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2013/12/24

『戦艦武蔵』を読んだ

吉村昭の『戦艦武蔵』を読んだ。

冒頭、とんでもない「秘密」から話が始まる。
昭和十二年、九州の漁師が海苔の養殖や浮子綱に使う棕櫚(しゅろ)の繊維が姿を消したのだ。
何者かが買い占めたようなのだが、県庁や中央官庁が調査してもわからない。

じつは、三菱重工の長崎造船所で、「秘密」を守るために買い占めたのである。
棕櫚縄を編み、すだれのように組んで、巨大な目隠しを作り、船台をすっぽり覆ったのだ。
その中で造られたのが「第二号艦」、世界最大の戦艦「大和」の兄弟艦、「武蔵」である。

「武蔵」を建造し、進水させるまでで全ページの半分、竣工するまでで三分の二に到る。
浮沈戦艦「武蔵」は最初にして最後の戦闘で撃沈してしまうのだから、活躍する話はほとんどない。

その建造過程において、「武蔵」には名前がなく「第二号艦」と呼ばれ、全容がわかるような設計図が現場に渡されることもない。
「部分」しかわからないような設計図をもとに、「部分」を組み合わせていかなくてはならない現場は、やりにくかったろうなぁ。

あまりにも船体がでかいので、ふつうに進水させることもできない。
重さで進水台が壊れるかもしれない。
船台を滑り降りた勢いで長崎港を進み、対岸に乗り上げてしまう。
どうやって壊れない進水台を造り、どうやって対岸に乗り上げないよう勢いを殺ぐか。

『プロジェクトX』的な「無謀な挑戦」の数々があり、エンジニア魂を感じるところではあるが、「秘密」があるせいで恐ろしいことになる。
造船所の社員は、ワシやアナタが会社で「ヒドイ目に遭ったなぁ」というその「ヒドイ目」なんて比較にならない、酷い目に遭うのである。

主砲の砲塔(これも世界最大だ)に関する図面が設計図庫から消えた。
スパイに盗まれたのか。
盗まれたら、これまで秘密裏に建造してきた「第二号艦」のサイズが推測できてしまう……。

設計図庫に出入りする技師と製図工が厳しい取調べを受ける。
それはもう酷いもので、まるで拷問である。
図面の行方が判った後、釈放された技師と製図工の半数はPTSDとなってしまった。

いやはや「秘密」、とくに「軍事機密」に一般人が巻き込まれることの、なんと不気味で恐ろしいことか。
海軍から造船所に「第二号艦」建造の依頼がきたときから、関係者は特高(特別高等警察)に身元調査されているのである。
本人が気付かないうちに、家族や交友関係などの身辺が洗われていた……。

いやはや(二回目)、「秘密」の名の下に、個人情報は否応なく国家権力に吸い上げられていく……。

さて、世界最大の(ある意味)素晴らしい艦船でありながら、建造途中で時代遅れになり、資源とエネルギーと人命を無駄に使って海の藻屑と消えた。
まったくもって、戦争とは無駄なことに情熱を注ぐこと、ということなのだろうか。

途中で「巨艦巨砲主義」は時代遅れと悟っても、意地でも作り上げて「旗艦」とする、その、しょうもない見栄っ張りな根性。
これは軍人の専売特許ではなく、官僚機構に共通していないか。

もはや原子力発電は時代遅れなのだが、意地でも再稼働してやろうという根性は、さて、日本国民をどこへ連れて行くのか。

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