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2011/03/29

星空の下、「故郷」を歌う

冬の星座は西に傾き、シリウスもそそくさと沈んでいく。
南の空高くしし座がのぼり、東の空でアークトゥルスと土星が明るさを競う。

震災以来、節電のために町の灯りが暗くなったせいか、星が明るいように思う。

節電の効果か、計画停電を実施しない日が続く。
やっぱり、原子力発電なんていらないんじゃないの?
みんなが少し節電すれば。

ただでさえ、地震と津波でたいへんなところへ、福島第一原子力発電所がメルトダウンを起こして放射性物質を撒き散らしている。
まったく、余分なことをしてくれたよなぁ。
その余分なことを何とかすべく、現場では頑張っているのだろうが、サラリーマンなんだから、無理しないように。
原子力発電を推進して儲けてきた人たちにこそ、何とかしてもらえないものだろうかねぇ。

そうそう、東京の水道水から放射能が検出されたとき、もちろん、原子力発電を推進してきた人たち(前政権の支持者とか)は、水道水を飲み続けたよね?
まさか、水を買い占めようとしたりしたら、(以下暴言になるので自粛)。

一昨日、飲み会のあとに散歩に行ったので、こんに引っ張られてふらふら歩きながら、歌をくちずさんだ。
ワシは音痴らしいので(もちろん自覚はない)、一人で酔っ払ったときしか歌わない。
「山賊の歌」とか「新人哀歌」とかいった山の歌をうたっているうち、ふと「故郷」を思い出して歌ってみた。

震災後、避難所になっている中学校の卒業式で、卒業生が「故郷」を歌ったというニュースを思い出して、涙が出てきた。
そうだよ、やっぱり、「故郷」を国歌にしよう。

今日、飲み会の残金を、日本赤十字社に寄付してきた。
いまのところ、できることはこれくらいしかない。

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2011/03/21

ポイントを募金した

腰痛持ちの中年にもできる支援とは何か、と考えた。
とりあえず13日に@nifty Web募金で「東北地方太平洋沖地震災害救援金」に募金した。

すると、14日、アウトドアウェア/ギアのモンベルから来たメールに、「モンベルクラブ・メンバーズポイント交換・寄付」ができる、とあった。
モンベルのアウトドアショップで商品を購入したときのポイントがいくぶんたまっていたので、それを募金した。

ポイントはオマケであるから、まったく惜しくない。
そのポイントがひとの役に立つのはとても良いな、と思った。

いちばんポイントがたまっているのはドコモなので、そのポイントが募金できれば(ワシとしては)大きいのだがな、と考えながら20日にドコモのサイトを見たら、ドコモポイントによる義援金の受付が始まっていた。

同じ20日、UCカードからもメールが来て、永久不滅ポイントを募金できるという。

……ということで、ポイントは(端数を残して)全部使った。
さて、次はどうするか。

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2011/03/20

家庭内配線12ボルト化計画

家庭内のコンセントやOAタップは、ACアダプタだらけである。
ACアダプタは、交流100Vの商用電源をDC(直流)12Vや9Vや5.5Vに変換するものだ。
家庭内の電化製品をよくよく見てみると、AC100Vでなければ動かないものはわずかだ。
ほとんどは、DC12Vかそれ以下で動く。

モーター類や白熱電球には、AC100Vが必要だ。
しかし、白熱電球はLED照明に駆逐されつつある。
だから、冷蔵庫・洗濯機・掃除機・エアコンのためには、100V電源が必要だとして、ほかの家電用の電源は12Vで良いのではないか?

12Vの配線を家庭内に張り巡らせれば、ACアダプタが不要になる。
ACアダプタは、コンセントに差し込んでいるだけで通電し発熱しているから、エネルギーのロスである。
家庭内の配線を12V化することで、省エネルギーに貢献できるのではないか。
太陽電池やバッテリーとの相性も良いはずだ。

冷蔵庫・洗濯機・エアコンのためには100V(または200V)の電源が必要だが、位置は固定的なので、水道やガスなどと同じ感覚で設置すれば良いだろう。
掃除機もバッテリー駆動にしてしまえば、家庭内のあちこちにACコンセントを用意する必要はない。

代わりに12Vのコンセントを用意する。
5.5Vや6Vや9Vの機器には変圧するアダプタが必要だが。
12Vの家庭内配線は、太陽電池パネルやバッテリーと接続し、インバータを介して100VのAC電源とも接続する。
小規模なスマートグリッドにしたいのだが、さて、この「計画」、どうやって実現させれば良いだろう……。

今の家をリフォームするとき……って、まだローンも払い終わってないしなぁ。

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2011/03/18

日本の電力網はスマートなのか?

昨年だったか一昨年だったか、スマートグリッド(賢い電力網)が話題になったときに、「日本の電力網はすでにスマートなのだから、スマートグリッドは不要」という意見が、電力業界から出ていた。

東京電力管内では,1軒当たりの年間停電時間は平均4分で,「約90~100分の米国に比較して1/20以下」

……であるからして、充分なインフラが整っている、というのである( 日経エレクトロニクス雑誌ブログ『「日本にスマートグリッドは不要」と言われる理由』http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20090601/171043/より)。

そうかなぁ?
上記記事でも指摘されていたように、停電対策は充分かもしれないが、一般家庭の太陽光発電、電気自動車への充電とバッテリからの給電、等々、小規模な発電設備への対応は未整備だそうだ。

今後、原子力発電はダメとなると、太陽光発電や風力発電などの、いわゆる再生可能エネルギーによる発電に比重が移るだろう。
各家庭の太陽光発電だけでなく、コジェネレーション・システムやマイクロ水力発電(せせらぎ発電)など、小規模な発電設備を上手につなぎ、(電気自動車だけでなく)家庭や事業所のバッテリーをバッファとする、真の意味でのスマートな電力網の整備が望まれる。

原発を作って安全性の宣伝をすることではなく、スマートな電力供給を行うことが、電力会社の本当の仕事ではなかったのか。

いやまぁ、それ以前に、連日の輪番停電(計画停電)で日常生活や会社の業務に支障を来たしている状況を見ると、とてもスマートだったとは思えないのだが。

……なんてことを、エネループ(ニッケル水素電池)を電源とするLEDライトの灯りの元、リチウムイオン電池駆動の携帯電話でワンセグ放送を見ながら思ったのだった。

(補足1)ノートPCはリチウムイオン電池で駆動するが、ルータや無線LAN機器がAC電源なので、停電中はインターネット接続できない。ネットワーク機器もバッテリ駆動にしちゃえば良いのだよね。電源電圧はどうせ5Vか6Vなのだから。AC使う必然性はないよなぁ。

(補足2)エネルギー源として、マグネシウムを利用することも考えられる。
日経サイエンス2007年11月号「太陽光レーザーが拓くマグネシウム社会」
原発容認か、豊かな生活をあきらめるか、という二択は、間違っている。人類は、もっとスマートな(賢い)はずだ。

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2011/03/17

計画停電の夜に

米国民は、福島第一原発から80キロ以内から退去せよ、とさ。
ちょっと気になって調べてみたら、ウチは浜岡原発から80kmだった。
浜岡がメルトダウンしたら、避難しなくちゃならないかな……。

それはさておき、もう一昨晩のことになるが、計画停電で19時から21時まで真っ暗になった。

こんと散歩に出ると、家の灯りも街灯も消えて、瓦屋根やアスファルトの道に月明かりが映えていた。
消防車が鐘を鳴らして走りまわっているものだから、こんは怖くて遠くまで行けなかった。

散歩に使っている防水LEDライトを、居間の天井に向けて置いた。
ライトをコップに立てただけなのに、とても明るい。
リフォームするとき、天井も壁も白くして、フローリングも明るい色にしておいたので、こういうときにはわずかな明かりでも何とかなる。
LEDライトは単3型のエネループ4本で長時間もつので、ほかの懐中電灯や蛍光灯ランタンより効率が良い。

子供たちも幼いころからキャンプ生活に慣れているので、暗かろうが寒かろうが(エアコンの暖房を使っていないのだ)、まぁ何とかなる。
せめてこれくらいは我慢しなくては。
LEDライトの明かりで風呂に入り、シャワーが使えないので、だんだん冷えていく風呂桶の湯で頭を洗った。
風呂に入れるだけ、幸せなことである。

その夜、静岡県東部を震度6強の地震が襲った。
ウチのあたりは震度4だったので、まったくどうということはなかったが。
3.11の東北地方太平洋沖地震との関連はよくわからないようだ。
富士川の活断層が動いたらしいので、東海地震の予兆というわけでもないらしい。

しかし、伊豆で火山性微動が続いているので、ひょっとすると、伊豆や富士山の噴火と関係があるかも知れない。

今夜、散歩に出ると月明かりに白々と富士山が浮かんでいた。
しばらくの間、山頂や宝永火口のあたりに噴煙が上がっていないか、赤々と照らされていないか、観察した。

今は、まだ、大丈夫のようだ。

夜の散歩

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3.11と3.10

原子力発電所については、すでに何度も書いているので、あまり付け加えたくもないのだが……。

福島第一原子力発電所については、何とか冷却・封じ込めに成功することを願う。
しかし、もしもどうにもならなくなったら、作業員のみなさん、消防・警察・自衛隊のみなさん、逃げてください。
これ以上、人々が死んでいくのを、家族を失うのを見るのは耐えられそうもないのです。

これまで「安全です」と言い続け、原子力発電を推進してきた人たちには責任をとってほしい。
まずは、これからは「安全です」と言わないでいただきたい。
「原子力発電は安全です」という言葉を聞くと、「いざとなったら神風が吹く」という言葉を思い出す。
どちらもファンタジーであり、現実の前に吹き飛ばされた。

「神風が吹く」という言葉は、3.10、8.6、8.9(そしてもっとたくさんの日々)に、たくさんの人々を死に追いやった。
「原子力発電は安全です」という言葉が、3.11以降、多数の死者を出してしまうことがないように、関係者(とくに給料をたくさんもらっている人)の猛省と努力をお願いしたい。

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2011/03/14

計画停電に振り回された……

静岡県東部に住んでいるので、自宅も勤務先も計画停電の対象地区に含まれていた。
しかも自宅の住所が第2グループと第3グループの両方に書かれたりしているので、いつ停電なのかもわからない。
たぶん、地名とは関係なく、変電所からの給電範囲で決まっているのだと思うが、どこにも地図がない。
東京電力のサイトはもちろん、沼津市役所のサイトにもない。
長泉町や三島市には、手描きの地図があったが……。

不安を抱えながら出勤。
事業所の所在地の計画停電は12:20~16:00だということなので、会社の業務は午前中で終了ということになった。
コールセンターや購買窓口は昼で閉鎖。
全館停電に備えてPCやコピー機の電源を落として備えていたら、計画停電は中止だと……。

首都圏の交通はひどいことになり、出勤できない人も多くて、取引先などは軒並み休み。
震災の被害に遭わなかった工場も止まってしまった。

産業への影響は大きいなぁ。
地域ごとに強制的に停電させるのではなく、業種ごとに自粛を要請するほうが良いのでは?
計画停電せずに済んだ時間帯があったのは、利用者の節電の成果なのではないか?

普通に働くことで、ちゃんと税金を払い、募金などで手助けできれば、と思っているのに、なんてことだ……。
原子力発電所の事故といい、東京電力の信頼度は下がってしまったなぁ……。
しっかり頼みますよ、ホント。
「顧客はどこに居るのか」(P. F. ドラッカー)わかってますか?

家に帰って、TVを見る。
民放のCMも、ACが多いのは、CMの放送枠を買った企業が、自社のCMの代わりにACを流しているからだ。
企業名が表示されないから宣伝にはならないが、せめてもの企業の良心を示そうとしているのだ。

震災から4日目、被害の実態が明らかになるにつれ、やりきれない思いが募る。
(先が見えてきたとは言え)子育て中で、後期高齢者の親をもつ中年としては、現地のレポートを見るのがツライ。
辛いが、知らねばならない。
これが現実であり、「明日はわが身」なのだから。

わずかでも手助けになれば、と募金することにした。
@nifty Web募金「東北地方太平洋沖地震災害救援金

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2011/03/12

災害は忘れなくてもやってくる

寺田寅彦の言葉として知られている「災害は忘れたころにやってくる」は、じつは寺田寅彦が述べたものではない。
寺田寅彦随筆集のどこにもこの言葉はないが、この趣旨の記述は随所にある。
天災と国防」や「地震国防」(「時事雑感」の三題の中の一つ)の中では、戦争は避けようと思えば避けられるのだから、天災、とりわけ日本においては地震に対する備えに国費を使うべきだと主張している。
まったくそのとおりである。

それはさておき、災害は忘れたころにやってくるだけでなく、忘れなくてもやってくる。
最近は、忘れる間もなくやってくるような気がする。

昨日の大地震、ワシは免震ビルにいたので何も被害はなかった。
ビルがゆらゆらと長時間揺れたので、船酔い状態で気分が悪くなっただけだ。
震度4の揺れに見舞われたにもかかわらず、築三十年超の我が家も何事もなかった。
東京に就職活動に出掛けていたムスメが帰宅難民になりかけたが、新幹線が動いたので何とか帰ってきた。

被災した人々のことを考えると、自分たちが無事なことが申し訳ないような気持ちになる。

今回の地震で、(まだ余震も津波も収まっていないので途中経過的ではあるが)いろいろとわかったことがある。

JR東日本の列車が全線運休したのに対し、東海道新幹線(JR東海)は運転本数を減らし、大幅に遅れながらではあったが、運行した。
そのため、東京から埼玉や茨城には帰れないのに、静岡には帰れるという具合で、帰宅難民になるかどうかと距離とは無関係であることがわかった。

携帯電話・固定電話ともに回線混雑のため使えなくなったが、ドコモおよびNTT固定電話は比較的つながりやすかった。

さすがにインターネットがダウンすることはなかったが、日本気象協会やウェザーニュースなどのサイトは混雑のため閲覧できなかった。
ひょっとすると、Flash を使っているとオーバーヘッドが大きいのでトラフィックを無用に混雑させているのではないか。
情報サイトはシンプルで軽快なほうが良い。
駅前探検倶楽部は運行状況をテキストで提供するように切り替えていたようだ(たぶん)。

あわてて懐中電灯の電池を確認したら、けっこう弱っている。もっと頻繁に点検しておかなくては。
自宅のノートPCを充電しておこう、と思って気づいたのだが、停電したらアウトではないか。
AC電源がなくてもノートPCは動くが、ルータも無線親機も止まってしまう。
ネットワークが使えなくては、PCを使う意味は(あまり)ない。
そういうときには、3Gを使えるタブレットPCがあったほうが良いかもしれない。

やっぱり、というか、だから言ったじゃないか、というか、原子力発電所が大変なことになっている。
非常用発電設備が使えないため、冷却水を循環させるポンプが停止し、炉心が露出しているらしい。
メルトダウン(炉心溶融)の危険がある。
これだから原発は怖いのである。
いくら「安全です」と宣伝されても、実際にコトが起こるとこの結果だ。
地震列島には適切でない発電方法であることは明らかだから、脱原発を進めて、他の発電方法を早急に整備する必要があるだろう。

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2011/03/09

免震ビルの揺れ方

9日午前11時45分ごろ、9階のオフィスの椅子の上に胡座をかき、Illustrator で図版の細かい修正をしていたとき……なんだか身体がゆらゆらと揺れた。
椅子の上に胡座何ぞかいているせいかなぁと思って顔を上げると、周囲の同僚も怪訝な顔をしていた。

地震である。
体感震度は2くらいだが、ゆっくり、ゆっくり揺れた。
めまいかと思った人もいたようだ。

10階建てのこのビルは免震構造なので、大地震でも大丈夫なのだ。
では外はどうなっているのだろうと窓から町を見下ろしてみたが、平穏な様子。
東海道本線も新幹線も動いている。
まだオフィスはゆ~らゆ~らと揺れているのに……。

机に戻ってネットで調べると、宮城県北部で震度5弱だが、静岡県東部は震度2とのこと。

免震ピットの積層ゴムが最初の地面の揺れを吸収し、その揺れがゆっくり上部に伝わるににつれて、ビル全体がゆっくり揺れたのだろう。
おそらく、どんなに大きな地震が起こったときでも、今回と同じようにゆっくりした揺れで済むように設計されているはずだ。
このときの振動数(1秒間に往復する数)は、このビル固有だと思う。
揺れの周期がめまいでぐらぐらするときと似ているので、ちょっと気持ち悪いが、大地震の被害を免れるのだったら文句は言えない。

ちょっと怖いのは、隣に建設中のビルが免震構造でない場合、あるいは固有振動数が大きく違う場合、大きく揺れるとぶつかってしまうのではないか、ということだ。
現在土台を作っているから、免震構造かどうか、建設の過程を観察しようと思っている。

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2011/03/08

カラーユニバーサルデザイン

昨日、カラーユニバーサルデザイン(CUD)のセミナーに参加した。
色弱者、つまり色に関して弱い立場に立たされている人たちが、不便や不利益をこうむることがないように、それだけでなく、どんな色覚タイプの人にとっても見やすい、わかりやすいデザインを目指すのが、CUDである。

仕事柄、印刷物やウェブのデザインにかかわるので、いろいろ勉強することがあるのだ。
こと色覚については、自分以外の人がどのように色を感じているか、それを知り得ないので難しい。

昨日も、男女で短波長つまり赤系統の識別能力に差があるという話を聞いた。
詳しい資料は会社にあるので、また今度詳しく書く(予定)。

業務としてCUDにかかわっているので、いろいろな情報が入ってくる。
他人の脳の中をのぞくことができないので、せめてシミュレーションでうかがい知ろうということで、いろいろなツールが開発されている。

リアルタイムで色覚シミュレーションのできるiPhoneアプリがあるよ、という情報を得たので、調べてみたところ、ウェブ版も開発されていた。Flashアプリケーションで、Webカメラがあればリアルタイムでシミュレーションできる。

浅田一憲氏の色覚シミュレータのページ→http://asada.tukusi.ne.jp/websimulator/

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2011/03/04

新しい入試

問題は、大学にそれだけの気力と体力があるか、というところだ。

何の話かと言うと、そろそろ入試というシステムを考え直したほうが良いのかなぁ……と思ったことから始まるのだが。

入試の解答を他人に丸投げしてしまうのは論外だが、かといって現在の、知識偏重の試験がベストとも思えない。
「知識が多い=頭が良い」でないことは、社会人なら誰にでもわかる。

いっそのこと、教室で Wi-Fi が使えるようにしておいて、スマートフォンもタブレットPCもノートPCも教科書も辞書も百科事典も解禁にして、何を使って調べても良い、なんていうふうにしてはどうだろう。

いやいや、すると要領の良い人間が得をしそうだから、いっそのこと「入学試験問題」をやめて、「入学論文」にしてはどうだろう。
大学は、研究し、論文を書ける学生を求めているはずだ。
社会は、自分のアタマで考え、理解可能な文章の書ける人間を求めているはずだ。

それなら、時間無制限(1年かけても3年かけても良い、ということ)の入学論文で学生を選ぶのは理に適っているのではないだろうか。
もちろん、ズルイ手を使うヤツは出てくるだろう。
自分で考えずに、親兄弟友人その他の誰かに論文を書かせるような輩だ。

そこで、入試論文に加えて、その論文に関する口頭試問を課すことになるだろう。

……ということで、問題は、大学にそれだけの気力と体力があるか、というところに至るのである。

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2011/03/03

ネットカンニングと「教えてクン」

京大などの入試で発覚したネットカンニング。
容疑者が特定されたようなので、手口は近いうちに明らかになるだろう。

入学試験の実施時間中に、入試問題を外部に持ち出し、解答を作成し、受験生に知らせる。
有史以来、試験官がグルだったり、ダミーの受験生がトイレに立つ振りをしたり、途中で入れ替わったり、とまぁ、いろいろな方法があったらしい。

その手段がアナログからデジタルになったことだけが、今回の「犯罪」の目新しい点ではない。

無関係な、善意の人たちを巻き込み、解答を作らせたという点が、これまでにないところだろう。

さて、ここ何年か、調べもののために検索エンジンを使っていて腹が立つのは、質問回答サイトがやたらとヒットすることだ。
質問回答サイトの回答は、正しいとは限らない。
もちろん、中には出典まで明示した見事な回答もあるが、あくまで少数だ。
個人的な感想や伝聞を答えちゃっている場合もよく目にする。

しかも、同じ質問と回答が、異なる質問回答サイトに「引用」されていて、いくつもヒットする。
検索サービスやポータルサイトで、同じ質問回答システムを使っているからだろうが、煩わしいことこの上ない。

検索結果からゴミ情報をより分けるのに費やす時間が、だんだん増えているような気がする。

質問内容も、なんだこれは、というものが多い。
もちろん、わからないことを人に尋ねることそのものは、正しい行為である。
しかし、ちっとは自分のアタマを使いなよ、と言いたくなるような質問が多いのだ。
マニュアルやヘルプで調べれば一発でわかるだろう、というような質問が投稿され、それに的外れな回答が付き、そのコピーがネットにいくつもいくつも出回る。
じつに耐え難い。

昔話になるが、インターネット(ネットワークのネットワーク)ができる前の、「パソコン通信」の時代。
パソコン(当時はPCとは言わなかった)で使えるネットワークが電話回線経由のみだったころ……。
ネット接続は従量制で、チャリンチャリンと小銭の落ちる音が聞こえるような感じだったから、いかに短時間に必要な情報のやりとりするかが課題だった。
当時は、他人の接続時間を浪費させることは犯罪的だったのだ。

そのため、いいかげんな質問や、ヘルプを見ればわかるような質問をすると、他の参加者に叱られた。
ましてや、複数の掲示板に同じ質問を投稿する「マルチポスト」なんかは、常習者は管理人から出入り禁止処分に処せられたりしたのである。

当時、こうした困った輩に冠せられた呼び名が「教えてクン」である(「教えてチャン」もいた)。
誰しも、要領を得ない質問をしてしまったり、なかなか回答が得られないことに焦れてマルチポストしてしまうことがあったりするが、叱られたり諭されたりするうちに、ネットの流儀を学んでいく。
やがては、適切な質問を返したり、初心者を指導する側に回るものだ。
ところが、「教えてクン」にはそういう学習機能がないらしく、総スカンを食った挙句に捨て台詞を残して消えて行った。
今回のネットカンニングの報道を見ていて、回答者の善意をないがしろにする「教えてクン」を思い出した。

入試問題にしろ塾の宿題にしろ、自分で考える前にネットに投稿してしまう、という行為をすること自体、救いがたいことかもねー。

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