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2009/04/14

花言葉

オオイヌノフグリの花もそろそろ終わり、青い花が消えて、「ふぐり」の名前の由来となった果実が風に揺れるようになる。
こういうふうに真面目に「ふぐり」とか書いていても、フィルタリングに引っかかって良い子の勉強を妨げることになるわけだが、それは教育的に良いことなのだろうか。

それはさておき、オオイヌノフグリの花言葉は「信頼」とか「神聖」とか「清らか」とか「忠実」とからしい。
どうもこれは花のイメージから付けられたようで、絶対に果実から付けられたものとは思えない(当たり前だ)。

要するに花言葉というのはヒトの勝手な連想とか思い入れとか、そういうものを言葉にしたものに過ぎない。
悪く言えば、植物をダシにして、ヒト同士のコミュニケーションを円滑に運ばせるためのものである。
ま、コミュニケーションが円滑になるのは良いことだけどね。

こういうとき、ワシはいつもどうでも良いようなことを思いつく。
植物の実態をよく表すような、本当の「花言葉」を作ってみたらどうだろう。

例えば、オオイヌノフグリなら、「行き止まり」がピッタリである。
オオイヌノフグリは同花受粉、つまり一つの花の中で、おしべの花粉がめしべの先について受粉が起こる。
そうやって種子ができるのだから、親と子の遺伝子構成(ゲノム)はほとんど変わらない。
つまり、他の個体の遺伝子が混ざり合うことがないので、進化しないのだ。
まったく進化の可能性がないわけではないが、こういう状態の生物を「進化の袋小路に入り込んでいる」という。
袋小路、つまり「行き止まり」である。

いかがだろうか。
是非この花言葉を活用していただきたい。

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