« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009/09/30

埋め立てゴミの日の哀しい光景

昨日の朝、埋め立てゴミを出しに集積所の公園に行った。
埋め立てゴミとは言っても、実際に埋め立てるものは少なく、プラスチック類は燃やして熱源とするのだが。

沼津市指定のポリ袋に詰めたゴミを、すでに山のようになったゴミに積んで戻ろうとしたら、結び目の開いたポリ袋から、写真立てがはみ出しているのが目に止まった。
中には写真が入っている。
幼い子供が二人写った写真が雨に濡れているのは何とも哀しい光景であった。

いったい何で、写真の入ったままの写真立てを捨てたりしたのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/09/25

更新をサボっていた理由

ここんとこしばらく、というか2週間以上、ブログを更新しなかった。いや、ブログの場合、投稿しなかったといったほうが良いかな?

とにかく、忙しかったのだ。平日はとにかく毎日残業で、土日はぐったり休むだけ。
先週末はひどい頭痛に襲われて半日寝ていたし。
起きていた時間は、庭の草取り。草取りするなんて元気じゃん、と言われそうだが、頭痛で本を読むこともできないので、芝生に座り込んでできる軽い手作業をしたのだ。
風がわりと強かったので、蚊が寄ってこないので良かった。

さて、シルバーウィークと称される連休の間も出社して、なんとか先が見えてきたように思う。
そこで安心して、今日会社で昼休みにブログに投稿しようとしたら、Webフィルターにブロックされた。
ありゃ? 半月くらい前までアップロードできたのに、 いつ設定が変更されたのだろう?
まぁ、会社のPCからブログの投稿ができるほうが、変といえば変だったのだ。

しかしまぁ、これでまたブログの更新頻度が下がるかもしれない。
これまで、会社で仕事をしているときに、ふと思い付いた仕事に関係ないことを、忘れないように昼休みにブログに投稿していた。
それをネタに、本家の「科学的逍遙」の記事を書いたりしていたのだ。

まぁ、仕方がない。
思い付きのメモは、携帯電話から投稿するかな……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/09/09

『世界は分けてもわからない』の「視線」仮説

福岡伸一著『世界は分けてもわからない』を読んでいる。
その中に、「視線」仮説が提唱されていた。
人の「視線」を感じるのは、その人の眼底で反射した光が、自分の周辺視野に到達するからではないか? というものだ。
もちろん、思考実験の結果であって、実際に検証したわけではないそうだ。

……ということで、この「視線」仮説、面白いのだけれども、アマチュアのワシから見ても、いくつか「穴」がある。

まず、写真で「赤目」となることから類推されるように、眼底で反射した光は、赤外領域に近い赤色ではないか、ということから……。

すると、赤色光を感知する錐体細胞のない色弱者は、他人の視線を感じない、ということになるだろうか。
いや、この反論は間違っているなぁ。
錐体細胞は視野の中央にあるが、視線を感じるのは視野の周辺部だ。
ということは、錐体細胞ではなく桿体細胞でとらえる、ということになる。
桿体細胞は、色ではなく、明るさ(光の強弱)だけを感知するから、色弱であろうとなかろうと関係ない。

……というところから、桿体細胞のロドプシンの平均吸収スペクトルを調べてみたところ、500nmだった。
緑色だね。
ロドプシンは600nmの光は吸収しないようなので、赤色の光は、やはり感じないようだ。

じつは、もう一つ、個人的体験に基づく疑問もある。
生きた人間の目でなくても、「視線」を感じることがあるのだ。
ニホンザルの死体を発見したとき、まず「視線」に気付いたのだった。

……ということから、「視線」は「光線」ではなく、「コッチを向いている顔のようなもの」に対するパターン認識によるものではないか、と思うのだが、どうだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/09/06

秋晴れの日、今年8回目の草刈り

朝イチで自治会の体育行事のウォークラリーに参加。
歩いた時間は1時間ほどだが、そのあと1時間半も待たされて、抽選会が終わったのは歩き終えてから2時間以上経ってからだった。

小学校の校庭で待っている間、ヒマなのと腰が痛いのとで、高鉄棒にぶら下がってみた。
ぶら下がるついでに懸垂をやってみたら、まだできる。
何回できるかな、と思って3回やったところで、変に筋肉を使うと腰に悪そうなのでやめた。

校庭の裏の畑では、赤とんぼがたくさん飛んでいた。
たぶん、アキアカネだと思うが、とまっている個体がいなかったので、同定できなかった。
昔は道具なしで、素手だけで捕まえることができたもんだが、とまらないことにはどうしようもない。

夕方、庭の草刈り。
メヒシバが伸びて、花を咲かせているので今のうちに刈らないと、タネをいっぱい飛ばされてしまう。
このブログの過去のログを調べてみたところ、今年8回目の草刈りとなる。

8回目 9月6日
7回目 8月15日(8月8日の続き)
6回目 8月8日
5回目 6月27日
4回目 5月30日
3回目 4月30日
2回目 4月26日
1回目 4月12日

7月に刈っていないのは、梅雨が長かったからだ。

それにしても、月1回以上の草刈りが必要ということは、いかに「芝生状態」「草原状態」が、日本の平地では不自然な状態か、ということを表す。
本来、日本の平地は自然状態では森林となる。
刈り続けないと、草原状態を維持できないのである。

森林限界(中部日本で標高2500m)よりも高いところでは、森林が生育できないので、高山草原、いわゆるお花畑となる。
それより低い山でも草原状態のところがあるが、自然の状態ではない。
霧ケ峰高原とか大菩薩峠とか、その辺りの草原は、もともと放牧地だった。
ウマなどの家畜が草を刈りこむことで、草原状態が維持されていたのだ。
その後も、草刈りや火入れ、あるいは風が強いことなどにより、なかなか森林へと移行しないだけである。
百年も放置すれば、ブナ林になるだろう。

……というわけで、山林を切り開いて作ったゴルフ場は、草刈りのための労働力を投下するとか、除草剤を使うとか、とにかく無理矢理草原状態を保とうとしているのだから「不自然」なのである。

「特定少数」のために草原化するのは、自分のウチの庭くらいで充分ではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/09/03

赤とんぼというトンボはいない

夜の散歩で田んぼの脇を通っても、カエルの声がしなくなった。
コオロギなどの虫の声ばかりである。

朝の散歩でも、シオカラトンボを見かけなくなった。
そのうち、赤とんぼが戻ってくるだろう。

……ということで、次の写真は、ナツアカネ。

Pa130615s

じつは、「アカトンボ」というトンボはいないのである。
ナツアカネにアキアカネ、ショウジョウトンボ、ウスバキトンボなど、赤っぽいトンボをまとめて「赤とんぼ」と呼ぶ。
厳密にいうと、ウスバキトンボはアカトンボ属ではないが、まぁ、見た目は赤とんぼだよね。

P1264s

これらのトンボの写真をまとめて載せて、「どれがアカトンボでしょう?」というクイズにしようかな。
ナツアカネとアキアカネの区別がつくような写真、撮ってあったかな……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »