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2013/08/15

終わらない夏

終戦の日、だそうである。
なぜか、毎年8月15日はよく晴れるような気がする。
1945年の8月15日も全国的によく晴れた日だったそうだ。

最後の戦争経験世代であるワシの父親は、「終戦の日」じゃない、「敗戦の日」だ、と言っていた(今も生きているから、今日も言っているに違いない)。

「終戦」というと、戦争が勝手に終結したみたいで嫌なのだそうだ。
日本が世界を相手に愚かな戦争を仕掛け、そしてたくさんの犠牲者を出して「負けた」ことを忘れてはいけない、ということだ。
その犠牲者には、戦闘員だけでなく民間人も数多く含まれる。

そして、原爆被爆者のように、「終戦」後何十年経っても、放射線障害で苦しむ人がいる。
戦場に赴いた人も、ふるさとが戦場になってしまった人も、「銃後」で「空襲」に逢った人も、家族を亡くした人も、みな(身体に傷がなくても)心に傷を負ったまま生きている。

その人たちもみな、あと数十年で居なくなるだろう。
そのときまで、個人の心の中の戦争は終わらない。

戦争を知らない世代、経験者の話を直接聞いたことのない世代に、「戦争やむなし」なんてことをさらっと言う風潮が生まれることを恐れる。

前にも書いたけど、「靖国の英霊」の半数以上は銃弾に倒れたのではなく、飢えと病で亡くなったのである。
それを「国家のために命を懸けた尊い犠牲」というように美化するのはいかがなものだろう?

「元号法制化」の際に、昭和45年に遡って「平和」という元号にして、そのまま元号が変わらずに済むように……二度と戦争を起こさないように……と国民全体が望むようにしたい、と思った。
先ほど父親の世代のことを「最後の戦争経験世代」と書いたが、「次の戦争経験世代」が生まれないことを望む。

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