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2008/11/25

足尾へ行ってきた

足尾へ行ってきた
恒例のカモシカ調査に行ってきた。
例によってニホンカモシカは見られず。
ニホンジカとタヌキとキテンとハイタカとノスリとトビとハギマシコか何かと……まぁ、それくらい。
ニホンザルとホンドリスとツキノワグマの痕跡はあったが。

21日夕方、沼津発。
国道246号、東富士道路、中央道、圏央道、関越道、北関東道を通り、伊勢崎から大間々を経由して足尾へ。
かじか荘を過ぎて、舟石峠(備前楯山への登山口)へ上ろうとしたら、雪が降り始めた。
時刻は22時を回っていた。
途中、道の脇を歩くシカを全部で5頭見た。
峠道は落石のため通行止めだったのだが、様子見に上ってみた。
四駆でなければ怖くてできないことだったが。
多少の落石をよけながら登る道で、道を横切るタヌキを2頭見た。

峠は吹雪。
しかも、足尾側が閉鎖されていた。
これでは、峠で一晩を過ごすなど、怖くてできない。
……ということで、折り返して足尾へ向かい、ダムの近くの駐車場で仲間と落ち合った。
途中、飛び出しかけて戻るタヌキや、夜の足尾の町を先導するように200mくらい走っていた子ダヌキや、道端からしっぽと顔をのぞかせたキテンに出会った。
その晩は、オリオン座を眺めながらちょっと飲んで、クルマで寝た。

22日朝、ものすごい風で目が覚めた。
その風の中、コールマンのツーバーナーで湯を沸かし、チリトマトヌードルを食べ、昼食用の湯もポットにとった。
8時前に歩き始め、定点観察ポイントである尾根へと登る。
いやその辛いこと辛いこと。
以前は登山道でない斜面を登ることなど屁でもなかったのだが、もう、ストック(要するに「杖」だ)なしでは登ることも下ることもできない。
細い踏み跡の上にかぶさったマツの幹を避けようとかがんだだけで、斜面を落ちそうになるのを、ストックを突いて持ちこたえる。
ウィーピングラブグラスに覆われた斜面で滑りそうになり、ストックにすがる。
下り坂では膝が笑いそうになるのを、ストックワークで防ぐ(足の運びに左右のストックを出すタイミングを合わせたり、ストックの握り方を変えたりと、それなりにテクニックは要るのだ)。

定点観察ポイントに着いたら、あたりは薄く雪に覆われていた。
日光側の山々、社山や太平山も雪化粧していた(上の写真)。

最初にプロミナ(フィールドスコープ)を据えた西の斜面は、風も強いし寒くて敵わない。
そこで、南向きのススキの原に場所を移す。
時折冷たい風が吹くものの、ぽかぽかと暖かい岩の上に座って、周囲の山の尾根や斜面を双眼鏡で眺める。
おや?と思うモノが見えたら、プロミナで確認する。
見つかるのは、シカばかり。
座り込んで反芻しているシカを見つけられるのだから、カモシカが居れば見つかるはずだ。
10年前くらいまで、カモシカが座っているのをよく見た岩場を何度も見てみるが、やはり居ない。
カモシカはどこへ行ってしまったのだろうか?

15時に調査を終了して下山。
銀山平方面へ移動し、路傍の広場にクルマを駐める。
砂利の広場だが、跡を残さないように焚火台(それぞれが持ち寄った計3台!)を据えて枝を燃やす。
肉や魚を焼いたり、キムチ鍋や焼きそばを作ったりしながら、飲む。
幸いにして風もなく、空はよく晴れて星が明るい。
白鳥座からカシオペアを経て小犬座のほうへと、銀河も流れている。
ただ、メンバーがみな立派なオヤジになっちまったので、21時を回るころには眠くなり、22時にはクルマの中へひっこんだのだった。

23日、空が明るくなったので7時に起き出す。
クルマに陽が当たるようになる8時ごろまで、周辺を散策。
かつては銅の鉱山があって、小学校も病院もあったのだそうだ。
戦後まもなく村はなくなり、いまは石垣やレンガから集落や建物があった痕跡を残すだけだ。

10時過ぎに出発し、逆のルートで14時半過ぎに静岡県に戻ったが、須走から御殿場までが混んだ。
それでも17時前にはウチに着き、こんの手荒い歓迎を受けた。

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