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2012/05/28

なぜ男性よりも女性のほうが花が好きなのか?

近所の生け垣にトウグミ(タワラグミ)が赤い実を付けていた。
渋みはあるが、食べられる。
……とは言っても、よそのうちの植木だから、勝手に取って食べて良いわけではない。
写真に撮って、我慢。

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さて、上の写真は、C型(一般型)色覚とP型色覚(いわゆる赤緑色弱)のシミュレーションである。

日本人の97%を占めるC型の人の網膜には、赤・緑・青の波長の光を感じるセンサーがある。
P型の場合は、赤を感じるセンサーがないか、あるいは感じ方が弱い。
そのため、赤と緑、ピンクと水色の識別が難しい場合がある。

上の写真をC型の人が見た場合、「C」と表示されているほうは緑の葉の間にグミの赤い実がはっきりとわかるが、「P」と表示されているほうは葉と実の色の差があまりなく、実を見つけにくいことがわかるだろう。
P型の人が見た場合には、「C」と表示されているほうも「P」と表示されているほうも、同じように見えるだろう。

哺乳類は基本的にP型で、樹上生活するサルの一部が突然変異によって赤いモノを見やすいようになったと考えられる。

男性の二十人の一人は、P型かD型(緑のセンサーがないか感じ方が弱いタイプ)である。
赤や緑を感じるセンサーの遺伝子はX染色体上にある。
男性はX染色体が1本しかない。
X染色体を2本もつ女性に比べ、そもそも色の感覚が鈍いのかもしれない。

色覚センサーは突然変異しやすいのだろう。
女性の中には、赤センサーを二種類持つ人がいる。
より鮮やかな赤を感じ、微妙な色合いを見分けることができるそうだ。

女性のほうが男性よりも色鮮やかな花を好む理由は、色の感覚の差に由来するのだろうか。

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2012/05/27

放射性廃棄物保管場所の最適地はどこか

第5の壁が失われ、むき出しとなった格納容器の黄色い蓋、その隣の使用済核燃料保管プール。
昨日公開された福島第一原子力発電所4号機建屋は水素爆発によって屋根も壁も吹き飛び、プールはシートで覆われただけの青天井となっている。

次にまた地震に襲われれば、どうなることか。
そりゃあまぁ、政府や東京電力は、大丈夫だと言うだろう。
しかしそもそも、(2011年3月11日以前は)日本のどの原発も安全なはずではなかったか?

現在停止している日本のどの原発を再稼働させるにせよ、誰がなんと言おうと、再稼働させれば確実に、使用済み核燃料は増える。
核燃料サイクルは完成の見込みは(ほぼ)ゼロだから、使用済み核燃料はすなわち放射性廃棄物である。
数万年にわたり放射線を放射し続ける廃棄物を、いったいどこに保存すればよいのか?

NUMO「 高レベル放射性廃棄物地層処分の技術と安全性 」などにも記載されているとおり、千年、万年単位で危険な物質を地下に保存しようとしたとき、大きな問題がいくつもある。

安定しているか。浸食されないか。そして、そこが危険なところであることを、後世に伝えることができるか。

真面目な話、言葉が通じるかどうかすらわからない。
文明は維持されているのか?
文書や碑だけでなく、禍々しいモニュメントが必要ではないか?

千年を超える情報伝達に有効な手段は、宗教しかないのではないか、という話もある。
邪悪な魔物を封じ込めた地下洞窟……。
相当、禍々しいモニュメントになるだろうなぁ。

さて、四つのプレートの境界に位置し、火山と断層だらけのこの国のどこに、安定した地下環境などあるのだろう?
どこでも不安定であるのなら、危険な施設であることの伝承とメンテナンスが容易なところにしてはどうか?

ということで、候補地を考えてみた。
地盤の安定性には大いに問題があるが、すでにある大深度地下施設の維持管理を続けようとするのであれば、同じことではないか、ということで……。

東京。大阪。名古屋。

大都市に核廃棄物保管施設、って、非現実的だろうか?
人里離れた山の中に、安定していて欲しいという期待を抱いて埋めるよりも現実的ではないだろうか?

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2012/05/25

胡散臭きモノ

中学生のころから第2次大戦の戦記物やノンフィクションを読み始めた。
最初は小学生のとき以来の戦闘機や戦車のプラモデル製作の延長で、要するに兵器オタクのようなものである。

だが、高校生になり、当時進行中のベトナム戦争の報道やドキュメンタリーに触れて、戦争嫌いになっていった(兵器というか、機械好きは相変わらずだが)。
戦争嫌いの目で見直すと、戦記やノンフィクションに描かれた人々の言動が理解しがたいものに思えた。

「皇国軍には慰安所などない」
「我が方の損害は軽微なり」
「退却ではなく転進」
「全滅ではなく玉砕」

どういう人が、こういうことを言うのだろう。
永らくそう思っていたのだが、今なら、その顔を見たければ、TVを見れば良いのだ、と気付いた。
原子力ムラの面々の顔を見よ。

ふつうの人たちに見える。
しかし、「福島の原発事故では、放射線で死んだ人はいない。航空機事故のほうが危険だ」などと言う人たちである。
地震や津波で被災し、身動きがままならないまま、避難区域であったがために救出されなかった人たちについてはどう考えているのだろう?
全電源喪失の対策は必要ないと言った人、オフサイトセンターに免震・放射線防護は必要ないと判断した人、巨大津波の可能性を無視した人たちは、今、何を考えているのか?

なんとか長とかの無能段階にいる人たち、手前勝手な利益誘導の上手さで出世したのではあるまいね。
そしてその既得権益を守ることだけを考えているのではあるまいね。

そんなことを思っちゃうから、「推進側」の人たちの言うことは到底信じられないのである。
何年も言い続けているとおり、「原子力発電はうさんくさい」のだ。
あの戦争へと国民を駆り立てたモノと同じように。

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2012/05/21

自然は優しくもなく、無慈悲でもない

天文学は占星術に由来する。
天体の運行が人の運命に影響を与えると考えた……というほど単純ではあるまい。
個人の運命というより君主や国家の命運を、天体が示すと仮定し、その因果関係を探ろうとしたのだろう。

もちろん、太陽の活動や小惑星の衝突は地球人類の運命に大きな影響を与えるが、こうした天文現象は予測不能だ。
予測可能な天体の運行は、人々の運命や性格とは、まったく関係ない。
誰がなんと言おうと、断じて関係ない。

2012年5月21日、日本各地で金環日食が観察された。
……されたそうだが、ワシは知らん。見てない。
午前7時30分ごろ、静岡県東部は厚い雲に覆われて、どこに太陽があるのかすらわからなかった。

しょうがないなあ。
日食グラスも買ったし、ピンホールで観察できるようにダンボール箱も用意したし、早起きもしたのに、10%くらい欠けた部分食状態しか見えなかった。

まぁ、そんなものだ。
自然には悪意も敵意もない。
人がどう感じようが関係なく、月も太陽も動くし、雲も広がる。

いくら準備しようが、見たくても見られないこともある。
自然は人の営みには無関心なのだから仕方ない。

さて、6月6日には金星が太陽の手前を通過する。
そのとき日食グラスが役立つだろうか。
それとも……。

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2012/05/20

雲骨記2(うんこつき・ツー)

一昨日の朝の散歩中、こんが畑の堆肥にスリスリしたもんで、右耳のうしろから肩にかけて、牛糞臭い。
こんなんばっかりなので、このブログの名前を「雲骨記」に変えようかと思ったことも幾度か。

それにまぁ、世の中、「糞食らえ」なコトばかりだしね。

「全員撤退とは言っていない」なら、なぜわざわざ経産大臣に電話したのか?
可能性1: ウソをついている。
可能性2: 一部撤退という、自分で判断すれば良いことまでお伺いを立てるほどパニックになっていた。
どちらにせよ、「お勉強のできるバカ」全開だなぁ。

全員撤退していたなら、制御されることのなくなった福島第一原子力発電所の1号機から3号機までの原子炉および4号機の使用済み核燃料はすべてメルトダウンし、コンクリートと反応して膨大な放射性物質をばら撒くことになったと「想定」されている。
福島第二原子力発電所も退避、放置されるのでメルトダウンしただろう。
そうなれば、放射性物質が降下するため住民が避難しなくてはならない地域は半径250kmに及ぶ。
東日本はノーマンズランドと化し、首都機能は喪失。
人的・経済的混乱のみならず、生態系への影響もどれほどのことになったか。

それを回避できたのは、現場が退避することもなく、命令に逆らって海水注入するなど、本店の意向を無視する形で対処したからだそうだ。
民間事故調の報告書には、この現場の対処は「結果オーライ」ではあるが、手放しで賞賛してはならない、と記載されている。
大規模な災害への対応を現場の独断で行うことは、本来あってはならないことだからだ。

まぁ、つまりは経営トップや官僚や専門家といった「原子力ムラのお勉強のできるバカたち」が無能であることの証明だ。
そういう連中をそのままに、原発を再稼動することなど、どうして許されると考えられるのだろうか?
まぁ、そう考えちゃうことそのこと自体がまた無能の証明であるわけだが。

どうしてそんなに、使用済み核燃料というウンコを増やしたいのかなぁ。

ちなみに、こんは昨日シャワーしたので、もう臭くない。
全身ふわふわのふかふかとなり、胸から腹にかけての白い毛は純白となった。
だが、そのふわふわの毛は、そろそろ夏毛に抜け変わる。
もうじき、使用済みの冬毛の始末に追われる季節となるのだ。

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2012/05/11

どうでもええわ

お笑い芸人が相方のしょうもないボケに対して「どうでもええわ」という。
マヤの暦の話を聞いて、ワシも「どうでもええわ」と言ってしまった。

マヤの暦によると、世界の歴史は2012年で終わるという。
……というのはウソで、あと1800年かそこいら暦は続くらしい。
というか、そもそも暦が終わっても、それは単にゼロにリセットされて新しい年が始まるだけだから、世界の終わりとは関係ない。

にもかかわらず、「この世の終わり」と騒ぎたがる連中はいっぱいいる。
自分の置かれている現状がイヤになって、それでも自分では変えられないとき、天変地異が起こってわやくちゃにしてくれることを期待するのだ。

誰しも、何かデカイことが起こって日常を打破してくれないかと思うことはある。
嵐が来たり、雷が鳴り始めたりするとアドレナリンが出るからね。
だが、現実に「天変地異」が起こってしまうと、日常を取り戻すのが大変で、平穏なのがいちばんだ、と思う。
少なくとも、社会生活を営む大人は、そう思う。

火事で学校が焼けないかなぁ、なんて思うのは夏休みの終わりの小学生とカルト教団の信者くらいのモノだ。
ちなみに、小学生とカルト教団は共通点が多い。
浦沢直樹が『20世紀少年』で描いてるけどね。

だんだん「どうでもええわ」で済まなくなってきたな。

ニュースを見ていると、政権争いやら国会対策やら原発再稼働やら、おもわず「どうでもええわ」と言ってから、いや待て、こちとら納税者だぞ、と言いたくなってくる。

そこで、やはりこう言ってやらねばなるまい。

「いいかげんにしろ」

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2012/05/10

民間事故調報告書を読み終えた

昨日、『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』、いわゆる民間事故調報告書を読み終えた。
電子書籍版を購入し、スマートフォンを使って会社の昼休みに少しずつ読んだ。
スマートフォンでの読書は、ページを押さえなくてよいので、弁当を広げながらでも快適だ。
その反面、図表の拡大に対応していなかったので、別途PDFファイルをダウンロードしなければならず、そこがイマイチであった。

さて、民間事故調報告書では、関係者へのインタビューなどによって福島原発事故の実態を調査し、その原因と問題点を検証している。
東京電力がインタビューに応じていないことから、事故の実態に関しては不明な点も多い。
原子炉や使用済み燃料プールで実際に何が起こったのかについては、政府事故調の報告書を待つ必要がありそうだ。
民間事故調報告書では、福島第一原子力発電所での事故が発生した根本的な原因を「原子力ムラ」と「安全神話」の成り立ちに求め、被害の拡大の原因を「原子力行政の無能」と断じている。

「原子力ムラ」も「原子力行政」もなんら改善・反省のないまま、「電力不足が予想されるので、原発再稼働」を主張する人たちは、この報告書を読んだのかなぁ?

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2012/05/06

黄金週間2012

前半は土日のみ休み。
後半は金土日の三連休。
ムスメどもが大きくなり、「学校が休みのときに遊びに行く」必要がなくなったので、遠出はしない。
そもそも、住んでいる場所が首都圏からの観光客が来るようなところだから、民族大移動につき合う必要を感じないのだ。

それはさておき。

5月3日(木):出社。
世の中は休みのため、不慣れなドライバーが多く、通勤時の運転がしづらい。
ゆずってもすぐに反応してくれないので疲れる。
ラジオからは「朝日新聞社阪神支局襲撃事件から25年」なんていうニュースが流れてきて、腹立たしく、さらに疲れる。

丸腰の民間人を銃で撃ち、その上逃げ隠れかい。
言論を暴力で封じようとするとは、断じて漢(おとこ)とは言えないね。
陰湿な卑劣漢(ひれつかん)、恥知らずな破廉恥漢(はれんちかん)の漢(かん)なのだろう、たぶん。

5月4日(金):三連休初日。
このところ睡眠時間が足りないので、午後にちょっと昼寝をしよう……と思ったら、4時過ぎまで寝てしまった。
日没まで玄関先の生け垣などの手入れ。
慌てて身支度をしていると、こんが「外へ出るなら一緒に出して」とうるさい。
出してやっても、ウチの前の道に寝そべっているだけなのだが。

5月5日(土):買い出し。
Adobe Illustrator とタイポグラフィの参考書、ひげ剃り、BD-RE、苗と種子、つる用のネット、ギョウザの材料などをショッピングセンターで買い出し。
昼前から昼にかけての時間帯を選んだので、道も店もさほど混んでいなかった。

午後は少し昼寝の後、ウッドデッキの塗装。
昨年の春は 3.11 直後で動揺した上、BCP(事業継続計画)のため土日も自宅で仕事をした。
秋には天候不順で機会を逃した。
そのため、こんが昼寝する場所と、カミさんが洗濯物をかかえて往復する部分は、塗装が剥げて白っぽくなっていた。
ウッドデッキの塗装やら芝生の刈り込みやら、快適な庭を維持するには手間がかかる。
時間だけでなく、心の余裕も必要なのである。

5月6日(日):雷雨。
午後に寒冷前線通過に伴う雷雨襲来、という予報があったので、午前中、カミさんと「緑のカーテン」の準備。
二階のベランダから網をつるし、下にフウセンカズラの苗を植え、種子を播いた。

フウセンカズラを買ったホームセンターで「真夏の青いスイートピー」の苗を売っていたので、買ってみた。
「緑のカーテン界の救世主」だそうだが、マメ科ササゲ属、ベネズエラ原産の植物だということ以外、よくわからない。
まぁ、モノは試しだ。

昨日、北海道電力泊原子力発電所の原子炉が点検に入ったことにより、日本で稼働中の原発はゼロとなった。
原子力発電を推進する人たちがいくら安全だといっても、停止中の原発の再稼働は難しいだろう。

……というか、地震・津波対策はもちろん、テロ対策や核廃棄物処理もキチンとできていないうちから再稼働を口にする無神経さが信用ならない。
珍糞漢(ちんぷんかん:わけのわからないことを言うヤツ)というか、没分暁漢(ぼつぶんぎょうかん:わからずや)というか……。
担板漢(たんぱんかん:ものの一面しか見ないヤツ)なのかもね。

まぁ、まっとうに勤労する一市民としては、原発ゼロの夏に備えて、節電に努めるべく、緑のカーテンを設置したわけだ。
以前、トケイソウやアサガオで緑のカーテンを作ったことがある。
しかし、真夏に勢いが弱り、虫もつき、9月になってから茂りまくるという困った状態になるため、ここ数年はシェードを張っていた。
シェードは確実に日光を遮るが、見た目の涼しさが足りない。
植物は蒸散により熱を奪うので、気温そのものを下げる効果もある。
……ということで、今年はフウセンカズラと「真夏の青いスイートピー」にチャレンジ。

だが、コンポスト(堆肥化容器)から土を抜こうとすると、こんが土を食べに来る(ミミズを食いたいのか?)。
苗を植える穴を掘れば、前足を突っ込みに来る。
邪魔なので追い立てると、昨日ワシが芝生にこぼした塗料の上に背中を擦り付ける。
……という具合に邪魔をしまくってくれた。

そのこんが、午後は読書&昼寝のワシにべったりくっついていた。
雷が鳴っていたからである。
寒冷前線に伴う雷雨が2回襲来した。

積乱雲は膨大な電力を生み出す発電装置だが、その電力を取り出して蓄えるすべは、今のところは、ない。
巨大で強力な発電装置を欲しがるのではなく、使う分だけ、使うところで発電するようなしくみを推進すべきだよなぁ、と、震えるこんの脇腹をなでながら思った。

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2012/05/01

落ち葉の季節

落ち葉の季節
落ち葉の季節は秋だけではない。

今、常緑樹の落ち葉が散っている。
常緑樹が「常緑」なのは、春に新芽を広げるときに古い葉を落とすからだ。

常緑樹も「落葉」しているのだから、その意味では「落葉樹」でもある。
だから、秋に落葉する樹木は「夏緑樹」と呼ぶほうが正しいのではないだろうか?

さて、もう少し経つと、夏緑林の代表的な種であるブナの芽吹きを迎える。
ここ数年、ブナの芽吹きを近くで見ていないので、今年は行きたいものである。

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