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2012/06/21

鬱陶しい梅雨

記憶というものは妙なものだ。
先日、「憂鬱な梅雨」という作文を書かされた話を書いた。
その翌日の散歩中、「憂鬱な」じゃない、「鬱陶しい」だった、と思い出した。

子供のころは、やっぱり梅雨は鬱陶しくもなかった。
雨の日は、マンガを読んだり描いたり模型を作ったりと、それなりに遊んでいたからだ。

「鬱陶しい」という言葉で思い出すのは、オウム真理教のことだ。
最後の特別手配犯が捕まったが、直前にNHKのスペシャル番組「未解決事件」で報じられていたとおり、未解決である。
なぜ、高学歴の若者が、怪しいカルトに嵌まるのか?

上九ー色村の第6サティアンに強制捜査が入る直前まで、あちこちでオウム信者とおぼしき若者を見かけた。
秋葉原には直営のDOS/Vパソコンショップがあり、大きな声で呼び込みをしていた。
あれも「修業」だったのか、ただの営業か。

田園都市線の駅で自宅方面行きのバスを待っていると、坊主頭の若者が近づいて来た。
「あなたの健康と平安(だかなんだか)を祈ります」とか言って、ワシの頭に手をかざそうとする。
鬱陶しいので「そういうのはいらん」と払いのけた。
払いのけたワシの手には、読みかけの『サイエンス』を持っていたのだった。

しかしまあ、高学歴で独カでサリンまで作ってしまうような若者が、どうしてあんな鬱陶しい宗教もどきに囚われてしまうのか。
結局は、本人の考え方が「非科学的」で、要するに「お勉強が出来るだけのバカ」なのだろうか。

科学省とか防衛省とか、実際の省庁を模して国家を気取っていたオウム。
さて、現実の省庁には、高学歴だけど非科学的な、「お勉強が出来るだけのバカ」は、どれくらい居るのだろうね?
あぁ、考えるだけで憂鬱で鬱陶しい。

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