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2013/12/07

『オリンピックの身代金』の違和感

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(写真は福島のりんご。今年も食べる。この記事とはあまり関係ありません)

ドラマ『オリンピックの身代金』は、終盤までは面白く観たのだが、最後に違和感が残った。

なんで主人公の刑事は、犯人を二人とも射殺しちゃったのか(一人はドラマの中では死んでいないが、たぶんあのあと死んだね)。

車で逃走するところを後方から撃つなら、運転者ではなくタイヤを撃ってパンクさせたほうが良いのでは?
というか、前方の刑事が威嚇射撃しろよ。

火をつけたダイナマイトを持って逃走する若いテロリストを(またもや)後方から撃つなら、足をねらったほうが良いのでは?
背中を撃ち抜くように撃ったのでは、流れ弾で一般人に被害が及ぶ可能性がある(国立競技場の通路だからね)。
狩猟の経験者から、流れ弾による危険を避けるため、銃口は必ず水平よりも下に向けて撃つもんだと聞いたことがあるが、警察は違うのだろうか。

それに、爆弾を見つけたら、解体するより周辺の観客を避難させるのが先ではないか?
オリンピックの開会式をつつがなく行うという「国家の威信」のほうが人びとの命より大事だという警察幹部の志向に、主人公の刑事は違和感を覚えていたはずではなかったか?

「知る権利」をないがしろにする国家権力、弱い者・貧しい者、地方を食い物にする社会に対する反発が主要なメッセージのはずなのに、それが終盤に来て「警察頑張れ」的になったような気がする。

前にも違和感の話を書いたなぁ、と思って過去記事を検索したら「『攻殻機動隊S.A.C. 』の違和感」だった。
やはり公権力の濫用というか、力は正義というか、それが人びとのためになるのか?というところの違和感である。

特定機密保護法案が国会で審議されている間にドラマを見て違和感を覚え、その数日後に強行採決。
この国の民主主義はこの先、大丈夫なんだろうか。

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