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2012/01/17

QOLを考える

新年は死についても考えさせられる時期である。

年末に年賀状を出そうとして、住所録を整理すると、喪中の多いこと。

去年はコチラが喪中だったのに、今年はヤツが喪中か、今年も年賀状をやり取りできないなあ、ということもある。

年が明けて、いつも来るヤツから年賀状が来ないなあと思っていると、「年末に不幸があり……」なんていう文面の寒中見舞いが届く。

「門松は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり、目出度くもなし」とは、一休もよく言ったものだ。

年末に胃癌が見つかった母は、年明けに内視鏡的粘膜深層剥離術を受けて無事退院。
発見が早かったので良かったが、癌になりやすい体質はワシにも遺伝しているだろうか。

一昨年の人間ドックで肺に影が見つかり、すわ肺癌かと思ったら、精密検査の結果血管の影だとわかった。
しかし半世紀も生きると人体にはガタがくることは避けられない。
いずれ癌になったり動脈硬化になったりすることも避けられないだろう。

問題は、そうなったとき、どう生きるか、ということだ。
正月からずっと、そんなことを考えている。

深刻な副作用のあるとしても、薬物治療や放射線治療などを受けて寿命を延ばすほうが良いのか?
ベッドに縛り付けられて生き延びるよりも、人生の残りの時間を有意義に、やりたいことをやって死んだほうが良いのか?
……どう生きることが、生活の質(QOL: Quality of Life)を高めることになるのだろうか?

もうひとつ考えてしまうのは、自分が死んだ後のこと……死後の世界とかではなくて、自分がいなくなった後の家族などのことだ。
それについては、また書くこともあるだろう。

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