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2007/07/05

『生物と無生物のあいだ』を読んでいる

『生物と無生物のあいだ』を読んでいる。読みかけなのである(読み終えた後の感想は「科学的逍遙」を参照)。
昨日の昼休みから読み始めて、夜、自宅で半分ほど読んだ。
今日中には読み終わるだろう。
決して「軽い」本ではないが、読みやすい。
著者の文章がうまいからだろう。

以下、読んでいて思ったことのメモ。

アンサング・ヒーローへの著者のまなざしは、温かいなぁ。
対して、「死んだ鳥」や脚光を浴びたがる人たちには、冷笑的だ。

生命は「流れ」である。
このことは、ワシも「百の元素になって」の中に書いた。
あ、そうだ。
「百の元素になって」に、人体を「川」に例えたが、「滝」のほうが判りやすいかもね。
「入れ物なき形あるもの」だし。
今度修正しよう。

体を構成する物質が入れ替わっていく「ターンオーバー」について、Webで検索してみたが、ゴミばかり引っかかる。
やたらと、表皮細胞の入れ替わる速度の話……ようするに「お肌の美容」の宣伝ばかりがヒットするのだ。
そこで、「ターンオーバー 窒素 同位体」で検索すると、やっとまともな情報が拾えるようになった。
なんだかなぁ。

著者の見解によると、ウイルスは生物ではない。
ワシも高校でウイルスの構造と生活史について習って以来、ずっと悩んでいる。
ウイルスは、自己複製という、生物ならではの特徴を持つ。
しかし、物質の出入り、つまり代謝とは無縁だ。

そこで考えたのだが、ウイルスは単体では生物ではないが、宿主に侵入して初めて生物となるのではないか?
ウイルスは生物ではなく、「ウイルス-宿主複合体」が(宿主とは別の)生物なのである。
細胞外で見つかるウイルスは、「生物ではなくなった状態」と言えるのではなかろうか。
ウイルスはその生活史の中に、「生物である時期」と「生物でない時期」を持つ生命体なのだ。

なお、本書中に誤りを発見したので指摘しておく。
138ページに、ブラウン運動する粒子の例として「水面に浮かぶ花粉」が挙げられているが、花粉は巨大すぎるので(花粉は細胞であるから、それこそ、「生物はなぜこんなに巨大なのか」と問われるほうである)、ブラウン運動を観察することはできない。
ブラウン運動するのは、水を吸った花粉が割れて、中から出てくる微粒子である。
ミトコンドリアとか色素顆粒とかかな?
いや、ミトコンドリアでも大きすぎるかな?
またちょっと調べてみよう。

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