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2011/11/04

レッテル貼り、じゃなくてタグ付け

レッテルを貼る、という言葉は死語になったのだろうか。
ラベルを貼る、レーベルを貼る、というと何だか意味が違ってしまうし。

より今っぽい言い方にすれば、タグ付けか。
Webコンテンツにしろ、Evernote のようなノート管理アプリケーションにしろ、デジタルカメラなどの画像データを管理するアプリケーションにしろ、データを管理するときには無理やり分類するより、複数のタグを付けておく。
複数の視点で検索できるので、より適切にデータを取り出すことができる。

「人」についても、右翼だとか左翼だとか夢想家だとか現実主義者だとかに分類するよりもレッテル貼り、じゃなくてタグ付けしておくほうが良いと思う。

例えば、「良い人」というタグと、「潜在的人種差別主義者」なんていうタグの両方を付けることもあるだろう。
いろいろ気遣いしてくれるんだけど、血液型性格診断が好き、なんていう人の場合である。

そんなわけで、「よき家庭人」や「有能な組織人」などのタグとともに、「本質的に無責任」とか「想像力に欠ける」とか「現実よりもこうあって欲しいという思いにこだわる」とか「命より金なのか」とか「核兵器が欲しいのか」とかいったタグを付けたくなる人たちが、どうも少なからずいるようだ。

だって、福島第一原発があんな具合で、まだ核分裂生成物が生成され続けているのに、停止中の全国の原子力発電所を再稼動させたいと思っている人がいるわけだよね?
途上国に原発を輸出したいとか?

……今回検出されたキセノン133は半減期が5日である。
およそ50日で1000分の1、つまりミリシーベルト単位の被爆量がマイクロシーベルト単位になるくらい、急速に減っていく放射性元素である。
それが今も生成され続けているのだ。

メルトダウン(炉心溶融)を起こした1号機、2号機、3号機では、融けて制御不能の塊となった核燃料が圧力容器の底を抜いて、原子炉格納容器(「五重の壁」の中の四番目の壁)の底にたまり、今も核分裂反応を続けている。

そういう現実があるのに、原子炉を再稼動させるのかね?

この美しい国土が放射性物質に「さらに」汚染されるという事態を想像できないのかなぁ。
数万年も保管しなければならない放射性廃棄物を生み出すことについて責任を感じないのだろうか。
数万年後、世界や文明が今のまま続くなどという幻想を抱いているのだろうか。

ちなみに、「本質的に無責任」や「想像力に欠ける」や「現実よりもこうあって欲しいという思いにこだわる」というタグが付いた人が上司やリーダーになったら、部下やプロジェクトメンバーは悲惨である。
経験者なら、わかるよね。

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