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2013/08/02

歴史認識の問題ではないかも

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一昨日の記事に『進撃の巨人』に関して、
「(巨人を)理屈と努力で撃退しようとする人類がいじましい」
と書いたら、カミさんとムスメから、これは誤解を招く表現ではないかと指摘された。


「いじましい」には「かわいそうになる」という意味もあるにはあるが、本来は「意地きたなくせせこましい」という意味だから、ワシの意図とは異なる。


誤解を招くような表現を掲載しておくわけにはいかないので、「いじらしい」に修正した。


すみません。
作者やファンが不愉快に思ったかなぁ。


……ということで、私人であっても、公言したことには責任を持つ必要がある。
いわんや公人をや。


だのに、政治家や官僚や大企業の幹部やらの失言の数々には呆れるばかりだ。


「もっと歴史を勉強しろ」といった声もメディアで見聞きするが、ひょっとすると歴史認識の問題ではないのでは、と思う。


自分の発言が相手にどう受け止められるかを考える想像力、相手がどう感じるかを慮る共感能力。


こういった能力に欠ける人が、失言を繰り返しているのではないか?


だとしたら、こういう人が組織のトップに立つことを容認しちゃって良いものだろうか。
どうせ、こういう人をトップに据えたがる連中は、自分の既得権益を最優先する、要するに同類だろう(個人の感想です)。


みんなまとめてフォークト・カンプフ検査にかけて、本当に人間なのか判定してみてはどうだろうか(SF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』、映画『ブレードランナー』参照)。


さてさて、想像力や共感能力は、道徳教育で養うことができるのだろうか?

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