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2011/08/11

『死都日本』を読んでいる

夜、こんと散歩に出ると小学校のサクラの木の上で虫が鳴いていた。
リーリー、という感じだが鳥のように甲高い。
アオマツムシだろうか?

イネが穂をはらんだ田んぼには、水が張られてカエルが戻ってきた。
田んぼの上を渡ってきた風は、独特の匂いがする。
その匂いが好きなのだが、どういう匂いなのか説明するのが難しい。

何の匂いだろう、と考えていて思い出したのは、籾殻(もみがら)の匂いだ。
今の子供は知るまいが、ワシの子供のころ、夏に昼寝のときに使っていた枕に入っていたのが籾殻か蕎麦殻(そばがら)だった。

まだ緑色で、花を咲かせるころなのに、もう籾殻の匂いがするとは。
イネとは、不思議な植物である。

早生(わせ)の稲は、台風の季節の前に収穫期を迎える。
宮崎県霧島山系の麓、高原町に住む友人の田んぼは、どんな具合だろうか。
新燃岳の噴火も落ち着き、恐れていた土石流も何とか起こらずに梅雨を過ごせた、とは聞いているが……。

……ところが、いま読んでいる小説『死都日本』では、その霧島山系が破局的噴火によって吹き飛んでしまう。
高原町は口絵の地図には載っているが、本編では一言も語られないうちに、都城市が火砕流に飲み込まれてしまう。
当然、その前に高原町も火砕流か火砕サージに吹き払われてしまっているだろう。

なんてこった。

あくまで、三十万年間沈黙していた加久藤(かくとう)火山、霧島山系の火山全部がその中にすっぽり入っている巨大なカルデラが噴火し、霧島山系そのものを吹っ飛ばしたら、という想定だが。
まだ読んでいる途中で、すでに都城市は厚さ140メートル、平均温度550℃の火砕物の下に埋まり、鹿児島市も厚さ40メートルの堆積火砕物の下になっている。
噴火から数時間で、二百万人が死んでしまうのである。

著者の石黒耀は淡々と記述しているが、まったくのところすさまじい災害である。
もちろん、絵空事とは言い切れない。
日本列島とは、地球とは、そういう物騒な場所なのだ。

つい5ヶ月前、津波という「自然」の圧倒的な力の前になすすべもなく波にのまれ、押し流されていく車や家を見た。
あの映像を見ていたときのように、この小説を読んでいると体の中で何かが、きゅん、と縮むような気がする。
胃なのか、心臓なのかわからない。
何かが、きゅん、と縮んで小さく硬くなるような気がするのだ。

それにしても、大火砕流に備えて川内原発の核燃料を抜くとか、重さ3トンの劣化ウラン弾を衛星軌道から原発に落としてメルトダウンさせるとか、ジャンボ機を乗っ取って原発に突っ込むとか、物騒な話もいろいろ出てくる。
曇りのない思考力と想像力を持っていれば、原子力発電所が「安全」なはずがないことは、明らかなのだ。
ちなみに、『死都日本』は2002年に刊行されている。

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