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2007/09/30

「美しい日本」の「国技」

相撲に限らないけど、国家を背負っちゃっているようなことを言っている人たちって……。

儀式が好き
……馬子にも衣装ってか。誇りを持って馬子やっているときのほうが、衣装着てしゃちほこばっているよりカッコイイと思うけどなぁ。

女性蔑視
……「女は穢れている」とか言うけど、母親に産んでもらって、恋人に慰めてもらって、妻に助けられているんだろうに。

外国人嫌い
……「日本人」を定義してみよ。「単一民族国家」なんていう幻想を堂々と語っちまった首相も居たねぇ。「原日本人」を「蝦夷」と呼んで排斥したのは誰だ?

上に弱く下に強い
……カッコ悪い。子供のころ、そういう大人にはなりたくない、と思っていたはずだ。え? 違うの? 力のある者に擦り寄り、弱いものを足蹴にして今の地位に着いたのかな?

集団で弱いものいじめ
……コメントしたくない。

都合の悪いことはなかったことにする、隠す
……口止めしたりしてね。あとは、見つかる前に焼却しちゃうとか。でもって、「証拠がないから、そんな事実はなかったのだ」とか言うのだよね。

偉そうにしているくせに、じつは叩かれると弱い
……だから、普段から偉そうにしなけりゃいいのに。

「謙虚」で「誠実」でなくて、何が「美しい」のか、よくわからん。

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2007/09/28

『ネプ理科実験室』を読んだ

『ネプ理科実験室』(TBSテレビネプ理科制作委員会著、情報センター出版局刊)を読んだ。

じつはネプチューンという芸人についてはあまりよく知らない。
しかし、テレビ番組『ネプ理科』は、たまに見ていた。
残念なことに、この9月で終了してしまった。

深夜枠なので子供たちに見せることが難しかったし、内容的に、というか表現的に、というか、深夜枠特有の「オトナ向けの笑い」の要素があり、それはそれで教育的にどうだろう、という部分もあるにはあった。
まぁ、目くじらを立てるほどでもないが。

ネプチューンの面々が、素直に驚き、喜ぶ。
登場する大学の先生達が、またじつに嬉しそうに自分の研究を語る。
その点で、知らなかったことを知り、気付かなかったことに気付くという、科学の醍醐味を感じさせてくれる番組だったのだが。

その番組が本になった……のは良いのだけど、写真が小さい。
もとがテレビの画面だと、こんなものになってしまうのか?

写真が小さく、文面もナレーション(の一部)だったりするので、その点で食い足りない気がする。

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2007/09/17

生物季節

ヒガンバナ開花(静岡県沼津市)

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2007/09/13

地球温暖化の脅威

『日経サイエンス2007年10号』の「地球温暖化の真実 IPCC第4次報告書から」、「温暖化で凶暴になる台風」を読んだ。

  1. 地球の気候は温暖化しつつある。
  2. その原因は人間の活動によって生じた温暖化ガス(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素など)である。

この仮説に基づき、京都議定書をはじめとする地球温暖化防止策がとられている。
個人の生活も、節電を心がけたり、省エネルギー・省資源タイプの商品を購入するなど、地球温暖化を意識されるようになってきた。
ワシも、自分の乗るクルマの燃費の悪さに、家計だけでなく地球温暖化への影響を考えて頭と心を痛めている。

だがもし、上記の仮説が誤りだったら……と考えたことがある。

  1. 気候の変動周期は数万年単位と大きいので、昨今の暖冬や酷暑は、一時的な「振動」なのではないか。
  2. 地球の気候が温暖化傾向にあるとしても、それは自然現象(太陽の影響など)によるものであって、人間の活動とは無関係ではないか(現在、地球は氷河期と氷河期の間、間氷期にあるので、温暖化は当然だ、と考える)。

ところが、今年2月に発表されたIPCCの報告書により、次のようなメッセージが伝えられた。

「人間が気候に影響を与え、人類が誘発した気候変動が進行中であることを、科学者は以前に増して確実だと考えている。」

科学的な調査は、必ずしも原因と結果の因果関係を明確に説明するものではない。
観察記録から原因と結果の相関関係を「統計的に」明らかにし、実験によって「より確からしい」ことを確認する。
地球の気候については、実験することができないので、コンピュータシミュレーションを用いる。

2001年の報告書では66%としていた「人間の活動によって地球が温暖化している確率」は、最新の報告書では90%となった。
「人間の影響ではない確率」、つまり「科学者の読み違い」の確率は1割以下となったのだ。

このように、「人間の影響で地球が温暖化している確率」が上がったのは、一つには観測記録が増えたからである。
また、コンピュータシミュレーションがより精緻になり、「人間の影響がない場合の地球の気候の変化」をシミュレーションできるようになったことも大きいそうだ。

どうやら、紛れもなく地球は温暖化しており、その原因は人間の温暖化ガスの排出にあるようだ。

90%の確率で。

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2007/09/12

『キルン・ピープル』を読んだ

『キルン・ピープル(上・下)』(デイヴィッド・ブリン著、酒井昭伸訳、早川書房刊)を読んだ。

ハードSF……というか、ハードほら話、という感じだ。
この場合のハードは「ハードボイルド」のハードでもある。
主人公(たち)が私立探偵だからだ。
「たち」と書いたのは、この私立探偵、自分の複製をたくさん作って調査にあたるからだ。

「人格」というか「魂」を粘土の塊に複写し、自分の複製「ゴーレム」として働かせる。
……複写する先が粘土の塊で、生物学的なクローンでも機械的なロボットでも無いから、「ゴーレム」なのだね。

ソフトウェアを別のハードウェアにコピーするみたいに、人間の「魂」だか「意識」だか「人格」だかを、コピーできるもんだろうか?
まぁ、そういうことが可能だという前提で描かれたSFは、いっぱいあるよね。
クラークの『都市と星』とかベアの『久遠』『永劫』とか。

ブリンのゴーレムは、寿命が1日で、1日の終わりには記憶を原型(オリジナル)に書き戻したら、融けてなくなる(か、あるいは陶土としてリサイクルされる)。
そこで、原型の人間は、「自分がゴーレムであったときの記憶」を持つことができる。
この「記憶の併合」って、便利なようだが危険を伴うなぁ。
普通に生きているときの記憶だって、整理するのに毎晩1~2時間かかる(夢を見ている時間がそれだ)。
ゴーレムを4体も5体も作って、その記憶を整理するとなると、8時間の睡眠時間じゃ足りないかも。
記憶の容量の問題もあるよね(記憶の容量については、作中でも触れられている)。

ゴーレムが日常化した社会は必然的に変革を迫られる。
そのへんの社会の様相の断片の描写が面白い。
離婚した元妻が、元夫に子供を会わせる代わりに子供のゴーレムを会わせ、その楽しい記憶を原型の子供には書き戻さない、とか。

ブリンが意図しているのかいないのか、どこかで聞いた(読んだ)ような設定やエピソードがいっぱい出てくる。

魂を無機物に複写、定着させる……って、マンガの『鋼の錬金術師』のアルフォンス・エルリックみたいだね。

ゴーレム同士の戦い(ギャングとか、兵士とか)がものすごくて、手足は飛び散る、首は落ちる、でも有機物じゃなくて陶土だから、ぜんぜんスプラッタじゃない。
むしろコミカルだ。
おまけに、ゴーレムが人間を傷付けないように気を使うこと、アシモフのロボット工学の三原則より「丁寧」かも。

ゴーレム同士が傷付けあっても、刑事事件にならない。
モノ同士だからだ。
器物損壊で、原型(オリジナル)の人間が賠償請求するだけだ。
そこで、ゴーレムの町で派手な撃ち合いがあっても、出張ってくるのは「刑事」ではなくて「民事」だったりする。

話は変わるが、登場人物の一人、カオリンて、粘土鉱物のカオリナイトのもじりだね。
モンモリリンは同じく粘土鉱物のモンモリロナイトだ(読んでいる最中、そんな気がしていたのだが、訳者あとがきで裏付けられた)。
ワシはいちおう農学士なので、粘土鉱物の名前くらい知っているのだ。

クライマックスは、魂を増幅して高次元にぶっ飛ばそうとするマッドサイエンティストの秘密実験室。
出現する「魂の野(ソウルスケープ)」って、グレッグ・ベアの『ブラッドミュージック』の「バイオスケープ」を思い起こさせるよね。
でも、ソウヤーの『ターミナルエクスペリメント』の魂の表現が宗教的なのに、『キルン・ピープル』の魂は科学(というか空想科学?)の延長線上にあるように思える。
クラークの『幼年期の終わり』の表現に似ているからかなぁ。

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2007/09/07

台風9号の被害

台風9号がほぼ直撃コースで襲来し、去った。
ウチにおける被害をまとめておく。

6日(木)午後半日休日を取得(被害か?)

東側の窓枠より雨漏り。
庇の下にある窓枠と外壁との隙間に雨風が吹き付けたからと思われる。

玄関前のコニファー倒れる。
根が浮いているので、再起不能かも。

庭の草木の落葉・枝折れ多数。
風にあおられて激しく揺れていたカツラは、根元(幹と地面の間)に隙間が開いてしまったが、まぁ大丈夫だろう。

こんがオシッコを一晩我慢。
お陰で今朝、まだ暴風警報の出ているときに散歩する羽目となった。

7日(金)午前半日休日を取得。
通常どおり出勤しようとしたら、ウチの近くの主要道がひどい渋滞。東名高速道路が通行止めとなっていた影響らしい。
あまりに渋滞がひどいので、午前中の出社を見合わせた。

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麻酔の科学

『日経サイエンス2007年10号』の「麻酔の科学 脳に働くメカニズム」(B. A. オーサー)を読んだ。

麻酔は、医学ミステリや医学サスペンスで重要な役割を果たすことが多い。
例えば……って例を挙げただけでネタバレになりそうなので、例示できないくらいだ。

しかし、麻酔薬はその作用メカニズムは解明されていないのだそうだ。
この論文では、ニューロンの興奮を抑止する神経伝達物質 GAVA の受容体に一部の麻酔薬が作用することが明らかにされている。

しかも、神経伝達物質受容体、つまり細胞膜表面のタンパク質に作用するメカニズムを明らかにし、特定の作用をもつ麻酔薬を開発できれば、意識を保ったまま全身麻酔ができたり、手術中の記憶を抹消できたりするという。

ここでびっくりしたのは、まず、麻酔にはいくつかの側面(要素)がある、ということだ。
その要素とは、沈静、意識の消失(催眠)、痛みの消失(痛覚消失)、記憶の消失である。

これらの要素のうち特定のものだけを有効にしたり、無効にしたりできる可能性があるらしい。

われわれの精神と身体の働きが、いくつかの要素に分割でき、それらを個別にオン・オフできるということにも、またびっくりした。
他人と会話し、思考や判断を行なっているにもかかわらず、記憶がない、ということがあるのは、そのためなのか、とちょっと納得した。

えーっ、ワタシにはそんな経験ないよ、という人は、よく思い出して欲しい。
眠る直前に家族と交わした会話を全部思い出せますか? 
起きぬけの会話は?

「今日の朝ご飯は何にしようか」といった会話をしたのに、あとで思い出そうとしても、まったく記憶にない、なんてこと、ないですか?

ワシはよく寝言を言うそうで、ワシの寝言に対してカミさんが質問をすると、しっかり答えるそうである。
もちろん、ワシには記憶はない。
もっとすごいのはワシのムスメどもで、互いに寝言で会話していることがあるのだ。

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『SF魂』を読んだ

小松左京の自伝である。
自慢話である。

「なんだ、『僕が日本のSFを日の当たるところに引っ張り出しました。万博も成功に導いたし、映画も作りました』っていう自慢話じゃないか」
なんてことを言っても、
「当たり前やないか。自慢できるだけのことをしたんやから、自慢してるんや」
と小松氏は笑うであろう。

ワシは高校生のときに『日本沈没』を読み、地学で習ったプレートテクトニクスが「空想科学小説」になっているのに驚いた数多くのうちの一人である。
「沈黙の通路」などの未来予測に慄然とし、また『明日泥棒』などのドタバタに大笑いした。

好きな作品は短編では「地球になった男」、長編では『果てしなき流れの果てに』だろうか。
「結晶星団」も好きなのだがその進化観には違和感を覚えた(進化を司るものは、超越的な意思ではなく、環境と偶然だからね)。

『さよならジュピター』もボイジャー以後の太陽系の姿を欧米のSFとは異なる切り口で描いていて好きなのだが、映画ではちょいと失望した。
俳優の演技がイマイチで、セットがちゃちだと、いくらストーリーが良くても、興ざめだよねぇ。
折角のスタジオぬえのデザインによる宇宙船も、模型が小さすぎて迫力不足だったし。

星新一との交友というか掛け合いが面白かった。
原子力研究所を見学に行ったときのエピソードとか……。

係の人が出てきて、「何からお見せしましょうか」と言うと、星さんが「まず原子というものを見せてください。この目で見ないと信用できない」。みんなで大受けして、そのうち原子は海で採れるのか山で採れるのかと大真面目に議論し始めた。しまいには星さんが「所長の原子力(はらこつとむ)さんに会わせてくれ」なんて言う始末。あの頃のSF作家クラブの集まりはこんなのばっかりだった。

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