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2013/01/17

18年と2年

阪神淡路大震災から18年。
東日本大震災から2年弱。

阪神淡路大震災から2年後、仕事で神戸に行った。
空き地が目立ち、アスファルトの路面にひび割れが残ったりしていたが、都市生活は常態に戻っていたように思う。

東日本大震災から2年が経とうとしているが、「復興」からは程遠い状況だという話を聞く。
生まれ故郷に帰れない人たち、帰る家を失った人たちは、いまどれくらい居るのだろうか。

さて、阪神淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震は、それ以前の地震学の常識を覆すものだった。
関西であれほど巨大な直下型地震が起こるとは、予測されていなかったのだ。

そして、東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震も、それ以前の地震学の常識を覆すものだった。
東北沖を震源とする海底地震が、あれほど大規模に、連鎖的に発生し、あれほどの津波被害をもたらすことは、予測されていなかったのだ。

その一方、来るぞ来るぞと警告され続け、予知可能とされていた東海地震はどうなってしまったのか?
東海・東南海・南海連動地震が起こるのではないか、予知や事前の警報発令など無理ではないか、という話すら出ている。

ここ18年の間に、地震学・地質学の常識は書き換えられてばかりいるのではないか。
実際、30年前の地質学の本を引っ張り出してみると、プレートテクトニクスは仮説だし、断層の形成や地震発生のメカニズムの説明も、最近の教科書から見ると、えらく古臭い。

造山運動とか地向斜とか、もう死語なのではないか?
プレート運動に伴う付加体の考え方など、ワシが学生のころにはなかった仮説だから、もう一度勉強しなおさなくてはならないなぁ、と思っている。

さて、原子力発電所の地下や近辺から、次々と活断層(あるいは、その疑いがある地質構造)が見つかっている。
あるいは、再検証の結果、活断層であると判断されている。

何十年も前の検査、何十年も前の「安全神話」を元に「安全だ」と判断されたものなど、どうして信用できるだろうか。

常に検証すること。
現場から学ぶこと。
自然現象を観察すること。

科学の基本を忘れて、科学技術など成り立つはずがないではないか。

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