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2010/06/14

携帯電話で青空文庫

iPad の発売の前後から、「今年こそ電子書籍元年」という報道をよく見る。
ソニーの電子ブック(データディスクマン)とかエキスパンドブックとか、十年ほど前の電子出版にかかわったことがあるので、今回の「元年」も本当かなぁ、という気がしないでもない。

電子書籍が今後どのように普及していくのかは、まぁ様子を見るとして、自分のこととして考えると、電子書籍にはそれなりの魅力がある。
物理的な本も好きなのだが、老眼が進んできて、小さい字の本は読むのが辛い。
また、本を置いておくには、かなりのスペースが必要だ。
ウチの2階の床は、本棚の重さで抜けるのではないかと不安だ。

そんなことから、雑誌や文庫本、新書やビジネス書、技術専門書などについては電子書籍のほうが良いのではないか、などと思うのだ。

しかし、Amazon の kindle はまだ日本語に対応していないし、iPad 向けの日本語書籍もまだまだこれからで、すぐに買って試してみよう、という気にはならない。
もちろん、iPad は電子書籍リーダーではなくパーソナルコンピュータだが、文字入力はやはり物理的なキーボードを使いたい。
だから今のところ、PC があるからいいや、と思ってしまうのだ。

とはいうものも、出版関係の仕事をしていることもあって、電子書籍についてはいろいろ経験したおかないとなぁ、と考えて気付いた。
そうだ、携帯電話があるじゃないか。

以前、ドコモのiアプリで芥川竜之介の『朱儒の言葉』を読んだことがある。
今回はiアプリを探すのが面倒なので、「いつでも携帯 青空文庫」の本を読むことにした。

コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの帰還』から「空き家の冒険」、モーリス・ルブランの『奇岩城』、中里介山の『大菩薩峠 甲源一刀流の巻』を読んだ。

シャーロック・ホームズやルパンは、小中学生のころ読んだ訳なので懐かしかったからだ。
『大菩薩峠』は、何度となく本当の大菩薩峠(東京・山梨県境の山)に登りながら、小説はまったく読んでいなかったので、いつか読もうと思っていたからだ。
なにしろ41巻だかの世界最長の小説で、しかも未完だというから、それだけで畏れをなして本を買う気にならなかったのだ。

……ということで、実際に1週間ほど、会社の昼休みを費やしたり、銀行の窓口の待ち時間を利用したりして試した結果は……。

→横書きでも、意外に違和感はない。普段、横書きの文章を読むのに慣れているからだろう。

→ルビは親字の後にカッコ付きで表示される。やはり、ルビは親字の上(縦書きなら右)に表示して欲しい。

→1画面に表示される文字数が少ないのでスクロールして読むことになるのだが、文字の途中で切れるのが良くない。画面の最下行の文字が上半分しか見えないとき、ページアップすると、画面の最上行の文字は下半分しか見えない。こういうときだけ、ページアップではなくスクロールして読むことになる。

→ページを戻しにくい。「あれ、この登場人物、十行くらい前で何て言ってたっけ」と思ったとき、前のページを読み込んで、該当個所を探すのが面倒である。

……という具合で、本を持ち歩かずにすみ、空いた時間にさっと読めるという点で、電子書籍は優れている。
いつでも持っている携帯電話というハードウェアは、ほかに何も持たなくて良い、という点では抜きんでている。
だが、インターフェースとしてはまだまだだ。

有料の書籍を読む気になるかと聞かれたら、ちょっとその気になれない、と答える。

そんなこんなで、先週末には本屋へ行って、上下巻計1350ページの文庫本、ダン・シモンズの『イリアム』を買ってしまったのだった。
上巻だけで厚さ3cmを超える本を持ち歩くのは面倒だが、物理的な紙とインクの良さは、やっぱり捨てがたいと思ってしまうのだから、やっぱりワシはアナログ人間なのだろうか。

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