人科学者フロイド博士はソビエト連邦の科学者スミスロフ博士と会う。

ロシア連邦ではなく、ソビエト連邦なのである。

現実には、ソビエト連邦もまた1991年に解体・消滅した。

ちなみに、映画『2001年宇宙の旅』の続編『2010年』では、木星近傍で消息を絶った宇宙船ディスカバリー号を回収するため、宇宙船レオーノフ号が木星に向かう。 宇宙船レオーノフ号はソビエト連邦の宇宙船で、映画の設定では、米ソ冷戦は熱核戦争寸前の緊張状態にあることになっていた。

映画『2010年』は1984年公開である。

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2014/02/08

沼津で積雪!

今日は太平洋側の各地で大雪となり、交通機関は麻痺したようだ。

滅多に雪の降らない沼津でも、数cmの積雪となった。

Dsc_0225ss

こんにとっては生まれて8年目にして初めて目にする雪景色だ。
喜んで庭を走り回っていた(上の写真でこんがブレているのは走っているため)。
しかし、二階の屋根から落ちた雪が駐車場のポリカーボネートの屋根に当たって立てる音にビックリ。

その後、こんはその音を怖がり、洗面所や靴箱の下に潜り込んだ。
雷と同様、天からの怖い音と思ったのだろう。

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2014/02/05

再生された脳は自分の脳か?

昨年の夏に「左中大脳動脈狭窄症」と診断されて以来、脳の血管が詰まったら困るなぁ、と考えて(ときどき)暗くなってしまう。
薬を飲んでいるし散歩はしているし、食事も多少は気にしているから、これで詰まるようならもう、仕方がない。
脳の血管が詰まり、その先の血行が滞ると、酸素供給が絶たれた脳細胞は死んでしまう。
脳梗塞である。

年齢とともに脳細胞は死んで減少していくものだが、脳梗塞によって大量の細胞が一挙に死ぬと、運動・感覚・認知の機能に障害が発生する。

ひょっとして、iPS細胞やSTAP細胞などの万能細胞を使って、神経細胞の再生治療ができないものだろうか。

マウスの実験ではiPS細胞の移植によって脊髄損傷が直ることがわかっている。
それなら、脳細胞だって再生できそうなものだ。

だが、一つだけ気がかりなことがある。

記憶がどうやって維持・再生されるのかは不明だが、脳の神経細胞の電気的・化学的なネットワークが「記憶装置」となっているのだろう。
電気刺激によって記憶が再生されたり、神経伝達物質の減少によって記憶力が減退したりすることから、そう考えられる。

脳梗塞によって壊死した脳細胞を取り除き、そこに万能細胞から作り出した自分の脳細胞を移植する。
そうやってネットワークを復活させたとき、記憶はどうなるのだろう?
記憶はバックアップできないから、過去の記憶は失われてしまうのか?

そして、人格はどうなるのだろう?
人格は連続した記憶に基づくものだ。
再生された脳細胞と、新しい記憶に基づく人格は、はたしてそれまでの自分と同一人物なのだろうか。

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