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2008/10/10

ノーベル賞(2)

単一民族国家などという幻想を口走る非科学的な政治家。
占いや心理テストが大好きで、中学卒業程度の常識のない親。
頭が良いだけで選別され、組織の論理に凝り固まる官僚。
卒業論文を課さない大学。
やっぱり学歴で選んでしまう企業。
大学三年の春から就職活動に奔走する大学生。
実験や観察をやらない(できない)理科教師。
実験や観察を喜ばず、ネットで調べて終りにする中高生。
屋外で遊ばず、(男子は)ゲームか(女子は)ケータイに浸る小学生。

「理科離れ」という言葉では片付けられないねぇ。

そんな中、ノーベル賞受賞者に注目が集まるのは良いことかも知れない。
クォーク理論や蛍光タンパク質などの受賞理由となった科学的発見は理解されなくても、現代人の生活の背景にある科学が重要であることが、「なんとなく」伝わればいい。

だって、何万匹というクラゲを集めて光る謎を調べるという研究なんて、「金儲けはおろか何の役にも立たない」と言われるような研究の代表格ではないか。
それが、細胞に光る目印を仕込む方法につながり、ガンやアルツハイマー病の予防に役立つと考えられるようになったのだ。

目先のことしか見えないヤツに価値判断させるな(そういうヤツが財布の紐を握っているもんだが)。
政権交代がどうだとか金融市場がどうだとか、そういう人為的でバーチャルなものはおいておけ(変な方に行かないように監視する必要はあるが)。

この世界をかたちづくるモノは何であって、ワシらがどうやって生きているのかというコト。
空虚な宇宙をさまよう土くれの上に住む小さな生き物であるワシらは、そんなモノやコトのことを考えることができる。
無から生まれ、いずれ死ぬ運命の宇宙にあって、考え、問いかけるという挑戦を続ける、そういう存在でありたいではないか。

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