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2011/12/25

年賀状のデータを3回作り直した

今年は年賀状のデータ作成にえらく苦労した。

宛名印刷には、2003年からずっと「宛名職人」を使っていた。
HP のプリンタに付属していたのだが、シンプルで使い勝手が良かった。
ところが、「宛名職人」をインストールしていた PC が突然死してしまった。
そこで PC を買い替え、ついでに「宛名職人」も Windows 7 対応の新版を買おうと思ったのだが、そのときには、2011年用しかなかった。

転居通知や喪中の連絡が来たりしているので、住所録の整理をしたいが、どうしたものだろうと考えて、家電量販店の店頭で「筆王」を買った。
「宛名職人」のデータを「筆王」にインポートしてみたが、年賀状の履歴はうまく引き継げなかった。
「宛名職人」の体験版をダウンロードして、古いデータの変換もやってみたのだが、うまく行かない。
しょうがないので、年賀状履歴は手入力した。

ところが、「筆王」が使いづらいのだ。
いや、いろいろと工夫されていて、初心者にも優しく作られているのだろうが、ワシには合わなかった。

いやはやどうしたもんだ、と悩んでいるときに、「宛名職人」の2012年版が発売されたので、ダウンロード版を購入することにした。
「筆王」のデータをインポートすると、やはり年賀状の履歴は引き継げない。

仕方がないので、古いデータをまた変換して、2011年の履歴を追加した。
これで住所データを都合3回作り直したわけだ。

それだけでは済まなかった。

裏面、というか画像を作るのにまたまた苦労した。

Adobe Illustrator を使って作ったのだが、Windows 7 での動作が保障されていないバージョン 8 である。

さあできた印刷しよう、と試しに 1 枚印刷すると、ネットワーク越しのインクジェットプリンタからキレイに出力できた。
よしよし、では次に 19 枚印刷しようとしたら、1 枚出力したところで終了してしまう。
エラーメッセージも何もなしに、印刷ジョブが終了してしまうのだ。

Illustrator を再起動すれば直るかも、と考えて一旦閉じて、保存しておいた年賀状の画像データを開くと…… Illustrator の起動直後、Windows から警告が。
Illustrator が異常終了したという。

Illustrator は起動するのだが、年賀状を開くと、落ちる。

原因がわからないので、Windows を再起動。
やはり、年賀状を開くと、Illustrator が異常終了する。

仕方がないので、データを作り直す。
作り直したデータを保存してから印刷してみると……プリンタにデータが送れない。

原因は、ネットワークエラーだった。
Windows 起動時に、ネットワークドライバが正常に読み込めなかったらしい。
起動時にはそういうメッセージはなかったが、不具合の診断をしてみたら、そういうことだった。

Windows を再起動して、さっき作り直したデータを開こうとすると…… Illustrator が異常終了する。

またか!
……仕方がないので、データを作り直す(2回目。最初に作ったものを含めると、3回目)。

念のため、データを Illustrator 形式のほかに、リンク画像を埋め込んだ EPS 形式と PDF でも保存しておいた。
そして印刷。
……やっぱり 1 枚ずつしか印刷できないが、しょうがない。
100 枚印刷するのに、[Ctrl]+[P] を 100 回押して、印刷完了。

データファイルを一旦閉じて、再度開こうとしたら、Illustrator は異常終了した。
EPS と PDF は問題なく開いた。
……ということは、画像をリンクしていることに問題があるようだ。

うーん、まぁ、Windows 7 で Illustrator 8 を使っていること自体に問題があるのだが、パーソナルユースなら 8 で機能は充分なんだけどなぁ。

それにしても、アプリケーションの互換性や OS との相性で何度もデータを作り直させられるとは。

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その嘆きは、忠誠心はホンモノか?

「敬愛する将軍様」を亡くし嘆き悲しむ人々の映像がテレビ画面に映し出される。

その映像を見て浮かんでくる疑問は、その嘆きはホンモノだろうか、ということだ。
本心から、嘆き悲しんでいるのだろうか?
そうしないと罰せられるからとか、白い目で見られるからとか、そういうことはないのだろうか?

イヤなに、わが日本も二~三世代前は、「非国民」と言われることを恐れて、本心を口にできない世の中だったからね。

今でも一部の自治体では、(強行採決で決まった)国歌斉唱時に起立しなかったという理由で教員を処罰するのだから、かの国よりどれくらい民主的なのか、ちと考えてしまうのだがね。

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2011/12/20

自炊覚え書き

自炊している(手持ちの書籍などから自前で電子書籍をつくっている)と話すと、いちいち本を開いてスキャンするのは大変でしょう、と言われる。
皆さん、フラットベッドスキャナ(とか複合機とか)でのスキャニングを想像するようだ。

いやいや、そうではなくて裁断機でばっさりと背を切り離して、ドキュメントスキャナで一気に100ページくらい読み込んでPDFにしちゃうんですよ、と言うものの、やはり口頭での説明で難しい。
そこで、自炊の過程の写真を載せておこうと思う。

まず、裁断機(断裁機)。
コストパフォーマンスを考えて、プラスの PK-513L を買った。

Pc180306s

100ページを超えるA4判書籍をばっさり断裁できるので、どっしりしている。
重さが 13kg あることはスペック表を見てわかっていたが、ハンドルの高さが 435mm にもなることは失念していた。

Pc180307s

こんな具合なので、購入を考えている人は、置き場所を確保しておく必要がある。

また、中綴じ製本などに使われている綴じ金具(ホチキスの針のようなもの)を断裁してしまうと、刃がこぼれるので要注意。
ちなみにワシは自炊初日に調子に乗って中綴じの雑誌を金具もろとも断裁してしまい、刃の一部が欠けてしまった。

次のように、LEDで断裁位置(カットライン)を表示することができるので、針に刃がかからないか、必要なコンテンツが欠けてしまわないか、確認しよう(次の写真の印刷物は今は珍しくなった平綴じである)。

Pc180308s

ちなみに、糊(ホットメルト)で綴じている無線綴じなら、背から 5mm 程度のところで断裁すれば簡単だ。
ペーパーバックなら、140ページあってもこのとおり。

Pc180312s

断裁してページをばらばらにしたら、ドキュメントスキャナにかける。
ワシは一挙に50枚(100ページ)セットできる富士通(PFU)の ScanSnap S1500 を使っている。

Pc180300ss

シートフィーダやトレイを全部畳んでおくとこんな具合で、コンパクトである。
シートフィーダを開くとスイッチが入る。

Pc180301s

展開するとこんな具合。
原稿を上のシートフィーダにセットし、青く光っているスキャンボタンを押すと、あらかじめ PC で設定したモードでスキャンして PDF ファイルを作成する。

読み取りモードは、カラー/モノクロ、両面/片面、解像度などいろいろ設定できる。

断裁した本は、セットして読み込むのにそれほど手間取らない。
スミ1色の印刷でも、写真があるページはモノクロではなく、グレースケールで読み込むなど、多少は試行錯誤して確認することが必要だ。

ワシは、書籍以外に手書きのメモやらガリ版刷りのわら半紙やら、変色して臭くなって捨てたいけれど重要な情報が載っていたり懐かしかったりする文書も電子化している。

裏返しにセットしているので真っ白けだけど、こんな具合。
多少黄ばんでいても、しわや折り目があっても、なんとかなる。

Pc180302ss

B5 判や A3 判のプリントなどの場合、「A3 キャリアシート」を使うと、見開きの画像になる。

Pc180303s

こんなに変色していても、印刷がくっきりしていれば、問題ない。

Ski_doc

ちなみに、これは 35 年も前に「ボールペン原紙」に書いた原稿をわら半紙に孔版印刷したものである。

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2011/12/19

溝の中のネズミ

昨夜の散歩中、公園の上の道でこんが急に勢いよく走り出した。
何か「獲物」を見つけたな、と思ったら、歩道脇の側溝のグレーチング(鉄の格子)を覗き込んでクンクン言っている。

懐中電灯で側溝の中を照らして見ると、予想通りネズミが居た。

Dsc_0062s

ドブネズミにしては小さく、幼獣でもないようなので、クマネズミだろうか。

中を覗き込んでキューキューと鳴き、グレーチングをカリカリと掻いて、こんはワシの撮影を邪魔する。
こんを押しのけて側溝の中を再び見たところ、ネズミの姿はなかった。

この側溝はほかの側溝と合流して、数百メートル先の調整池につながっている。
雨が降らなければ中は乾いているので、ネズミは出入り自由だろう。

 

この側溝の底には、雨水とともに流れ込んだ泥が積もっている。
いまは乾いているが、この泥は周辺の土に由来するもの以外に、雨粒(雲粒)の核になっていた塵も含まれている。
3月11日以降に降ってきた塵の中に、福島第一原子力発電所の核燃料に由来する放射性物質が含まれる可能性は、ゼロだろうか?

 

半月前に足尾から帰路についたとき、雑木林の落ち葉を掻いて集めている人々を見かけた。
最初は除染活動かと思ったが、マスクをしたり防護服を着たりしているわけでもなく、ふつうの農家のおじさんやおばさんが籠に積めていただけだった。
おそらく、毎年やっている通り、畑に運んで堆肥にするのだろう。

 

だが、群馬県北部は3月15日、放射性物質を含む雲が通過したはずだ。

 

あの落ち葉には、放射性セシウムが付着していたのではないか?
あのおじさんやおばさん、そして畑の作物は、汚染しなかっただろうか?
……ちょっと気になっている。

 

まったく、要らんと言ってるのに原子力発電所を作って安全だとうそぶいて、リスクマネジメントをしくじった挙げ句、人々の「普通の生活」を台無しにするとは、なんて余分なことをしてくれているのか。
しかも、ワシの給料から天引きされた税金と支払った電気料金を使って。
金返せだぜ、まったく。

 

大本営発表、じゃなくて政府の発表によれば「事態は収束した」そうだが、あくまで、政治的には収束したことにしたい、というだけのことだろう。
科学的に「収束した」ことにしたければ、原子力発電に批判的な科学者による調査が行われなければならない。
それに、日本には「メルトダウンした原子炉の専門家」なんて居ないわけだから、だれも責任を持って「もう大丈夫」とは言えないはずだしね。

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2011/12/12

SOS原子力旅客機

1964年のSFドラマ(というか人形劇?)「サンダーバード」第1話のDVDを見た。

原子力旅客機の着陸脚に爆弾が仕掛けられ、着陸すると爆発し、周囲を汚染するおそれがある、という緊急事態に、国際救助隊が出動する話だ。

ロンドン発東京行き(!)のこの旅客機の燃料は原子力だから、滞空するだけなら6ヶ月もつが、放射線シールドが2時間しかもたず、乗員乗客が被曝する。
ちなみに、放射線シールドとして、普通はぶ厚い鉛板を用いると思うが、それでは重くて飛べないので、2時間しかもたない別の素材を使っているのだろうね。

いやはや、SFサスペンスとしては、ちゃんと考えられた設定だが、そんな危険な乗り物に運行許可が下りるはずないよねえ。

国際救助隊の創設者、元宇宙飛行士のトレイシーさんは「あれは素晴らしい飛行機だ」とか言っていたが、当時は「原子力=素晴らしいモノ」だったのだ。

もちろん、その後、原子炉は危なすぎる上に重すぎるので、飛行機に使うことなど誰も考えなくなった。

あと何年かしたら、原子力を発電に使うことも、危なすぎる上に経済的に割に合わなくて、誰もやりたくなくなるのではないだろうか。
核兵器の原料が欲しい輩を除いて。

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2011/12/11

ドライブレコーダー

昨晩、月が欠け始めるころから雲が出てきて、皆既月食は見られなかった。
日付が変わって(今日になって)部分食の終わるころ、雲が晴れた。
……何かのいやがらせか?
今日は一日、よく晴れたし。

2011_12_11_120050_f294

さて、車にドライブレコーダー(エレコムの LVR-SD100BK)を付けた。
上の写真はその画像である。
エンジンスタートで、以後自動で動画を録り続ける。
SDカードに記録されるので、PCで動画を確認したり、静止画に書き出したりできる。

上の画像では、前のほうの車から落ちた(?)赤い風船が追い越し車線を跳ねていて、それを少し避けようとしているところである。
大きく避けたら、走行車線を走っている車とぶつかってしまう。
……というあたりのことが、よくわかる。

動画をPCで見ていると、実際に運転しているときより怖い。
免許の更新のときのビデオを見ているようで、はらはらする。

さて、上の画像では、風船だけでなく道路の継ぎ目も迫っている。
このような道路の継ぎ目で跳ねると、ドライブレコーダーの衝撃感知機能が働いて、その前後の動画ファイルが上書き禁止となる。
衝撃感知機能が働くと、ドライブレコーダーは「ピピッ」とアラーム音を発する。
デフォルトの0.7Gだとしょっちゅう「ピピッ」と言うので、0.9Gに設定している。
それでも、道路の継ぎ目や踏み切りなどでは、「ピピッ」と怒られる。

えーと、0.9G は 883 ガルだから、浜岡原子力発電所の耐震基準である 600 ガルの約 1.5 倍である。
えー……、これくらいの振動で、原発って壊れちゃうんだ……。

そして、この青空に、放射性物質を撒き散らしちゃうのか、などと考えると、ものすごく腹が立ってくるんですけど、どうしたら良いでしょうか。

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2011/12/09

環境を蝕むもの

足尾の北側には太平山、社山、半月山の山稜が並び、その向こうは日光・中禅寺湖である。
下の写真の左側に遠く、青く見えているのは男体山だ。

Pb260252s_20210918180501

足尾の北側の山並みは、ブナの林やササの原に覆われている。
足尾の岩山は、じつに豊かな日光の自然環境に接しているのである。

Pb260239s

足尾銅山の精錬所跡から北西方向、松木沢沿いの山には、森林がない。
数十年にわたる緑化事業によって、部分的に低木の林や草地ができてはいるが、まだまだ荒涼としている。

なぜこのような荒涼とした風景になってしまったのかは、ご存知のとおり。
精錬所から排出された亜硫酸ガスによって植物が枯れ、表土が流亡(りゅうぼう)してしまったからだ。

そのため、松木村の人々は田畑を放棄し、集落は消滅した。
今はわずかに残る墓碑が、かつてそこに生活の場があったことを示すだけだ。

Pb251156s

30年前には田畑の畔や家の土台の石組みが残っていたのだが、現在は緑化工事の作業場や作業道が建設され、消滅している。

足尾の銅山は、民間企業が国策に乗っかって栄えたものだ。
環境への影響など考えずに国策に応えた結果、うさぎ追いしかの山はハゲ山となり、小鮒釣りしかの川は魚の棲めない毒の川となった。

この図式は、いま東日本の環境を蝕んでいる福島第一発電所の事故と似ている。

うさぎ追いしかの山をゴルフ場にし、小鮒釣りしかの川を三面張りにしちゃった挙げ句、田畑や山林をセシウムまみれにしてしまった責任は、誰にあるのか?

この期に及んで、汚染水を海に放出するとか言ってるが、そう言っている連中は海の環境に関してはシロウトではないのか?
海の専門家である漁師さんたちが怒るのは当たり前である。

……こうしたことについて考え始めると腹が立って仕方がないので、ちょっと止めておく。

その代わり、一つの不気味な図にリンクを張っておく(出典: 早川由紀夫の火山ブログ)。

http://gunma.zamurai.jp/pub/2011/route930.jpg

3月15日の飯館ルートのフォールアウトは、足尾上空も通過しているのだ。

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2011/12/06

足尾往還で不可能事を知る(4)

不可能となったことを並べ立てるのもこれが最後。
不可能と言ってもあんまりネガティブでないのは、読んでいただければわかるとおり。
まぁ、人生とはそういうものだから仕方がない。
不可能なことが増えるのは当然なのだから、無理をしないようにしようと反省・自戒するための記事である。

……ということで、調査を終えて山を降りてからの話。

川原にぐるりとテントを張って、その真ん中に石を組み、焚き火を囲んだのは昔の話。
山中の駐車場に車を駐め、焚き火台を置いて持参した薪やそこいらの枝を燃やして暖をとる。
料理は、炭火で魚や肉を焼いたり、ガスコンロで鍋ものを作ったり。

調理しつつ飲む。
焼けたり煮えたりしたものを回し、酒瓶を回す。

Pb270273s

上の写真は一晩明けた朝の様子で、寒いので再び焚き火をしているところ。

キロ単位で肉を食って酒を飲んで歌い、朝には灰のまわりにビールの空き缶や一升瓶やワインやウイスキーのボトルがごろごろしているような光景は、ここ10年以上見られない。
もはや、夜更けまで飲み食いすることなど不可能だ。

年寄りはちょっと飲むとすぐに眠くなってしまうのである。
それに、ちょっと食べると腹がいっぱいになってしまうし。

そういうわけで、オリオン座が頭上高く上るころには、そろそろ寝ようか、ということになる。

オールシーズン用の寝袋を二重にして寝る。
若いころには暑いので靴下を脱いだりしたものだが、今やオーバーズボンを穿いたまま寝ようかどうしようか悩むくらい寒がりになった。
自由の利かない寝袋で寝ることに逆に開放感を感じていたのも昔の話で、布団の重みが欲しかったりする。

そしておまけに、オシッコに起きずに朝まで過ごすことなど不可能となってしまったのだった。

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冬の蝶、冬の花

地域防災訓練のあった日曜日、穏やかに晴れて、テント組立などの作業をすると汗ばむほどだった。
この暖かさのためか、1匹のツマグロヒョウモンが舞っているのをみつけた。
花の少ないこの時期にどうするのだろうと思っていたら、冬の花のひとつであるヤツデにとまって吸蜜していた。

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冬の暖い日に、タテハチョウが舞う姿はよく見かける。
日本原産のタテハチョウ類には成虫で越冬するものも多いので、不思議はない。

しかし、熱帯原産のツマグロヒョウモンは、通常は幼虫や蛹で越冬する。
日曜日に飛んでいた個体は、越冬しようとしていたのか、あるいは蛹から羽化したばかりだったのか。

蛹から羽化したばかりだったとしたら、今日の寒さで死んでしまっただろうか。
それとも、温帯の冬に適応して、成虫で越冬するように進化するのだろうか……。

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2011/12/02

足尾往還で不可能事を知る(3)

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午前9時から午後3時まで、定点観察ポイントに陣取って、ニホンカモシカを探す。
双眼鏡であたりをなめ、あやしい影を見つけたら、フィールドスコープで確認する。
あれはカモシカかな? と思ったものは、岩だったり、その影だったり、切り株だったり、草むらだったりする。
かつては各観察ポイントで最低2〜3頭、全体で20頭ほどが観察できたこのフィールドは、ここ10年ほど、1頭も見ずに調査を終えるようになってしまった。
もはやこのフィールドでニホンカモシカを見ることは不可能なのだろうか?

Pb260246s

ニホンジカはたくさんいて、子連れの群が憩っていたり、斜面で草を食む合間に腋の下をなめてみたり(上の写真)、立派な角を持ったオスジカがメスの群を追ったりしている。
ニホンザルの群も右往左往しているし、ツキノワグマの痕跡もある。
大型哺乳類にとっては暮らしやすい環境だと思うのだが。

シカは白い尻が目立つし、サルは動きが目立つだけでなく互いに声を掛け合うので、見つけやすい。
だから、加齢により視力(というか分解能というか)が低下したのだろうか、とか、野生動物を見つける勘が鈍ったのだろうか、とか考えてしまった。

ほかのメンバーも見つけられずにいるのは、皆年取ったからか?

しかし、うずくまって尻の隠れたシカを見つけたし、ワシのいる山頂と同高度を飛行するイヌワシの幼鳥も(肉眼で)見つけたから、視力も勘もさほど鈍っているとは思えない。
やはり、カモシカが移動してしまったのだろう。

「肉眼で」と書いたが、双眼鏡もフィールドスコープも使わなかったというだけで、本当の肉眼ではない。
ワシは近視なのでメガネをかけているからだ。
裸眼では20メートル先のシカにも気付かないだろう。

メガネをかけているので、双眼鏡もフィールドスコープも接眼部をメガネ用にしている。
ところがここ数年、遠近両用メガネに変えてから、困ったことが起こっている。
視野の真正面を見ているときは良いのだが、視野の下のほうを見ようとするとぼやけるのだ。
メガネの下半分が近距離用になっているからだ。

近眼の上に老眼が重なると、ピントを調節可能な範囲が極端に小さくなる。
そのため、一眼レフのファインダーを覗いてマニュアルフォーカスでピントを合わせるのがとても難しい。
もはや一眼レフで本格的に写真を撮るのは不可能とあきらめて、スナップ写真を楽しもうと考えている。

その夜、空は晴れ渡って満天の星。
スマートフォンでGoogle Sky Map を使って調べると、月は太陽の近くにあって夜の間は姿を見せない。
天の光はすべて星、しかも太陽以外の恒星と惑星、そして月以外の衛星の光だけである。

久々の天の川を双眼鏡で見る。
星、星、星の間にまた星。

フィールドスコープを持ち出して木星を見る。
四つのガリレオ衛星……イオ、ガニメデ、エイロパ、カリスト……が、木星の左に2個、右に2個見えた。

ところが肉眼では、すべてがぼやけて見える。
プレアデス星団(すばる)も、にじんだ光の塊だ。

オリオン座がよく見えたので、冬の大六角形を探す。
星が多すぎて、かえってわかりにくい。

ぎょしゃ座のカペラはどれだろう、と Google Sky Map を表示したスマートフォンを頭上にかざす。
すると遠近両用メガネの近距離用の部分からスマートフォンがはずれてしまうので、星図がよく見えない。

スマートフォンのおかげで正座早見盤を持ち歩かなくて良くなったと喜んだのだが、高度の高い星と画面を同時にハッキリ見ることが不可能だとは!

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2011/12/01

足尾往還で不可能事を知る(2)

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なんとも情けない荒れてぼろぼろの手だが、この手の甲の引っ掻き傷は、イバラにやられたものだ。
足尾でニホンカモシカの生息頭数のために名もない山に登ったときのことである。

定点観察ポイントまでの道(作業道)は荒れていた。
防鹿柵にすがらないと前へ進めないところもあった。

Pb260228s

この防鹿柵がまた、支えにもなったが邪魔もしてくれた。
背負っていたザックの脇に三脚をくくりつけていたのだが、その三脚の頭(雲台)がワイヤーに引っかかったのだ。
前にも進めず、後ろにも下がれない。
進退きわまった状態になって少し考えた。
幸い、足元は幅・長さとも1メートルくらいは安定している。
ザックの負い紐から腕を抜き、ザックを抱えて三脚を柵から外し、一度ザックを足元に置いた。
三脚にフィールドスコープ、カメラ、防寒具、昼食、湯の入ったポットやらで、ザックの重さは10キロくらいはあるはずだ。
そのザックをやっこらしょと背負い直し、また登り始める。

足場がしっかりしていれば良いが、浸食されて柵の土台が浮いていたリ、道がなくなっていたりするところもあった。

崩れないように岩場全体を金網で覆ってあるところでは金網をつかんで四つん這いになって登り、頑丈な柵で仕切られていれば柵によじ登り、五十路も半ばのオヤジに何をさせるのだ、と思いながら尾根上を進んだ。
尾根上にはススキやエニシダが茂っていて進路をふさぐ。
邪魔なので手の甲で押し退けると、間にイバラが隠れているのだ。

足もとが心もとなくて、手に傷を負うことなど気にしていられなかった。

しまいには、エニシダもススキもイバラもなくなり、ガレ場(細かい岩くずの斜面)を行かなくてはならなくなった。
若いころは、ガレ場を崩れるよりも速く登る、なんてことをやったものだが、もはや不可能だ。
ガレ場を横切るシカの踏み跡の上を慎重にたどり、最後の1〜2メートルだけ跳んだ。

Pb260260ss

そうやってようやくやってきた経路は、写真に加えた黄色い矢印のような具合だ。
東側の久蔵沢に面した斜面は緑化の効果で草や低木に覆われている。
西側の松木沢に面した斜面は、いまだに草木も少なく、崩壊が著しい。
今年の地震や台風の影響もあったのだろうか。

何とか登ってはきたものの、このルートを「前向きに」降りるのは不可能だ。
十年くらいまえまでなら、なんとかなっただろう。
膝ががくがくしてすばやく反応できない今となっては、不可能だ。

かといって、後ずさって「後ろ向きに」降りるのは現実的ではない。
久蔵沢側の、ヤシャブシの生えた尾根を伝って下りることにした。

頂上に立ち、下山ルートを決めたところで、カモシカを探し始めることにした。
そこでまたいくつかの不可能事に思い至るのだが、それはまた明日書こう。

Pb260239s
▲西側の眺め(TG-810のパノラマ機能で撮影)

Pb260241s_20210918181701
▲北側の眺め(TG-810のパノラマ機能で撮影)

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