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2013/08/17

死に方は選べない

桜並木の下を歩くと、あちこちにセミの死骸が転がっていた。

アブラゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、……うち一匹のアブラゼミは死骸ではなくセミファイナルだった。

寿命が尽きて木立の下に転がっているセミもいれば、クモの巣にかかったり、スズメバチに貪り食われたりするものもいる。
セミの死に方(ways to die)もさまざまで、その死に方を個々のセミが選べるわけではない。
運がよければ卵を産んで死に、運が悪ければ羽化する前に食われたり、幼虫のうちにカビて冬虫夏草になったりする(冬虫夏草=セミタケはキノコだけど菌類だからカビの親戚だ)。

ヒトもまた、死に方を選べない。

できれば、ゼリー状のガソリンをかけて燃やされたり、放射線に蝕まれたり、自分のはらわたを見ながら息絶えたりというような死に方はしたくないものだが、そうならないという保障はない。
なんだか世の中が「戦前」へと動いているようで、嫌な気分になることがある。

松江市教育委員会の指示で、市内の小中学校の図書館の『はだしのゲン』が貸し出し禁止になったそうだ。
朝日新聞の記事によると、「ありもしない日本軍の蛮行が描かれており、子どもたちに間違った歴史認識を植え付ける」として、小中学校からの作品の撤去を求める陳情が市民から市議会にあったのが発端だそうだ(市議会では不採択、教育委員会が閉架を決定)。

この報道が事実その通りだとすると、「間違った歴史認識を植え付ける」と陳情した人は、いったいどういう人なのだろう。
それこそ、『はだしのゲン』の中で日本の敗戦を確信したゲンの父親を「非国民」と迫害した人々のモデルは、こういう人の同類なのだろうなぁ、と思った(個人の感想です)。

「ありもしない日本軍の蛮行」というのも、(その通りの言葉だったとすれば)いかなる根拠で「ありもしない」と断定できるのだろうか。
はなはだ非科学的で、よほど歴史科学に疎いのだろうなぁ、と感じた(個人の感想です)。
だって、「日本軍が捕虜の首を切り落としたりしたという記録がない」としても、記録というやつは焼き捨てればなくなってしまうのである。
不在の証明というのは、とても難しいのだよ。

孫や曾孫がふたたび戦場に送られるような世の中になるのは嫌だからと、墓場まで持って行こうと思っていた思い出すのも苦痛な自らの経験を語る「元兵士」のおじいさんは嘘つきなのか?
そういう話を聞いたこと・読んだことはないのか?

ワシ自身は、戦争経験者からこういう話を聞いた。
戦争に負けて進駐軍が来るとき、女性は髪を切って男装し、顔を黒く汚しておかなければ、と人々がパニックになったそうだ。
もちろん、進駐軍の兵士に襲われるかも知れない、と恐れたからだ。
どうしてそんなに恐れたのか?
なぜなら、自分たち(日本軍の兵士)がやってきたことだから……。

人は死に方を選べない。
だが、他人の死に方を命令したがる奴はいる。

「間違った歴史認識を飢え付けるから不許可」なんていう、非科学的で非民主的なことを言う連中に好き勝手させてはならない。
さもないと、再び「お国のために死ね」なんて命令される世の中になりかねない。

「お肉のためなら死ねる」と思うことはあるが、「お国」のために飢えて死んだり肉片になったりしたくないわな。

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