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2013/06/05

お祓いと科学

邸宅に幽霊が出るとか出ないとかで、お祓いをするとかしないとか。
政権与党の議員がそんなチキンでどうする、なんて笑っていられない。
その理由は二つある。

一つめ。
幽霊が実在するかどうかについては、ワシは山や廃墟へ出かけたときに出会ったことがないので(いろんなビックリするものには出会っているが)、実在しないほうに賭ける。
霊感が弱いからだ、なんて言われるが、ということは、幽霊などの霊的存在を関知できるかどうかは、個人的な知覚に依存するということになる。

個人的な知覚であって、客観的に存在が立証できないものは、科学的に検証するのは難しい。
ワシがしばしば襲われる片頭痛の前駆症状の閃輝暗点とか、こんが「見て」いる嗅覚の世界とか、そういった、個体の脳内でしか確認できない現象は、客観的に記録したり分析したりできない。
まぁ、現在の科学では、ということだが。

客観的に存在が立証できず、個人が「あるかも(いるかも)」と感じるだけだという点では、幽霊も似たようなものかも知れない。
そこで、お祓いその他の儀式行動によって、個人が安心できるなら、それはそれでよい。
プラシーボ効果(偽薬効果)というものがあるのだから、「お祓いなんかに効果があるもんか」と頭から否定するのは、かえって非科学的である。

笑っていられないのは、その自己暗示・自己満足・自己憐憫のための費用に、歳費とか政党助成金とか使っていないだろうな、という点である。
もちろん、お祓いの費用は個人持ちだよね?

政権与党の議員がそんなチキンでどうする、なんて笑っていられない、その理由の二つめ。

原子力発電所をどんどん造り、今また再稼働しようとするとは。
幽霊を怖がるくせに、同様に「見えない」放射線は怖くないのだろうか。
幽霊はお祓いをして退散させられるかも知れないが、原子力発電所はお祓いをしても、事故るときは事故る。

過去の亡霊という幻覚とか、原子力発電所の安全性という願望とか、そういう個人的な感覚を、他人に押しつけないでほしい。

「幽霊を信じるなんて非科学的な考え方のくせに、科学技術の誤用を推進するんじゃない」と怒鳴りかけて、「非科学的だから科学技術を誤用するのか」と妙に納得してしまったのだった。

うーん、笑えんなぁ。

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