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2007/09/07

『SF魂』を読んだ

小松左京の自伝である。
自慢話である。

「なんだ、『僕が日本のSFを日の当たるところに引っ張り出しました。万博も成功に導いたし、映画も作りました』っていう自慢話じゃないか」
なんてことを言っても、
「当たり前やないか。自慢できるだけのことをしたんやから、自慢してるんや」
と小松氏は笑うであろう。

ワシは高校生のときに『日本沈没』を読み、地学で習ったプレートテクトニクスが「空想科学小説」になっているのに驚いた数多くのうちの一人である。
「沈黙の通路」などの未来予測に慄然とし、また『明日泥棒』などのドタバタに大笑いした。

好きな作品は短編では「地球になった男」、長編では『果てしなき流れの果てに』だろうか。
「結晶星団」も好きなのだがその進化観には違和感を覚えた(進化を司るものは、超越的な意思ではなく、環境と偶然だからね)。

『さよならジュピター』もボイジャー以後の太陽系の姿を欧米のSFとは異なる切り口で描いていて好きなのだが、映画ではちょいと失望した。
俳優の演技がイマイチで、セットがちゃちだと、いくらストーリーが良くても、興ざめだよねぇ。
折角のスタジオぬえのデザインによる宇宙船も、模型が小さすぎて迫力不足だったし。

星新一との交友というか掛け合いが面白かった。
原子力研究所を見学に行ったときのエピソードとか……。

係の人が出てきて、「何からお見せしましょうか」と言うと、星さんが「まず原子というものを見せてください。この目で見ないと信用できない」。みんなで大受けして、そのうち原子は海で採れるのか山で採れるのかと大真面目に議論し始めた。しまいには星さんが「所長の原子力(はらこつとむ)さんに会わせてくれ」なんて言う始末。あの頃のSF作家クラブの集まりはこんなのばっかりだった。

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