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2011/08/16

歴史のパラドックス

終戦の日が過ぎた。
戦争を体験した世代は、「終戦じゃない、敗戦だ」という。

しかも、ポツダム宣言を受諾し、戦争が終結したことを国民に知らせる「玉音放送」が流れたのが8月15日であって、実際の終戦はその前日である。
つまり日本政府がポツダム宣言の受諾を決定し、連合国側に通知したのは8月14日なのだ。
14日夜に「玉音放送」を録音したレコード盤をめぐる騒動があったことは、映画やドラマで知るとおり……。

だが、戦後66年、まだまだ新事実が出てくるようだ。

「過去のできごとは、時間が経過するほど、未来へと遠ざかるほど明らかになる」という、歴史のパラドックスがある。
隠されていた、あるいは忘れ去られていた資料が出てきたり、科学的な分析方法が進歩して新事実が発見されたりするからだ。

数十年前のこともはっきりわからないのに、数千年前、数万年前のことを、どうやって知るか……。

少なくとも、地下に埋もれているモノならば、何とか調べようがあるだろう。
……と思っていたが、なかなかそれも難しいらしい。

沖積大地の下に埋もれた断層、火山の下に埋もれた破砕帯。
……なんてものについて考えると、座っている尻がむずむずしてくる。

石黒耀の小説『死都日本』『震災列島』『富士覚醒』を読んでいると、むずむずを超えて、冷や汗が出てくる。
いま住んでいるところも、プレート境界面の上なんだよなぁ。

いや、日本列島はプレートの境界にできた「しわ」と、隙間から噴き出した溶岩の山と噴出物の丘からできていて、プレートにたまったストレスが解放されるたびに大きく揺れ、津波に洗われる。

そういうところなのだ。この国は。
逃げ場はない。

戦争とか、原発の再稼動とか、そういうことを考えている暇も金もない。
災害は必ず起こるのだから、起こっても被害を最小限に食い止め、復興が容易な国家にしたほうが良いのではないか?

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