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2009/09/06

秋晴れの日、今年8回目の草刈り

朝イチで自治会の体育行事のウォークラリーに参加。
歩いた時間は1時間ほどだが、そのあと1時間半も待たされて、抽選会が終わったのは歩き終えてから2時間以上経ってからだった。

小学校の校庭で待っている間、ヒマなのと腰が痛いのとで、高鉄棒にぶら下がってみた。
ぶら下がるついでに懸垂をやってみたら、まだできる。
何回できるかな、と思って3回やったところで、変に筋肉を使うと腰に悪そうなのでやめた。

校庭の裏の畑では、赤とんぼがたくさん飛んでいた。
たぶん、アキアカネだと思うが、とまっている個体がいなかったので、同定できなかった。
昔は道具なしで、素手だけで捕まえることができたもんだが、とまらないことにはどうしようもない。

夕方、庭の草刈り。
メヒシバが伸びて、花を咲かせているので今のうちに刈らないと、タネをいっぱい飛ばされてしまう。
このブログの過去のログを調べてみたところ、今年8回目の草刈りとなる。

8回目 9月6日
7回目 8月15日(8月8日の続き)
6回目 8月8日
5回目 6月27日
4回目 5月30日
3回目 4月30日
2回目 4月26日
1回目 4月12日

7月に刈っていないのは、梅雨が長かったからだ。

それにしても、月1回以上の草刈りが必要ということは、いかに「芝生状態」「草原状態」が、日本の平地では不自然な状態か、ということを表す。
本来、日本の平地は自然状態では森林となる。
刈り続けないと、草原状態を維持できないのである。

森林限界(中部日本で標高2500m)よりも高いところでは、森林が生育できないので、高山草原、いわゆるお花畑となる。
それより低い山でも草原状態のところがあるが、自然の状態ではない。
霧ケ峰高原とか大菩薩峠とか、その辺りの草原は、もともと放牧地だった。
ウマなどの家畜が草を刈りこむことで、草原状態が維持されていたのだ。
その後も、草刈りや火入れ、あるいは風が強いことなどにより、なかなか森林へと移行しないだけである。
百年も放置すれば、ブナ林になるだろう。

……というわけで、山林を切り開いて作ったゴルフ場は、草刈りのための労働力を投下するとか、除草剤を使うとか、とにかく無理矢理草原状態を保とうとしているのだから「不自然」なのである。

「特定少数」のために草原化するのは、自分のウチの庭くらいで充分ではなかろうか。

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