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2011/01/26

情報端末に求めるもの

現在、個人的な情報の整理はポメラ(電子メモ帳)と携帯電話、PCで行なっている。
ここで問題となるのは、情報、とくにスケジュールの同期だ。

自宅のPCは、ブログやWiki、HD内のフォルダを用いて情報の蓄積専用にして、スケジュールとは無縁にしている。
会社のPCにも、仕事の予定という意味でのスケジュールは入れていない。
仕掛かり中の仕事の進捗管理だけだ。

ということで、手帳代わりのポメラと、携帯電話のスケジュール帳との連動さえできれば良いのだが、これがけっこう面倒くさい。

ポメラにはノートPC並みのキーボードが付いていて、日本語入力ツールがATOKだから、快適に文字入力できる。
一方、携帯電話の文字入力は、いまだに苦手である。
「っ」と入力しようとして、「た」→「ち」→「つ」→「て」→「と」→「っ」で止まらずにもう一度キーを押して「た」を出してしまったりする。

ポメラはメモ帳だから、入力したデータはテキスト(文字)として扱われる。
つまり、日付とか時間とかを元に、スケジュール管理を行うことには向いていない。
カレンダーはあるが、その日の予定や出来事を記す「日付メモ」に過ぎない。
「例の重要な会議のある日」はいつだっけ、と検索することもできない。

もう一つ、ポメラには欠点がある。
常時持ち歩くには、少々大きい。
畳んだ状態ではポケットに入らないほど厚いし、キーボードを開くと多少のスペースが必要だ(「わお」と言って開いたときの両手の幅くらいだが)。

小さくて常時持ち歩く携帯電話は入力しにくく、ポメラは常時持ち歩けない。

そこで、私的なスケジュールは携帯電話に、仕事のスケジュールはポメラに、重要なスケジュールは両方に、というように記載しているのだが、これが面倒だ。
ダブルブッキングも心配である。

……というわけで、何とかスケジュールを一元管理できる携帯情報端末はないものか、と考えた。
このとき、携帯電話とは別に情報端末を持つのでは、あまり意味がない。
散歩に行くときにでも持っていたい。
……となると、現在の携帯電話(フィーチャーフォン)以上に文字入力がしやすく、スケジュールなどのデータ管理のしやすい「電話」がベストだ。

スマートフォンかぁ。

ワシが求める機能が完備されたスマートフォンは、今のところないようだ。
現在使っている携帯電話を置き換えることを前提に、いったいどんな機能が必要なのか列挙しておいて、今後新しい機種が出る度に照らしてみよう。

(1)表示が読みやすいこと
→拡大縮小が容易で、老眼でも苦労せずに文字が読みとれること
(2)文字を入力しやすいこと
→Bluetoothキーボードが使える、というのでも良い
(3)本体内か拡張メモリ、またはクラウドに、大量のメモを保存できること
(4)ファイル管理が容易で、PCとも連携できること
(5)スケジュール管理機能が利用できること
(6)Webブラウジングが快適であること
→家庭内ではWiFiが使えること
(7)キャリアはドコモであること
→固定電話との通話料が安く、通話可能エリアが広いこと
(8)家族間通話、家族間メールが無料であること
(9)緊急地震速報が受信できること
→東海地震被害想定地区に住んでいるからね
(10)(できれば)防水であること
(11)(できれば)カメラ性能が良いこと
(12)(できれば)オサイフケータイとして使えること
(13)(できれば)GPS機能が付いていること

こんなところかな。

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2011/01/25

家庭内無線LAN環境崩壊?

昨日、会社で Windows PC のメモリ増設やらDTPソフトウェアのインストールやらフォントの追加やらの作業を終え、Macintosh 上の Acrobat からの印刷部数変更不可という奇怪な不具合が未解決なままウチに帰った。
夕飯を食べてからこんの散歩に1時間出た後、『ホルモー六景』を読み終えてあとは風呂に入って寝るだけ……と思ったら、ムスメが無線LANがおかしいと言った。

夕方までは、何事もなく使えていたノートPCが、突如「接続できません」と訴える。
PCを再起動しても変化なし。
もう1台のノートPCを起動してみるが、やはり接続できない。
……ということは、無線子機側ではなく、親機側の問題だ。

そこで無線親機(WZR-HP-G301NH)に有線接続されているデスクトップPCで、管理画面を開いてみた。
無線子機が見えない。
とりあえず、無線親機を再起動してみるか……と再起動したら、有線LANも死んでしまった。
いや、正確に言うとデスクトップPCは無線親機にLAN接続されているのだが、インターネットへ出ていけない。
無線親機を再起動したら、自分がいちばん偉いネットワーク機器だと勘違いしたらしく、IPアドレスを振り直してしまったのだ。
そのため、フレッツ光のルータ(CTU)とPCが通信できなくなってしまった。

うーむ。これは困った。時間をかけて直そう。
……というわけで、風呂に入って出てきたら、日付が変わろうとしていた。

まず、無線親機の電源を切った。昨年4月末に稼働開始してから9ヶ月ぶりである。
ルータと無線親機の間だけを残して、他の有線LANのケーブルを切り離し、電源を入れる。
しばらく自己診断した後、無線親機は自分がルータの下にある無線ブリッジであると認識したようだ。

デスクトップPCをつなぎ、自動設定プログラムをCD-ROMから起動したら、うまく設定できた。
無線子機の設定は生き残っていたようで、こちらも無事接続確認。
およそ2時間ぶりに復旧した。

しかし、なぜ無線LANが接続できなくなったのか、その原因はわからない。
ワイヤレス固定電話や電子レンジ、あるいは近隣家庭の無線LAN機器との電波干渉か何かだろうか。
とりあえず、ファームウェアをアップデートしておいた。

有線LANまで死んでしまったのは、ワシが早まって再起動をかけたからかも知れないので、今度は無線親機の設定確認メニューをよく見直すことにしよう。

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2011/01/23

生物と相互作用する人体

スーパーのレジに並んで、自分のカゴを見ても、周りの人のカゴを見ても、中身はほとんどが水と有機物である。
食品はもちろん、トイレットペーパーにしろ洗剤にしろ、みな有機物である。

食品はもちろんのこと、ほとんどの製品が生物由来だ。
プラスチックや合成洗剤のように石油から作られた製品もあるが、よく考えると石油も元は太古の生物だから、生物由来と言えないこともない。

要するに、生き物を食い、水を飲み、生物由来の道具を使うという根本的なところは、人類の歴史の始まりからまったく変わっていないわけだ。

買った物をカゴから袋に移し、それを車へと運びながら、この重さと容積の大半は水と空気なのだよなぁ、と思った。

有機物の部分だけを運ぶことができたら、軽いし、かさばらなくて良いのに……。

それはさておき、カミさんやムスメとドラッグストアに行くたびに、びっくりすることがある。
何にびっくりするかというと、似たような化粧品だか美容ナントカだかの多さだ。
にきびとかシミとかたるみとか、とにかく女性は「お肌」の心配が絶えないようで、それをサポートする商品の棚が、店全体の3分の1かそれ以上を占めている。
これだけ商品があって、棚を占有し、それで儲かっているのだから、ある意味、大したものである。

そして、とくにびっくりしたのは、火山灰やら多糖類やら酸やらを用いて、表皮の角質層をはぎ取るという商品が多いことだ。
ピーリングというらしいが、ピーリングって要するに、カンナとかヤスリとかで削り取ることと同じようなもんだから、女性の「柔肌」って丈夫なもんだよなぁ、と感心したのだった。

まぁ、ゾウやサイを見れば解かるとおり、皮膚が毛に覆われず露出している哺乳類は、表皮が厚くて頑丈なのだ。
イヌやネコの皮膚は、ヒトに比べるとおそろしく薄くて繊細だ。

ところが昨日買った「にきびクリアピーリングジェル」を使った下のムスメが、顔が痛いと苦しんでいる。
肌質に合わなかったらしい(カミさんと上のムスメは平気だという)。

ケミカル(化学的)ピーリングに用いられるのは、乳酸、リンゴ酸などのアルファヒドロキシ酸(AHA)である。
これで角質層の細胞間の接着物質を分解して剥がれやすくしようということなのだろう。
リンゴ酸の0.1 % 水溶液の pH は 2.82だから、けっこう強い酸性である。
pH5.6以下の雨が酸性雨と呼ばれ、作物や森を枯らすのだから……。

さて、表皮が薄くなって水分が逃げやすいのか、乾いて痛いというムスメの皮膚には何を塗ったらよいのか?
結局、保湿性ジェルなどで、また変に刺激を与えてはいけないので、湿らせたタオルをあてがう程度にすることに。
ちなみに「保湿」をうたう尿素などは、尿素自体が水に溶けやすいものの、皮膚に塗った尿素(または尿素の水溶液)から水分が供給されるわけではない。
ワセリンやグリセリンで皮膚を覆い、蒸発を防いでおいて、皮膚の内部からの水分供給にまかせるほうが良いようだ。

そういえば、「皮膚の表面は弱酸性だから弱酸性の化粧水は肌に良い」というのも眉唾だ。
皮膚の表面が弱酸性なのは、皮膚の表面に住む乳酸菌が、乳酸を生産しているからだ(乳酸もAHAだね)。
その乳酸のために皮膚表面が酸性になり、他の細菌や菌類が生存しにくくなっているのである。
乳酸菌は、ヒトのために乳酸を生産しているわけではない。
乳酸菌は、糖類を乳酸に分解する過程でエネルギーを得ているのだ。
廃棄物として乳酸を生じることは、結果として他の微生物の侵略を防げる。
そこで乳酸菌は、ヒトの表皮や消化管の内部で繁栄し、結果として人体と共存している。
まぁ、共生というのは結果論だからね。

せっかく乳酸によって「ばいきん」から守られている皮膚を、アルカリ性の石鹸などによって中和してしまうと、感染しやすくなるわけだ。
弱酸性の化粧水を使うということは、人為的に酸性にして感染を防ごうというわけだが、乳酸菌のコロニーを壊滅させてしまうので、「肌に良い」ことにはならないのではないだろうか。
むしろ適当に汚れを落とす程度にしておいて、乳酸菌を洗い流さないようにしたほうが良いのかも知れない。

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2011/01/14

パワースポットに行けて良かったです

最近耳障りなコトバが二つある(ほかの耳障りなコトバは『科学的逍遙』の「不得手語」参照)。

>パワースポット
>良かったです(楽しかったです、嬉しかったです、etc.)

パワースポットについては、TVなどで「パワーがもらえる場所」として紹介されたりパワースポット詣でブームだったりするのがイヤなだけで、森や神社(よく考えたら森⊇神社だね)が嫌いな訳ではない。
むしろ木や水のあるところは大好きで、そういう場所に行くとホッとする。
……人がゴチャゴチャ居なければ。

パワースポットにパワーを貰いに行こう、なんていう人間は、最初から思い違いをしているのではないか。
木や水のあるところで静かにたたずんでいるとき、満たされてくるのは「自分の」精神的なポテンシャルエネルギーであって、決して外部から注入されるナニカではない、とワシは思うのだ。

もう一つの「良かったです」などは、最近、若者の言葉遣いとして気になるものの一つである。
何とも childish な感じがするのである。
どうしても、アニメ『ゴールデンエッグス』の子供の作文朗読を思い出してしまうのだ。

エントリーシートに書いてあったとしたら、そしてワシが人事担当者であったとしたら、落とすかもね。

とくに社会人であれば、せめて「良かったと思います」とか「良い経験でした」とか、大人らしい言葉遣いをして欲しいものだと思う。

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2011/01/12

自動車を運転する、ということは危険なことなのだ

ワシは会社へ自家用車で通勤している。
自家用車で通勤している従業員が多いので、会社では年1回「交通安全セミナー」を実施している。

そこで、交通安全担当の警察官から、自動車運転の「基本」について面白い話を聞いた。
まぁ、当然といえば当然だが、自動車学校で習うことと、道路交通法(および施行規則)の解釈とは、だいぶニュアンスが違うのである。

例えば、自動車を運転することは、日本国内法においては「禁止行為」なのである。
銃を所持したり、原子爆弾を作ったりするのと同様の行為なのだ。
ただし、法に則って「免許」を取得し、法を遵守している場合に限り、「運転してもよい」ことになっている。

一方、自転車の運転は禁止行為ではない。
そこで、自転車と自動車の事故の場合、「禁止行為」を行っていた自動車運転者の注意義務違反が疑われる。
警察官から見れば、「道路交通法違反という犯罪行為」を行っていたのではないかということになるのだ。

そしてもちろん、人身事故ということになれば、自動車運転者は過失犯となる。
傷害あるいは殺人の犯人となってしまうのである。

いやぁ、おっかないなぁ。
気を付けて運転しよう。

……と定期的に思うように、交通安全セミナーを実施しているのだけどね。

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2011/01/11

生ゴミの重さ

昨日、町内のゴミ当番で集積所へ行ったら、違反ゴミがあった。包装容器(プラスチック類)の収集日なのに、生ゴミが出されていたのだ。
一旦ウチに引き取り、今朝、集積所に運んだのだが、その重いこと。ウチが出す「燃やすゴミ」の重さの数倍あったろう。

その差は、水分量の差だ。
ウチのゴミには、ほとんど生ゴミが含まれていないのである。

ウチでは生ゴミをどうしているのかというと、堆肥化容器(コンポスト)に入れてミミズとバクテリアのエサにしているのだ。
茶殻やコーヒー、野菜くずなど、水分が多く含まれる「燃やすゴミ」はすべて、ウチの庭の木や草花の栄養源となっているのである。

生ゴミを堆肥化しない場合、「燃やすゴミ」として収集され、焼却処理される。
水分が多く含まれるゴミは、焼却炉内の温度を下げ、ダイオキシンが発生しやすくなる可能性がある。
……というわけで、ゴミ分別をきちんとして、決められた収集日を守っていても、環境汚染に加担している可能性があるのだ。

もちろん、「沼津方式」のゴミ分別ができず、決められた収集日を守れない人は、ゴミ当番の顰蹙を買い、「ゴミの分別もできない××なヤツ」と罵られている可能性が100%近くあるのだが。

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2011/01/02

元旦に月と金星を見た

2011年1月1日、午前6時ごろに散歩に出かけた。
風はないが、よく晴れていてしんしんと冷える。
どんなに寒かろうが、こんは元気にリードを引っ張る。

東の空高く、二十六日の月と金星が輝いていた。
三日月の向きを反対向きにした月の、暗い部分をよく見ると、地球照(Earth light)を受けて、うす赤く色が付いている。
こういう月を見て思うのは、地動説を学校で教えるようになる以前の人たちも、空を見上げていれば、月の満ち欠けの「理由」がわかったはずだよなぁ、ということだ。
明るく輝くところは太陽の光が直接当たっているところで、暗いところは地球からの照り返しで光が当たっているのではないか、と。
月の光で地表の野原が濡れたように輝くように、月の表面も地球からの光で輝くこともあるのではないか、と。
月の満ち欠けは球形の物体に対する光の当たり方によって生じる現象だと。

月が本当に「欠けて」行って「死んで」しまい、また再生して満ちて行く、なんてことは、空をちらっと見ただけで自分の思い込みの世界に入ってしまう人の妄想なんだよなぁ。
だが、そういう妄想に引きずられてしまう人も多いんだろうなぁ。

……ということで、本に書かれていたり、誰かが言ったりしたことを鵜呑みにするのではなく、空を見上げて、いや、空に限らないのだけど、「実物」を見て考えてみようよ。

ちなみに、三日月型の(反対側が光っている)月の近くに見えた金星も、望遠鏡で見れば三日月形(の反対側が光っているよう)に見えたはずだ。
もちろんこれは理論的推測なので、本当かどうかは、実際の金星を、双眼鏡や望遠鏡で見て確かめて欲しい。

ワシの苦手な言葉:信じなさい。疑うことなかれ。
ワシの好きな言葉:眉唾。

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