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2009/06/29

調子に乗って「仕事」を増やすと疲れるのだ(草刈り5回目)

週が明けてまたいろいろあったのだが、とりあえず先週末のこと。

こんの散歩と掃除と買い物で昼になり、床屋へ行ったら夕方になった。

夕方、と言っても夏至の直後だから、日没まで間があるので、電動草刈り機を持ち出して今年5回目の庭の草刈り。
刈り終わったところで暗くなってきたので、こんを公園まで連れて行く。
まだ薄明るいと、こんが怖がって公園まで行こうとしないので、担いで行った。
ヒグラシの声を聞きながら、いつもの夜より遠回りした。

夜は自治会の夏祭りの準備をしてから、風景写真のミニチュア化を試してみた。
これが余分だったかなぁ。
自治会のほうじゃなくて、ミニチュア化のほう。
「仕事」じゃないんだけど、PCで行う「作業」である。

こんな写真を作ってみたのだ。

P6264663s

見下ろすように撮った風景写真を、Photoshop を使って次のように加工するとミニチュアっぽくできる。

  1. 色鮮やかにする。
  2. 一部だけがハッキリしていて、他はボケるようにする。

さて、土曜日は草刈りで終わってしまったので、庭木の剪定をやろうと思っていたら、日曜は雨。

庭木の剪定という「仕事」は、また来週以降に持ち越しである。

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2009/06/28

こんは玄関先も好きなのだ

P6274678

こんは朝の散歩を終えた後、なかなかウチに入らず、玄関先に居座ることがある。

晴れていれば道路に座り込んで日向ぼっこをしたり、玄関先のタイム(タチジャコウソウ)の繁みやローズマリーの生垣を嗅ぎ回ったり、トカゲを追いかけたりする。 挙句の果てに上の写真のように、タイムの繁みに座り込んでしまったりする。

朝の散歩の時間のうち半分以上を玄関先で過ごすこともあるので、ワシは仕方なく草取りしたり生垣を刈り込んだりするのである。

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2009/06/24

脳死は人の死か?

臓器移植法改正案が衆議院を通過した。
脳死は人の死ということになりそうである。

脳死は植物状態と違い、脳幹が機能していないので、人工呼吸器を外すと呼吸も心臓も止まるという。
機械に繋がっていれば、体温もあり、爪や髪も伸びる。
家族からすれば、生きていると思いたい状態だろう。

ここに臓器移植がからむとややこしいことになる。
移植しか治療法のない病に苦しむ人とその家族の立場に立てば、脳死状態の人から臓器提供を受けることは、大きな希望である。
脳死を人の死とすることは、臓器移植の機会を増やし、たくさんの生命を救う可能性であるとともに、脳死状態の人を暖かい死体とみなすことでもある。

SF的だとか言われようと、画期的な治療法が開発されれば良いのに、と思う。
iPS細胞からの臓器培養とか、マイクロマシンを使った人工臓器とか。
生命を人為的に救うことからすでにSF的なのだから、早いところ行けるところまで行ったほうが良い……のだろうか?

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2009/06/23

朝イチ富士山

上のムスメがレポートを書くとかでPCを占拠しているので、ここにメモしておく。
昨日22日は雨、今日23日は曇りで、ともに富士山は見えなかった。

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2009/06/22

ウッドデッキにペンキを塗った

20日(土曜日)、カミさんと二人でウッドデッキにペンキを塗った。
いや、ペンキというのは正確ではない。
防虫・防水の浸透性塗料なので、「塗る」というより「染み込ませる」のである。

昨年、雨やら風やら体調不良やらで機会を失したので、2年ぶりである。
洗濯物干しへの往復のため歩くところと、こんが昼寝をするところがハゲちょろけになっていた。

本当は二度塗りするべきらしいが、面倒なので一度塗ったきりで、翌日は雨になった。
さて、また来年塗らないと駄目かな?

どういうわけか、こんがぺろぺろ舐めていたので、叱ってやめさせた。
その後何ともないようだが、なんで舐めようなんぞとおもったのだろう?

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2009/06/15

庭で魚を焼く

カミさんが知人からもらってきたイワナを庭で焼いた。
魚は庭で焼くに限る。

……ということで、炭火を起こしたのだが、久々だったせいか炭が湿気ていたせいか、時間がかかった。
焚き付けなどという面倒くさいものは使わず、ガスバーナーでガンガン火を点けたのだが、はじけて飛ぶこと飛ぶこと。
だから、炭火を起こすときには(焚き火のときもそうだけど)化繊の服は着ていられない。
綿のチノパンも焦げたけど。

火の粉が飛ぶのが怖いのか、爆ぜる音が怖いのか、こんは早々に庭から退散した。

イワナは渓流で釣ったものだそうで、ワタを抜いて冷凍してあった。
冷凍状態から焼くのも、まぁ時間がかかる要因ではあるが、炭火から出る遠赤外線の効果で中まで加熱できていた。
背からかぶりついて食べたら、旨いこと。
こんが横に来て舌なめずりするので分けてやったら、ペロリと平らげて、いつまでもそばを離れなかった。

魚を焼くときに問題になるのは、網に貼り付くことだ。
今回も途中でひっくり返すことができず、結局2枚の網の間に挟んで、網ごとひっくり返した。
網のサイズが異なるので、全体を火バサミで挟んで「エイッ」と返すという、荒業である。
やっぱり、魚焼き用の網を買うかなぁ。

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2009/06/13

ウチでいちばん良い場所

初夏の陽射しのウッドデッキで暑そうにしていたこんは、家の中に入り、カミさんに足を拭いてもらってから二階へ上がった。

それからしばらくして畳んだ洗濯物を持って二階へ行くと、こんは廊下に寝そべっていた。 床にぺったりと腹を付け、気持ちが良さそうである。

P6134625

こんは、ウチの中でいちばん良い場所を知っている。

夏は、風通しの良い廊下。 冬は、窓際の陽だまり。

日が傾き始めたころ、こんは畳んだ布団の上で丸まっていたので、その隣に寝転がって本を読んだ。 なかなか快適であった。 ふと気付くと、こんはソファーベッドに移動していた。

……ワシが隣に寝転がったことで、「良い場所」でなくなったようだ……。

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2009/06/12

かぐや月に還る

かぐやを月に落下させて、ミッションは終わった。

そんなニュースを聞いた翌日、月を見ながら「あそこのどこかにかぐやが墜落して四散しているのだなぁ」と思った。
そして、月面では酸化や風化は起こらないから、いつまでも残骸が存在し続けるのだ、ということに気付いた。
もちろん、温度変化や紫外線などにより劣化するから、しだいにボロボロになっていくだろうが、錆びたり雨風に打たれたり、土砂に流されることはない。

何万年か何十万年か経って、人類が消え去った後、ヒトではない知性体が月面の残骸(かぐや以外にも、アポロ月着陸船の土台とか、いろいろある)を見つけたりするかも知れない。
そのとき、その知性体が月面から見上げる地球は、青いままだろうか?

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2009/06/09

原子力発電はなぜ胡散臭いのか

真面目に原子力発電に取り組んでいる人には申し訳ないのだが、どうにも原子力発電は胡散臭い。

その胡散臭さは、説明不足から来ているのだろうか。

例えば、先日中部電力浜岡原子力発電所の1号機・2号機廃炉のお知らせのチラシが、新聞広告と一緒に折り込まれていた。
そのチラシの中に放射性廃棄物をどう処理するかを説明するコーナーがあった。
しかし、最終的な処理の方法は、今後決定するとしか書かれていないのである。

説明不足どころか、怠慢なのか隠蔽なのか……。

もちろん、放射性廃棄物がこの先数万年間、放射線を出し続けることなど、どこにも書かれていない。
これまでの人類文明の存続期間より長い時間だよ?
その間、放射線を出し続けるようなモノを生産する工場が、なんで「エコ」なの?

そのへんのところをキチンと説明しない限り、原子力発電の胡散臭さは解消しない。
「安全に処理できるよう、万全を期して努力を続けてまいりますのでご安心ください」なんてことを言われて安心する人が居ると思っているのだろうか?

ワシは科学の進歩は人類の生存のために必要不可欠だと思っているが、科学技術の誤った運用(戦争とか公害とか)には注意すべきだと思っている。
そこで、核燃料サイクルの確立に失敗した時点で、原子力は「正しい」発電手段ではなくなったと考える。

ときたま朝日新聞朝刊の天声人語の脇に原子力なんたら文化なんたら、という天下り受け入れ組織みたいなの(違ったらすみません)が宣伝を載せている。
そこに「原子力はエコだ」みたいなことが書かれているのを見て、胡散臭さがいや増す感じがしたのだが、納税者の皆さん、どう思います?

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2009/06/04

検閲の恐ろしさ

天安門事件から20年。
中国では、天安門事件を知らない若者が多いそうだ。
中国政府の徹底した情報統制の結果だろう。
中国では、インターネットで「天安門事件」と検索しても何も表示されないという。

いやはや、国家権力というものは恐ろしいね。
日本においては、憲法で検閲が禁止されている。
日本の権力の座にある者が、「中国っていいなぁ」と思っていないことを望む。

日本国憲法 第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

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2009/06/03

一酸化炭素の危険性

炭素を含む物質、つまり紙、木材、木炭、石炭、灯油、ガソリン、プロパンガス、都市ガス(メタンガス)などが燃えると、二酸化炭素と一酸化炭素が生じる。
「炭素の燃焼」とは、要するに炭素と酸素が結合することだが、炭素原子1個と酸素原子2個が結合し、二酸化炭素(CO2、炭酸ガス)ができる状態が「完全燃焼」である。

炭素だけからなるダイヤモンドが完全燃焼したら、全部二酸化炭素になって、灰も残らない。
「燃え尽きたぜ……。真っ白にもならないぜ」
というわけだ。
二酸化炭素は常温(20℃前後)常圧(1気圧)では、無色の気体で、無味無臭である。

炭素を含む物質が完全燃焼しなかったとき、つまり酸素不足のときには炭素原子1個に対して酸素原子1個が結合し、一酸化炭素(CO)ができる。
これが「不完全燃焼」で、きわめて危険な状態である。

昨日山口県のホテルで死者の出た事故は、一酸化炭素中毒の疑いがあるそうだ。
ボイラー室の階上の部屋で死者が出たのは、不完全燃焼で生じた一酸化炭素が「上昇」したからだろうか。
暖まった燃焼排気が周囲の空気に比べて軽いのはもちろん、同じ温度でも、一酸化炭素は空気よりもわずかに軽いのである。

高校の化学の復習だが、炭素、窒素、酸素の原子量をそれぞれ12、14、16として、一酸化炭素、二酸化炭素、空気1モルの重さを求めてみよう。
ちなみに、0℃1気圧のとき、1モルの気体の体積は22.4リットルで、6.02×10の23乗個の分子が含まれている。

一酸化炭素(CO)1モルの重さ……12+16=28(グラム)
二酸化炭素(CO2)1モルの重さ……12+16×2=44(グラム)
窒素(N2)1モルの重さ……14×2=28(グラム)
酸素(O2)1モルの重さ……16×2=32(グラム)
空気は窒素80%と酸素20%を混合したものとして、28×0.8+32×0.2=28.8(グラム)

……ということで、二酸化炭素(44グラム/モル)は空気(28.8グラム/モル)より遥かに重いため、下降する。
一酸化炭素(28グラム/モル)は空気よりもわずかに軽いため、上昇する。
3階建ての建物の2階で七輪を焚いたとき、完全燃焼すれば二酸化炭素が1階へ、不完全燃焼すれば一酸化炭素が3階へ行くはずだ。

……というのはあくまで理屈の上の話だが、高校の化学のレベルでわかる理屈である。

いや、待てよ。
一酸化炭素と空気の差程度だと、上昇しないだろうか?
暖まっていることの効果のほうが大きいかなぁ。
ボイル・シャルルの法則を使えば計算できるかな?
いやいや、拡散して空気と混ざることも考えないと。
こうなると、高校化学のレベルを超えるなぁ。

次に、高校の生物レベルでわかる一酸化炭素の危険性について。

狭い部屋で七輪を焚いたりして、酸素が不足すると危険なのは、酸素がすべて二酸化炭素に変わってしまい、呼吸に使える酸素がなくなるから……ではない。
酸素がなくなる前に、不完全燃焼によって一酸化炭素が生じる。
酸素呼吸する生物にとって、一酸化炭素は「毒ガス」なのである(これも無味無臭だし)。

ヒトを含めてセキツイ動物では、大気中から取り込まれた酸素は、血液中ではヘモグロビンと結合する。
血液が赤いのは赤血球という細胞が赤いから、赤血球が赤いのはヘモグロビンという赤い色素が含まれているから、というのは誰でも知っている知識だろう。

ヘモグロビンは、酸素と容易に結合したり、離れたりする性質を持つ。
ところが、一酸化炭素は酸素以上にヘモグロビンと結合しやすいのである。
しかも、一度結合すると、容易なことでは離れない。
ヘモグロビンは、酸素を運搬する能力を失うのである。
微量(1500ppm、つまり0.15%)の一酸化炭素を吸っただけで、ヒトは死に至る。

車内に流れ込んだ排気ガスや、換気の良くない部屋での石油ストーブなど、一酸化炭素中毒による危険は、割と身近にある。
車内に七輪や練炭コンロを持ち込んで、自殺を図る輩も居るが、ここで一酸化炭素中毒死に関するミニ知識。

ヘモグロビンは、鉄のイオンを含むため鉄サビの色、すなわち暗赤色をしている。
血液検査のときや献血の際に抜かれる血の色、静脈血の色である。
ヘモグロビンに酸素が結合すると鮮やかな赤色、つまり鮮血の色、動脈血の色である。
ヒトが赤い色を見て興奮するのは、獲物の血の色だからか、致命傷を負った仲間の血の色だからか、自分から出てきたらオオゴトな色だからか……。

それはさておき、ヘモグロビンに一酸化炭素が結合すると、さらに明るい赤色となる。
一酸化炭素中毒になった人の肌の色は、過剰なほど健康的なピンク色になるという(冬のテントの中などで、頭がボーっとしてきて、ふと隣にヤツを見ると頬がピンク色だったりしたらヤバイ)。
もちろん、一酸化炭素中毒で亡くなった人の肌の色も、つやつやとしたピンク色だそうだ。
その一方、一酸化炭素は神経伝達物質の作用も持ち、血管を拡張する。
そのため、ピンク色でぱんぱんの死体となってしまうそうである(見たことはないが)。

美しい自殺死体なんてものはないのである。

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