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2006/01/28

クルマの維持費

先週末、タイヤを換えた。
そろそろスリップサインが出てきたため、このままではスキーに行ったりするのは危険なので。
スペアも傷が付いているので交換、ということで、5本交換し、10万円ちょいかかった。
きゅう……。

一昨日ガソリンを入れたとき燃費を計算したら、史上最悪の 4km/l ちょっとであった。
きゅうぅぅぅ……。

寒い日々が続き、暖機に時間がかかったり、エアコン入れっぱなしだったりするので、それに燃料を食うこともあるが、なにしろ仕事が忙しくて遠出していないのだ。
隣町への通勤と買い物くらいだと、燃費の悪いこと……。
高速道路を突っ走ったほうが、よっぽど燃費が良い。

遠出しないのに、タイヤを換えたというのも虚しいなぁ。
雪を踏んで走る、なんてことがしたいなぁ、などと、雪国の人が聞いたら怒りそうなことを考える、仕事に疲れた暖地のオヤジなのである。

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2006/01/25

まだ春の陽射しでもないのに

ヒメアカタテハ関東地方にも積雪が見られた21日(土)、沼津は雨。
翌22日は晴れ上がり、ウチから見える愛鷹山も箱根も白かった。
陽射しは明るいものの、まだ春を思わせる暖かさではないなぁ、と思ったのに、昆虫は早くも反応していた。
昼飯を食べていたら、ダイニングの網戸にヒメアカタテハが止まったのだ。
早速、忍び足で写真を撮りに近づいた。
ウチの中では子供たちが、「いざってときに、きっと飛ぶよ」とか騒いでいた。
結局、2ショット撮って、より近づけたほうがこの写真。
この写真を撮った直後、ヒメアカタテハはツイと舞い上がって隣家の向こうへ消えていった。

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2006/01/22

「個人」は生態系

個人、つまり一人のヒトは、一種類の生物ではない。多種多様な生物の集合体なのだ。その中で最も個体数が多いのは、腸内細菌だろう。
細菌にとっては、人体は生活環境だ。そして、地球に住む人類が地球環境に影響を及ぼすように、腸内細菌も人体に影響を及ぼす。
日経サイエンス2006年2月号のトピックス「腸内細菌で変わる薬の効き目」によると、薬の効き目や副作用などの個人差が生じる原因は腸内細菌叢(ミクロフロラ)の影響だそうだ。
健康な生活のためには、おなかを、そしておなかで暮らす小さな住民をいたわらなくてはならないのだ。

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2006/01/20

更新頻度が落ちた理由は……

……もちろん、本業が忙しいからである。
……とか言いながら、本家サイト【科学的逍遙】を更新していたりするのだった。

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2006/01/12

宮部みゆき vs パトリシア・コーンウェル

宮部みゆきの『模倣犯』を読んだ後で、パトリシア・コーンウェルの「検死官」シリーズ『神の手』を読んだ。
どちらも女性を拉致・監禁しては暴行の末殺害し、死体を埋めたり捨てたりした上で警察に挑戦するという、凶悪な犯罪を描いている。
……ところが、読後感がまったく違う。
宮部みゆきのほうは、犯罪に巻き込まれ、振り回されながら懸命に生きる「市井の人たち」に向けられた暖かい視線が感じられ、ホロリとする。
パトリシア・コーンウェルのほうは、殺伐として、非情だ(初期の「検死官」シリーズではもっと細やかだったように思う)。
やっぱり合衆国は「権利と銃の国」だからかなぁ。
あるいは、「検死官」シリーズの登場人物たちは、みな家庭を失っているからかなぁ。

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2006/01/09

天気晴朗ニシテ風弱シ

青空に頼りなく浮かぶ凧先週末、近所の小学校の校庭で凧揚げをした。
毎年この時期に、下のムスメと凧揚げをしている。
今年は正月の3日が、晴れて風が強くて好機だったのだけれど、ムスメたちが出かけていたので見送った。
先週末の7日は、よく晴れていたものの風が弱く、なかなか凧が揚がらなかった。

凧にデジタルカメラを付けて、上から写真を撮ったら面白いかも、と考えたが、まっ逆さまに落ちてくる凧を見て考えを変えた。
凧が揚がって安定してからカメラを吊り上げて、写真撮影をしたら直ちにカメラだけ回収する、というようなシステムを作らないとダメかな?

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2006/01/06

珍しく雪が積もった

昨日、今日と雪が降り、珍しく沼津でも積雪が見られた。
と言っても、数センチ積もったかどうか、気温が上がればたちまち融けてしまう程度の雪だ。
市内の小中学校(および一部の公立高校)には暖房がないので、子供たちはずいぶんと寒そうだ。

以前住んだことのある横浜市や千葉県流山市では、クロスカントリースキーができるくらい降ったもんだが、温暖な沼津・三島では、雪を見るのは年に数回である。
近隣の御殿場や、箱根は真っ白になるのに。
まぁ、富士山が近いので、子供が小さいときには雪遊びに不自由はしなかったが。

「雪遊び」なんていうと叱られそうなのが、このところの豪雪地帯の大雪である。

「雪は天から送られた手紙である」
……というのは、氷雪研究者の中谷宇吉郎の言葉だが、昨今の大雪を見ると、
「大雪は天から送られてくるスパムメールである」
とでも言いたい人が多いのではなかろうか。

なお、中谷宇吉郎について調べていたら、人工的に雪の結晶を作る装置を(趣味で?)開発した人のサイトを見つけたので、リンクを張っておく。
雪の結晶 自然の雪結晶と人工雪結晶

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2006/01/03

正月らしい過ごし方

今年はWebサーバの引越しなどのオオゴトがないので、緊急呼び出しのない限りは平穏な正月である。
ということで、元旦には年賀状を書いた。
二日には実家のある鎌倉に行き、両親に新年の挨拶をして、子供を預けてきた。
途上、小町通の玩具店「千代平(ちょっぺ)」の店頭で店員曰く、
「八幡様の参拝の待ち時間に、ルービックキューブはいかがですか?」
なかなかうまいことを考える、と思った。
今日、三日、これから三島駅まで子供たちを迎えに行く。

そしてこの三日間、本(といってもフィクションばかり)をいろいろ読んだ。
宮部みゆき『模倣犯(四)・(五)』
瀬名秀明『ハル』
小川一水『第六大陸1・2』

『ハル』は「亜希への扉」がちょいとよかった(もちろん、この短編は題名も内容も、ハインラインの『夏への扉』へのオマージュだ)。
しかし、ほかの作品は、いま一つ「センス・オブ・ワンダー」が足りない。
なぜだろう?
ただ単に、ワシの求めるものと、瀬名秀明の描く世界観とがマッチしていないだけだろう。

『第六大陸』は、まだ途中だが予想外に面白い。
ハヤカワ文庫のカバーのイラストを『プラネテス』の幸村誠が描いていることに象徴されるように、近未来の宇宙開発を描いたハードSFだ。
その宇宙開発が可能な時代の設定が面白い……というかうらやましい。

武力が使えなくなっても、隙あらば他国の市場を食い荒らそうとする経済的な侵略性を、彼ら(欧米諸国)はいまだに根強く保っていた。そこへいくと、一時の右傾化を乗り切って素朴な平和主義の憲法を誇示し、中立を保ったまま見事な外交国家に転じた日本は(五カ国共同の南沙諸島開発公社の)パートナーとして最適だと判断されたのだ。 (カッコ内引用者注)

アジア諸国に信頼される日本。
選挙区の消滅した(つまり地縁のない)ウェブ選挙。
……いいなぁ。
この楽観的な世界観は、アーサー・C・クラークに通じるものがあるかな。

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2006/01/01

なぜ1月1日が1年の区切りなのか?

2006年1月1日を迎えた。
「年が変わった」「新年になった」という感慨がまったくない。
子供たちが、お年玉をもらうの従姉妹と遊ぶのとワクワクしているのを見ると、トシをとったせいかなぁ、などと思う。
年賀状を書くのも面倒くさくて、デザインは適当、宛名書きは年末の休みに入ってから、そして投函したのは今日(元日)という次第。

さて、年賀状にホームページアドレス(http://homepage2.nifty.com/m_shi/)を書いたのに、よく見たらメインコンテンツの更新は2005年10月8日でとまっている。
これではイカンと、急遽更新した。
話題は、例によって「こん」の話である

さてさて、よ~く考えると、1月1日というのは、人為的な1年の区切りであるという以外に、科学的な意味がない。
冬至なら、その日を境に季節は春へと動いていく(南中高度が高くなっていくわけだし、春分なら、その日を境に昼のほうが夜よりも長くなるわけだ。
そういう日なら、1年の区切りとして、とても判りやすい。
だのになぜ、冬至と春分の間の、中途半端な時期に年の区切りを置いたのだろう?

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