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2006/02/11

映画『マイノリティ・リポート』寸評

TV放映された『マイノリティ・リポート』(原作:フィリップ・K・ディック、監督:スティーブン・スピルバーグ、主演:トム・クルーズ)を HDレコーダで録画しておき、CMを飛ばしながら見た。
CMをスキップできるのは便利だが、圧縮率を上げたせいか、画質は VHS より悪いかも……。

それはさておき、映画の中身について。
予知が可能か、といった現在の科学では判らんことについては置いといて、あの「予知されたシーン」は、いったい「誰」の視点によるものなのだろうか?

予知以外には、網膜の血管分布による(のだろうと思われる)生体認証システムが、あの映画における重要なガジェットだったと思う。
……しかし、50年後の生体認証システムって、あんなに馬鹿だろうか?
生きている人間の顔についている目玉と、くりぬいてジップロックに入っている目玉の区別がつかないなんて?
広告壁の生体認証システムが、「ストレスがあるようですね」なんて応答を返すのだから、当然、血流量の測定なんかも同時にできるのだろうに。
それとも、犯罪予防局の認証システムは、広告壁よりも劣るのだろうか?

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