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2008/12/27

初氷

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庭に置いてある、こんの水入れに氷が張った。
昨夜からよく晴れていたので、放射冷却のために冷えたのだろう、今朝はとても寒かった。

 

こんに氷を見せてやると、バリバリと噛んだ。

 

その後、風もないのでぽかぽかと暖かく、庭仕事には最適だった。
ミツバアケビのつるを除去し、ムラサキシキブとエノキを剪定し、ルー(ヘンルウダ)を刈り込んだ。
秋からこっち、化け物のように巨大化したミニトマトも撤去。
まだ緑色の果実がついていたが、もう葉がしなびてしまったので、熟す見込みがないからだ。

 

その間、こんはまわりをうろちょろしたり、ウッドデッキでねそべったりしていた。

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2008/12/25

冬の大六角形に関するクイズを載せた

本家の「科学的逍遙」に冬の大六角形に関するクイズを載せた。
クイズというより、どの星を結んで六角形にするか? という程度の話だが。

よく考えてみると、実際の星空で大六角形を見つけるのは、ちょっと難しいかも知れない。
その大きさがイメージしにくいからだ。

冬空でまず目に止まるのは、東か南の空のオリオン座。
そのオリオン座の左肩の明るい赤っぽい星、ベテルギウスと、オリオン座に付き従うおおいぬ座のシリウスを結ぶ線を思い浮かべる。
シリウスは、北半球で最も明るい星だし、青白く光っているからすぐにわかるはずだ。
ベテルギウスとシリウスを結ぶ線と同じくらいの長さの線を、それぞれの星から延ばして正三角形を思い描く。
すると、だいたいその頂点あたりに、こいぬ座のプロキオンがある。

……というわけで、冬の大三角形はたやすく完成。
冬の大三角形を基準に、冬の大六角形を描こう。
プロキオンとシリウスを結ぶ線を手がかりに、シリウスから同じくらいの長さの線を、オリオン座のリゲルに延ばす。
ここから上のほうに同じくらいの長さを伸ばすと、おうし座のアルデバランに至る。

ここまで3辺ができると、全体の六角形の大きさが推定できる。でかいでしょう。

アルデバランから、思い切って頭上へ、ぎょしゃ座のカペラへと視線を延ばす。
そこで反転して下へ、ふたご座のポルックス(となりのカストルでも大差ないかな)を経由して、プロキオンに戻る。

……このことも本家のクイズの解答解説に補足しておこうっと。

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2008/12/24

冬の大三角形に関するクイズを載せた

夜、こんと散歩に行くと、冬のオリオンやシリウスがくっきり見える。
そこで、本体のサイト「科学的逍遥」に、冬の大三角形に関するクイズを載せた。

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冬の大三角形を横から見ると、どう見えるか?」というクイズである。
「横って何だよ」と思った方は、見てやってくだされ。

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2008/12/22

真珠色の雲を見た

真珠色の雲を見た
今朝、こんと散歩していたら、東の空に妙な色の雲が浮かんでいた。
妙(みょう)な色というか、妙(たえ)なる色というか……。

上の写真ではわかりにくいが、中央やや下の輝いている雲が、部分的に淡いピンク色や水色になっていた。
透明感があるような、光沢があるような、不思議な色合いで、ちょうど真珠のようだった。
といっても宝石の真珠はよく見たことがないので、貝の「真珠質」を思い浮かべて書いている。

雲の表面で反射した光と、内部で反射した光とが干渉して色が生じたりしているのだろうか。

きっとああいう雲を昔の人は「瑞雲」と呼んだのだろう。
何かよいことが起こると良いのだが。
人は閉塞感を感じたとき、何の因果関係もない自然現象に託して、そういう望みを持ちたくなるのだろうね、いつの時代であっても。

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燻製失敗

先週の週末、頂き物の落ち鮎を燻製にしたらとてもおいしかったので、今週(あれ、もう先週というべきか?)も挑戦した。
冷凍のスルメイカ(わた抜き済)とシャケの切り身を室温で解凍後、1時間ほど陰干しにしてから、温燻にした。

燻製失敗

20年物のスモーカー(使用頻度は極めて低い)にイカとシャケをセットして、サクラのチップを仕込み、コールマンのツーバーナー(ガソリンコンロ)で加熱した。
先週、卓上ガスコンロで加熱しようとしたら、風のために火力が足りなかったので、ツーバーナーの出番となったのだ。

ところが、陰干しが不十分だったこと、途中で歯医者に行くため中断(いったん火を止めた)したこと、帰宅後焦って再加熱したこと、などにより、燻製としては失敗作となった。
サクラのチップではなく、イカとシャケの汁でいぶした結果となり、とても焦げ臭く、不味いものが出来上がってしまった。

夕食のメニューを変えようかと思ったのだが、カミさんの提案で、イカは洗ってみた。
洗ったイカとシャケをガステーブルのグリルで加熱したところ、焦げ臭さはかなり和らいだ。
イカは噛んでいるうちに、「いかくん」の香りもしてきた。

……というわけで、どうにか夕食のおかずにはすることはできたのだった。

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忘年会で

ここんとこ、ニュースを見るとムカついて、嫌な話題を書き込んでしまったので、口直し(?)に楽しげな話題を三連発。
まずは、先週の忘年会のときのこと。

忘年会で
料理に出てきた汁もののアサリの中にカニがいた。
写真の右側がアサリの身で、左側がカニである。
同じような色をしているのでわかりにくいが、よく見ると脚が見える。

もちろん、このカニはアサリに寄生していたものだ。
それとも、アサリが窮屈な思いをし、プランクトンの横取りをされるだけで、実害をこうむっていないなら「片利共生」だろうか。
まぁ、寄生と共生の境界線はあいまいなものだからね。

さて、そのカニだが、珍しいので食べてしまおうかと思ったのだがやめておいた。
カニの中には、スベスベマンジュウガニのように猛毒を持つものがいるのだ。

カニに限らず、キノコにしろ草にしろ、正体がはっきりわからないときは食べないほうが良い。
まず「有毒ではない」ことを確認することが大切である。

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2008/12/19

老人・子供を戦場に

前回の「核物騒論」が被爆者やその家族への配慮が足りないのではないか、とカミさんに指摘された。
そのように感じられたとしたら、申し訳ない。
すみません。

ただ、「核物騒論」の目的が、軽々しく核武装を口にする輩には「究極の防衛策」なんざできないだろう、と冷やかすためであったことは、ご理解いただけると思う。

ワシは核武装に限らず、軍備なんてものは金と資源の無駄遣いだと思っている。
それなのに、老若男女を問わず、戦争好きの多いこと。
もちろん、どのような言論をしようとも自由である。
どんな思想信条を持つのも自由である。

だが戦争は、他人を巻き込むからやめろよ、と言いたい。
海外へ派遣される自衛官の家族との別れのシーンなどを報道で目にすると、これが(「非戦闘区域」でなく)戦場へ向かうのだとしたら、本人も家族もたまらないだろうと思う。

そこで、老若男女を問わず、武装を主張する本人が戦場に赴いていただきたい。
とくに、自分は戦場へ行くことなどないだろうとタカをくくって言いたい放題の老人と、ネットに棲息する若者(厨房)には、是非とも戦場へ行っていただきたい。

動力補助外骨格を用いてサイボーグ化すれば、身体頑健な成年でなくても戦士になれるはずだ。
さぁ、科学技術を応用して、老人と子供を戦場へ!

※誤解なきように書き添えておく。ワシは本当は誰も死んで欲しくないのだよ、もちろん。ニュースなどを見ていて死んじゃったほうがいいんじゃないか、と思うことはあるが、死んでしまえと思ったことは(ほとんど)ないのだよ。

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2008/12/16

核物騒論

なんだか、日本も核武装すべきだとか言う軍人や元軍人が居て物騒である。
どうせ物騒なら、核をもって究極の「抑止力」とすべきではないか。

日本はすでに、容易に核武装できる状況にあるようだ。
なんといっても、処分しきれないほどのプルトニウムが毎日生産されているのだから。
ひょっとして、政府が原子力発電を推進しているのは核武装の準備ではないかと勘ぐれるほどだ。

そこで、でっかいプルトニウム爆弾を作り、ついでに原子力発電所をうまい具合に配置して、爆弾一つで連鎖的にメルトダウンするようにできないものだろうか。
そして、「日本を攻撃してみろ。日本の原発すべてを吹き飛ばして、地球を核の冬にしてやるぞ」と世界にアピールするのだ。

これで日本を攻撃するような国家(とかなんとか、そんな集団)が居たらバカである。
もっとも、狂信者はバカだから、これで抑止力となる保障はないかなぁ。

ともかく、多少なりとも理性があるなら、これだけの覚悟を決めた国家を攻撃するようなバカはいないはずだ。
この「抑止力」のすごいところは、「軍備」が要らなくなることだ。
軍艦とか戦車とか戦闘機とか砲弾とか地雷とかクラスター爆弾とか、そういったものは一切不要となる。
自衛隊は解体・改組して「国際救助隊」にしちゃえば良い。
海上自衛隊なんて、民間の船とぶつかるばっかりで、海上保安庁ほど役に立ってないし。
陸上自衛隊が活躍するのは本土決戦のときだろうけど、先の大戦でも本土決戦の前に降伏しているし。
航空自衛隊も民間企業のオーナーに「えこひいき」を推奨しているようでは、ただのヒコーキ野郎だし。
……というように、一介の民間人(納税者)には思えるわけだ。
国際救助隊になったほうが、自衛官の皆さんも誇りが持てると思うのだが(違います?)。

だいたい、現在の核保有国は覚悟が半端である。
民間人の被爆の経験もなく、まったく見通しが甘い。
「生者が死者をうらやむような状況」なんて、想像できないのだろう(少なくとも、アメリカ映画に出てくる核爆発後の光景などは、とても「甘い」。ちっとは被爆者の手記を読んでみろと言いたい)。

いやー、今日は会社の忘年会で酔っ払ってるものだから、無礼講だぞ。
ちなみに、次の無礼講では「原子力発電所を世界遺産に」とか書こうかなぁ(あ、いま書いちゃった)。
だって、原子力発電所はピラミッドより長持ち、というか処分できずに残ることは確実だからね。

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2008/12/15

月下の散歩

このところ毎夜、月の光の下でこんと散歩している。
街灯のない造成地を、懐中電灯を消して歩く。

月の明りがこんなに明るいということを日頃体験することは少ない。
こういう機会は大いに楽しまなくちゃ、と思うのだが、今月は今夜で終りだろう。
月の出の時刻は、1日に50分ほど遅くなるからだ。

「月夜の晩ばかりと思うなよ」という脅し文句は、明治時代以降、実感を伴わないものとなった。
江戸時代まで、月夜は、月のない夜とは比べようもないほど明るいものだったのだ。

というわけで、産業革命以前の夜の散歩を追体験する。
若いころ、月夜の山道を楽しんでいたら、路肩が崩れているところがあって、危うく沢に滑落しそうになったことがある。
滅多にクルマの通らない造成地の中なら、気を付けなければならないのはイヌの糞くらいなものなので安心である。

さて、月の明るい夜は、星が少ない。
晴れてはいるがなんとなくけぶっていて、2等星くらいまでしか見えない。
夜空は真っ黒ではなく、青みを帯びた濃い灰色のようである。

半月ほど前、足尾へ行ってきたときに見た星空を思い出す。
数え切れないほどの星の散らばる夜空は、漆黒だった。
理科室の暗幕に開いた穴から差し込む陽の光のように、星の光は小さくとも明るかった。

さすがに、この地方都市では漆黒の夜空を望むことはできない。
せめて、のんびりと月下の散歩を楽しむのだ(こんにせかされるので、じつはそれほどのんびりできないのだが)。

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2008/12/12

冬の満月はなぜ高く昇るのか

今夜は満月。
そして、最も地球に接近するそうだ。
日本時間で午前7時ごろ、35万6567km まで接近する。
月は地球のまわりを円に近い楕円軌道を描いて回っているので、地球から見ると、わずかに近づいたり遠ざかったりしている。
今夜、その楕円軌道の近いほうの位置で、満月に見えるのだ。

また、今夜は月が今年のうちで最も高く昇る(赤緯+27゚01.4')。
関東・東海地方では、天頂から10°以内に入るはずだ。

頭の前に握り拳を伸ばすと、天頂と月の間に拳が入るか入らないか、というくらいになると思う。

なぜ、冬の満月は高く昇るのか?
その答えは、夏の太陽が高く昇るのと同じ原理だから、である。
地球から見た満月は、ほぼ太陽の反対側にあるのだからね。
詳しくは、いずれ本家の科学的逍遙のほうに書こうと思う。

昨夜、こんの散歩が22時ごろになってしまい、月は天頂近くに昇っていた。
地表は明るく照らされていたので、クルマの心配がないところ(造成地など)では、懐中電灯を消して歩いた。
月と星の明かりで見る光景は、なぜか「静か」な気がした。
その静かな景色の中で、こんはせわしなく走り、あちこちの茂みを嗅ぎ回っていた。

……今夜も月下の散歩ができるだろうか。

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2008/12/09

散歩中に目撃した驚くべきもの

こんと散歩しているとき、驚くべきものを見ることがある。
先週は、朝、果樹園を走っていくウサギを見た。
果樹園といっても、空き地の税金対策にアンズを植えてあるものの、収穫している様子は見たことがないようなところだ。
住宅地と小学校に挟まれた、運動場ほどの広さである。
走っていく後姿は紛れもなくウサギ。
だが、野生のノウサギかどうかは、はっきりとわからない。
体色は褐色よりも灰色がかっていたと思う。
脱走したカイウサギの可能性もあるなぁ。
しかし、小学校にサルが出たこともあるから、野生のウサギくらい出てきても不思議はないかも。

夜、公園を散歩していたら、川の脇の歩道をトノサマガエルくらいの大きさのヒキガエルが横断していた。
この季節にヒキガエルがなんで長距離移動しているのだろう、と、まず思った。
それに、川といっても三面張りの放水路で、水面は歩道から5メートルは下にある。
いったいどこからどこへ行こうとしていたのやら。

そう言えば、ほかの道でも、つぶれたカエルをよく見かける。
冬眠する場所を探して右往左往する時期なのだろうか。

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2008/12/02

二つの宵の明星

今日、会社からの帰り道、西の空に三日月がかかっていた。
その下に、二つの宵の明星が。
金星と木星である。

20081202

上の図は、今日2008年12月1日の南西の空のシミュレーション画像である(Stella Theater Pro による)。
じつは、昨日なら、もっと月が金星・木星に近かったのだそうだ。
曇っていたので見えなかったが、晴れていれば次のような位置関係だったはずだ。

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こんな具合に惑星が狭い範囲にかたまって見えると、必ず「惑星直列」とかの類の戯言を言い出すヤツが出てくる。
だがしかし、惑星が一箇所に集まって見えるだけで、何で地球に何か影響を与えると考えてしまうのだろう?
実際には、次の図のように、地球から金星と木星が同じ方向に見えるに過ぎない。

20081201sol

巨大で(それこそ重力で地球をつなぎとめている)太陽の及ぼす影響が、金星や木星の影響をすべて覆い隠してしまうと思うのだが。
それに、重力に関して言えば、上の太陽系の図には表されていない小さな地球の衛星、つまり月が地球に及ぼす影響は絶大だ。
潮の満ち干を生じさせ、海の生物の生活のリズムをつくり、生物の進化に影響を与えてきた。

惑星がどう並ぶかといったことに屁理屈による神秘をこじつける必要などない。
見慣れた、規則的に満ち欠けする月が地球の生物に与える影響や、遠い惑星の嵐やその惑星をめぐる衛星の海の様相などを想像するほうが、ずっと楽しいじゃないか。

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2008/12/01

冬、こんはおとうさんのふとんで寝る

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……「縄文人が犬を湯たんぽにしていた」というのは、縄文人に聞いたわけではないし、日記を読んだわけでもないので、本当かどうか不明である(当たり前だ)。
オーストラリアのアボリジニが、ディンゴを湯たんぽ代わりに抱いて寝る、という話はどこかで読んだことはあるが。

なお、子犬のうちは人の口をなめまわす危険があるので、一緒に寝ないほうが良い。

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