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2007/08/01

『暗号解読(上)』を読んだ

サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』に続けて、『暗号解読』を読んだ。
……と言ってもまだ上巻だが。

上巻では、カエサル暗号からドイツのエニグマ暗号機までの暗号制作者と暗号解読者の闘いを描いている。

読んでいて気付いたことだが、復号化、つまり暗号化の逆の過程で暗号文からもとの文章(平文)を復元することと、暗号の解読、つまりどうやって暗号化したのかを突き止めて平文に戻すことは、まったく別のことなのだよね。

暗号化・復号化は「ルールを知っていてやっている」ことだが、暗号解読は、その「ルールを探る」ことなのだから。


(追記:2007年8月6日に読了)

スコットランド女王メアリーの暗号の一件が教えているのは、「弱い暗号を使うくらいなら、最初から暗号など使わない方がましだ」ということだ。メアリーとバビントンが計画のことをあからさまに書いてしまったのは、通信文の安全性を信じ切っていたからだった。(93~94ページ)

より強い暗号が考え出されては、天才的な暗号解読者がその暗号を破る。
16世紀に考え出された「解読不能の暗号」ヴィジュネル暗号は、19世紀の科学者、チャールズ・バベッジによって破られた。
スチームパンク・コンピュータの階差機関(ディファレンシャル・エンジン)を開発した、あのバベッジである。
ただ、バベッジは暗号の解読にしろ階差機関にしろ解析機関にしろ、完成させることがなかった。
ヴィジュネル暗号については、解読できたことに満足して、その解読法を公表しなかった。
階差機関についてはよく知られているように、途中で設計を変えて「改良」するために開発費がかさみ、政府の資金援助を打ち切られてしまう。
そのときのバベッジの愚痴が面白い。

「イギリス人に原理や装置を提案したまえ。それがどれほど優れたものであっても、連中は全精力を傾けて、問題点や、欠点や、その装置にはできないことを探し出そうとするだろう。ジャガイモの皮をむく装置をイギリス人に提案してみたまえ。連中は、そんなことは不可能だと言うだろう。目の前でジャガイモの皮をむいて見せたとしたまえ。連中は、パイナップルをスライスできないのだから、そんな道具は役に立たないと断言するだろう」(133~134ページ)

……なんとなく、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のヴォゴン人の姿が頭に浮かんでくるなぁ。

20世紀、暗号は戦争の重要な道具となる。
イギリスでは数学者や言語学者、焼き物の名人、元プラハ美術館の学芸員、全英チェス大会のチャンピオン、トランプのブリッジの名人などを集めて暗号解読専門機関を作ったそうだ。
彼らは戦争を早く終わらせるという重要な仕事をしたにもかかわらず、戦時中はもちろん、戦後も長らくその業績が公表されることが無かった。

例えば、ドイツのエニグマ暗号をイギリスが解読できる、ということを隠しておくことが、イギリスにとって都合の良いことだったからだ。
国家の論理というものは、なんと冷酷で残酷なことか。
万能コンピュータ「チューリング・マシン」の考案者であるアラン・チューリングもエニグマ暗号の解読にかかわり、その結果、戦後自殺に追い込まれたのだった。

下巻では、映画『ウインドトーカーズ』のモデルとなったナヴァホ族の暗号通信兵「ナヴァホ・コードトーカー」の話から、ヒエログリフや線文字Bの解読へと話が進む。
わざと「隠された文書」でなくとも、「読み方の解らない言語による文書」の解読にも、暗号解読と同じ手法が使われるからだ。

そして第二次大戦後、暗号化と暗号解読にコンピュータが用いられるようになる。

現在、PGPやSSLなど、インターネットで広く用いられている公開鍵方式についても、平易に解説されている。
これまでいろいろな本やサイトで、公開鍵方式の説明を読んだ。
読んだ直後は解ったような気になるのだが、ちょっと経つと人に説明できなくなる。

本書の解説は、そもそも「鍵問題」とは何か、そしてその問題を解決するためにはどのような苦闘があったのか、というところから説き起こしているため、非常に解りやすい。
こうした人間的な「ドラマ」が描かれていることにより、「理論」や「技術」に人間味が感じられるところが、本書の魅力の一つだ。

情報化社会の現在、PGP(プリティ・グッド・プライバシー)を例に挙げて、「法と秩序を守るためには、一般市民が暗号を使うことを制限すべきだ」とする政府(アメリカ政府)と暗号を普及させて「自由な言論」を守ろうとする市民や研究者との対立があることが示される。
たしかに、インターネットと暗号により、テロリストや犯罪組織は国家や警察よりも有利になるかも知れない。

とりわけ、もっとも暗号の恩恵を受けると考えられている〝情報黙示録の四騎士(麻薬の売人、組織犯罪、テロリスト、小児性愛者)〟の暗躍が懸念けねんされている。(205ページ)

だからといって、国家権力だけが暗号を使用し、通信を盗聴できるような状況が「正しいこと」とは思えない。
だいたい、国家権力以外の「暗号の使用を制限する」なんていうことはナンセンスだと思う。
どんなに禁止しても、誰かが優れた暗号を考え出し、それをインターネットなどで公開することを止めることはできないだろう。

そうであるなら、知識を共有し、危険性を認識し、対策を皆で考えていくしかないのではないか?

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